地獄七日目

卑怯者の罠(一)

「エナミ、起きろ。またおまえさんが山道を見張る番だ」


 マサオミ様に肩を揺すられて、俺は慌てて起きた。


「はいっ! あれ、もう朝……?」


 すっかり明るくなっている周辺を見て俺は驚いた。数時間だけ眠るつもりだったのに、夜が明けているということはあれから見積もって、最低でも七時間は経っているのだ。

 ミズキとトモハルがうるさくて、なかなか眠りにつけなかったからな。その二人も流石に疲れたのだろう、マヒトと共に爆睡中だった。マヒトは、まぁ、子供はいっぱい寝るもんだから。


「珍しいな、朝の早いおまえさん達が」

「すみません」

「怒っちゃいねーよ。身体が休息を必要としたからだろう」


 夕べのミズキとトモハルの口喧嘩は黙っていることにした。

 マサオミ様はミズキのことも揺さ振り起こした。


「目ェ覚ませ」

「んん……」


 ミズキは気だるそうに寝返りをうった。首筋に張り付いていた長い髪の毛がはらりと落ちた。


「何でこの兄ちゃんは、寝ている間も無駄に色気を振り撒いているんだよ」


 マサオミ様に同感だった。


「ん……、はっ! マサオミ様!?」

「おはようさん」


 ミズキはマサオミ様と俺の顔を交互に見て顔を赤らめた。やめろ。まるで事後を見られた情夫だ。


「寝ぼけてないで、見張りの時間だぜ。昨日と同じで、セイヤと一緒にノエミの元へ行って……」


 マサオミ様は最後まで言わなかった。案内鳥が飛んで来て、俺達の頭上を旋回したからだ。

 奴がランの傍を離れて俺達の方へ来る時は、何か聞いてほしいことが有る場合だ。


「おい、地獄で何が起こっている?」


 鳥は即座に答えた。


『シキの部隊がまたこちらへ向かって来ている!』

「!!」

「チッ、あいつら性懲りもなく! 急いでみんなを広場へ集めろ!」


 言って、マサオミ様は駆けて行った。イサハヤ殿の元へ向かったのだろう。


「トモハルさん、マヒト、起きろ!」

「う~、エナミ、耳元でうるさい……」

「それどころじゃない、しっかり目を覚ませ! シキの部隊がまたやって来る!」

「何だと!?」


 腐っても兵士、トモハルとマヒトはすぐに覚醒した。


「俺とミズキで丘の南と東方面を見て回るから、あんた達は北と中央方面を頼む! 見つけた仲間達に声を掛けてすぐ広場に誘導してくれ!!」

「了解した!」


 俺達は以前やったように、方々へ散っていた仲間達を集めた。そしてマサオミ様とイサハヤ殿が待つ広場に集まった。

 全員揃ったことを確認してから、イサハヤ殿が口火を切った。


「話は聞いているな? シキ達とまた戦闘になる。皆、装備品を確認しろ」


 アオイが疑問を呈した。


「昨日はこちらが完全に優勢だったのに、あいつら、懲りずによくまた攻めて来る気になりましたね?」

「戦局をひっくり返す、秘密兵器でも有るんでしょうか?」


 モリヤも不安そうに追随した。イサハヤ殿が引き締まった表情で見解を述べた。


「奴らが生き残る道はただ一つ。佐久間サクマ司令の尋問を時間稼ぎしつつ耐え、京坂キョウサカに保護されることだ。しかし我々が現世に戻って証言すれば、奴らは即処刑となるだろう。それ故に何としても、地獄で我々を殺しておきたいのだ」

「なるほど……」

「そういうこった。後が無い奴らは自爆覚悟で攻めて来るぜ。昨日より厳しい戦いになることを覚悟しておけ!」

「はい!」


 マサオミ様はセイヤに言った。


「セイヤ、今日は俺も出るからおまえ一人で女子を守れ」

「マサオミ、キミは後ろへ……」

「俺は退かないぜ真木マキさん。どうしてもって言うんなら、今日はあんたが退きな」

「それはできない。奴らは州央スオウに巣くう闇だ。ここで私自ら叩いておきたい」

「それだけかい? 親友の仇を討ちたいって熱くなってないかい?」

「……………………」

「俺は出るからな」


 マサオミ様は再度セイヤに命令した。


「山道から一番遠い、丘の南東で隠れていろ。ノエミも連れて行け」

「はい!」

「向こうに着いたら、ノエミの足も縛れ」

「え……」


 ノエミは昨日からずっと後ろ手で縛られていた。ハチマキが戻って来ても縛り直された。

 優しいセイヤは、寝ている間も拘束されていた彼女に同情してしまったようだ。


「腕だけで充分なのでは……?」

「駄目だ。その女に対して、決して油断はするな」

「は、はい」


 セイヤ達が去った後、マサオミ様は鳥に尋ねた。


「案内人、奴らは今どの辺りに居る?」

『かなり近くまで登って来ているよ。……ここに来るまでに五分も掛からないと思う』

「みんな聞いたな、すぐに木や岩の陰に隠れろ! あいつらは忍びだ。昨日使った煙玉や毒を塗った武器の他にも何か有るかもしれん。奴らが動くまで隠れて待つんだ。こちらから迂闊に仕掛けるなよ!」


 俺達は散開した。

 山道から近い順に、ミズキとトモハルが大きめな石灰岩で身体を隠し、アオイ・モリヤ・マヒトが大樹に隠れて、続いてマサオミ様とイサハヤ殿、そして射手の俺が最後方の樹にその身を潜ませた。ヨモギとミユウも俺の傍に居た。

 シキ達を迎え撃つ準備は整った。後は彼らの出方次第だ。


(来るなら来い)


 終わらせよう、ここで。俺は悪夢に打ち勝つんだ。

 矢をつがえて、弓を構える。

 父さんがのこしてくれたこの技で。


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