卑怯者の罠(二)

 シキ達はゆっくりと姿を現した。ノエミが離隊したので男の四人組となっていた。

 しかし奴らは山道を登り切った所に留まり、武器を構えたまま動こうとしなかった。

 昨日と違って俺達の姿が見えないので警戒しているのか? 自分達の方から来たんだからもっと積極的に動けよ。そうやって隙を見せたら即座に射貫いてやるのに。

 まぁいいさ。狩人である俺は待つことに慣れている。


 …………………………………………。


 そうして待つことおよそ二十分。ここまで動かないなんて思わなかった。

 昨日の敗戦を踏まえて奴らが慎重になるのは解るが、俺達が拠点を変えて別の場所へ行ったとは考えないのか? 確かめようとはしないのか?

 まずいな。俺は後ろに居るから味方の様子が見えるのだが、中程で待機しているマヒトがソワソワし出した。経験が浅いあいつは待ちに慣れていないようだ。痺れを切らして飛び出すなよ? 姿を見せたら最後、火薬弾を投げられて吹き飛ばされるかもしれないぞ?


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 さらに十分経過。まるで動かないシキ達に対して流石におかしいとみんなが思い始めた。近くに居る味方同士で顔を見合わせている。飛び出して行きそうなマヒトを、モリヤが肩を抱いて抑えてくれていた。


「やあぁっ、はなしてぇっ!!」


 そんな時に静寂を切り裂いて、子供の叫び声が一帯に響いた。


(この声は……ラン!?)


 声がした方を振り向いた俺達は、瞳に映ったその光景に息を吞んだ。

 ノエミがランを脇に抱えてこちらへ向かって歩いて来る。非戦闘員であるランを何故連れて来た? 更に問題なのは、ランの顔にノエミの短刀が突き付けられているという事実だ。

 二人の頭上には心配そうに案内鳥が飛んでいた。


「はいはーい、皆さん、武器を捨てて物陰から出て来ましょうか! 逆らったらこの子がどうなるか解るわよね~?」


 昨日とは打って変わった明るい口調でノエミは言った。


「てめぇっ、裏切んのか!?」


 マヒトがモリヤを押し退けて、大樹の陰からノエミ達の方へ飛び出した。馬鹿!

 シキ隊の若い射手が矢を飛ばして、それはマヒトの左肩すれすれを飛んで行った。当たりはしなかったが驚いて転んでしまったマヒトに、イサハヤ殿が怒鳴った。


「そのまま伏せていろ! 立つな!!」

「く、くそっ……」


 ノエミ達から三メートル離れた位置でマヒトは腹這いになった。ノエミも止まってランを下ろした。


「糞ガキが、そこから動くんじゃないよ。他の連中もだよ! さっさと言われた通りに武器を捨てないか!」


 俺達は知った。シキはこれを待っていたのだ。

 前日に部下の一人を俺達の中に忍ばせておいて、そして機会を窺って弱そうな誰かを人質に取るように指示していたのだ。部下とはノエミ。彼女の殊勝な態度は俺達を油断させる為の罠だった。


(あの女……!)


 マサオミ様があれだけ警告してくれたのに。俺は彼女を信用し、殺したくないとまで思ってしまった。自分の愚かさに腹が立つ。


「ノエミ、セイヤは……、セイヤとトオコはどうした!?」


 俺は堪らず心配事を聞いた。


「ああ、あの間抜けな見張りと女なら、あっちで伸びてるよ。安心しな、時間が無かったから当て身を入れて気絶させただけさ。……今はね」


 ノエミは声を張り上げた。


「さぁ、とっとと武器を捨てるんだよ!」


 イサハヤ殿が返す。


「その要求には応じられない! どうせおまえ達はここに居る全員を殺すつもりだろう!」

「アハハッ、それはそうだねぇ」


 ノエミは意地悪く笑った。これがこの女の本性だったのだ。


「でも大人しく従ってくれるなら楽に殺してあげる。逆らったら苦しみが長引くだけだよ? まずはこのお嬢ちゃんからだね」

「やめろっ、その子には手を出すな!!」

「だったら武器を捨てな! いいかい? これから十数えるよ。数え終わっても武器を持っている奴が居たら、このお嬢ちゃんの指を一本ずつ切り落とすからね?」


 何てことを……! 弓を持つ俺の指が震えた。初陣の時のような恐怖の感情ではない。純粋な怒りだ。


「やめてくれ!!」


 俺達が居る場所とは違う何処かで、悲痛な叫び声が上がった。見渡した先に居たのはセイヤだった。

 彼は右手に弓を持ち、左手を腹部に添えてヨタヨタした足取りで歩いて来た。


「あらあら、本気で蹴ったのにけっこう頑丈なのね。何々? 私が痛いって言ったから拘束を緩めちゃったこと、みんなに懺悔でもしに来たのかなぁ?」


 セイヤは顔をしかめた。


「ノエミ……」

「そこで止まりな、間抜け野郎! この短刀が見えないのかい!?」


 半泣きのランの額に刃物を当てられて、セイヤは歩みを止めた。弓を地面に置いて懇願した。


「ノエミ、俺を人質にしろ! 俺のことなら好きにしていい! ランを放してやってくれ!!」


 セイヤは声の限りに叫んだ。しかしノエミはあざけった。


「ごめんなさいねぇ。私ぃムサイ男よりも、可愛い女の子を切り刻む方が好きなんだぁ」


 ノエミの台詞を聞いたシキ隊の中年男が、ガハハと声を出して下品に笑った。何という下衆ゲスな連中だ。

 いや、初めから判っていたことだろう? こんな奴らだからこそ、母さんにあれだけ酷い真似が出来たんだ。


「ほら、十数えるからね? お嬢ちゃんを楽に死なせてやるか苦痛にのたうち回らせるか、それはあんた達次第だよ? いーち、にーい……」


 シキ隊の非道な行いに、仲間達はみんな怒りに燃えていた。だがランが捕えられているので手出しができなかった。


「さーん、しーい」


 ノエミの忌まわしい数え歌が丘に響き渡る中、山道に居たシキ達がソロソロとこちらに近付いて来ている。ここで武器を手放したら、確実に彼らに殺られるのだろう。


「ごーお。ほら半分まで数えたよー? いいのー? ろーく」


 アオイとモリヤが武器を下ろす姿が見えた。駄目だ二人共。だがどうしたら?


「しーち、はーち」


 俺の手からも弓が落ちそうになった。その時、腹の底から響くような力強い声が周囲を支配した。


「全員武器を構え直せ!!」


 マサオミ様だった。

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