六度目の夜(二)

「おいっ、トモハルさん、あんたいい加減に……」


 俺の抗議の台詞は、マヒトがケタケタ笑う声にかき消された。


「アハハ、それって、エナミが連隊長に恋してるってことかぁ?」

「その通り。嘆かわしいことだ」

「トモハルさん!」


 違うのに。イサハヤ殿に甘えたいと正直思うが、それは親の愛情を求める子供のような感情だ。断じて恋じゃない。でもこれを説明すると今度はガキっぽいとか馬鹿にされるんだろうな。


「中隊長、あんた勘違いしてるよ。エナミはそんなんじゃないって」


 おお、加勢してくれてありがとうマヒト。でも自軍の上官に対してその言葉使いはマズイぞ。こっちがヒヤヒヤする。トモハルがミズキのように対等に接してくれと頼んで来たのならともかく。


「エナミがそうしたい相手はミズキだって!」

「え」


 マヒトはキラキラした瞳で俺を振り返って同意を求めて来た。


「そうだよな? エナミ」


 ちょっとこのコ何言っているのか解らない。トモハルが怪訝けげんそうにマヒトに尋ねた。


「……それはエナミがミズキに恋をしているということか?」

「そうだぜ!」


 断言しやがった。


「こいつらいつも一緒に居るんだぜ? 昼間もここで抱き合ってたし!」

「ええええええええええええ!?」


 俺はあまりに驚いて上半身だけ跳ね起きた。


「マ、マヒト、おまえ見ていたのか!?」


 マヒトはあっさりと肯定した。


「うん。おまえが落ち込んでないか心配でさ、会議の後に捜してたんだよ。そしたらここでおまえとミズキが抱き合っててさ。邪魔しちゃワリーって退散したけど」


 気を遣ってくれてありがとう。でもな……。


「マヒト、なんでおまえそんなに冷静なの……? 男同士の……そういう場面見たらさ、驚いたり引いたりしない?」

「別に。だってリリカが教えてくれたもん。あ、リリカってのは俺の村で唯一の若いねーちゃんなんだけどさ、都会では男同士が口付けしたり、ガキ作る行為をするのが当たり前だって。ま、男同士じゃ赤ちゃん生まれねーらしいけどさ」


 マヒト……、おまえの村の環境、いろいろな意味で最悪だぞ。


「あの、リリカさんのその認識は間違っているぞ? そりゃそういった性癖の人も居るだろうけど、一般的では決してないから」

「でもリリカは年一のペースで街に遊びに行くんだけどさ、いっつも男同士が恋愛してる本を大量に買って来るぞ? 街の本屋で大人気なんだってさ。特設コーナーが有るくらい」

「そ、そうなんだ……」

「ま、俺は女の方が好きだけどな!」


 巷ではその手の本が流行っているのか。俺も本は読むが国の地理や、動物の習性とか解体の仕方を図説で記している実用書がほとんどだ。創作小説には手を出さないので知らなかった。世界は驚きに満ちている。


「エナミ、貴様……」


 トモハルが憤怒ふんぬの表情で俺を睨み付けた。前髪と共にプルプル震えている。


「決まった相手が居ながら連隊長を誘惑しているのか! なんと不誠実な男だ!!」


 そう来たか、こんちくしょう。


「俺はイサハヤ殿を誘惑なんてしていない! それにミズキと俺はそういう仲じゃない! 友達として抱き合っていただけだ!!」

「噓を吐け! ミズキのその顔、完全に恥じらう乙女ではないか!」


 嫌な予感がして俺はミズキをそっと見た。本当だ。羞恥心で頬を赤く染める彼女、いや彼はとても可憐だった。


「とにかく! 俺はイサハヤ殿に対して変なことはしていないから!」

「エナミの言う通りだ!」


 そうだミズキ、言ってやれ!


「どちらかと言うと粉を掛けて来ているのは、イサハヤ殿の方だ!!」

「えっ」


 何を言い出すんですかミズキさん。


「連隊長の何処が!」

「エナミにやたらとベタベタ触るじゃないか! あの接触回数は異常だ!」

「うっ、それは……」


 トモハルは否定できない所を突かれたようだ。いや否定してくれよ。


「なぁエナミ、粉を掛けるって何だ? フリカケみたいなモン?」

「村に帰った時にリリカさんに聞きなさい……」


 ミズキとトモハルの攻防は続いた。


「エナミにだけ話し掛ける頻度が多いし! 明らかに!」

「うう、それも否定できない……」

「たまに流し目もしている!」

「き、気付いていたのか」

「いやミズキ、イサハヤ殿は俺をからかっているだけで、本気で粉掛けてる訳じゃないから」

「おまえは引っ込んでいろ!」

「はい!」


 俺のことなのにミズキに会話から弾かれた。


「連隊長は親友だったイオリ殿の代わりにエナミを見守ろうとなさっているのだ。責任感と優しさだ!」

「父親の代わりになろうとする人が流し目なんかするものか!」


 二人の攻防は辺りがすっかり暗くなってもまだ続いていた。

 人気が無くて静かなことが利点の場所だったのに、全てが台無しだ。こんな状況でもマヒトはいびきをかいて寝ていた。大物だな。俺も寝たいんだが繊細なタチなので無理だ。 


「側近ならちゃんとイサハヤ殿を抑えておけ!」

「くぅっ、おまえこそ! エナミをホイホイ連隊長のお傍に来させるな!」

「イサハヤ殿が粉を掛けなければ問題無い!」

「そもそも粉を掛けるとは、男性が女性を口説くことを表現した言葉だ。つまり連隊長とエナミには適用されない。無学め!」

「時代の移り変わりと共に表現の意味合いも変わってくるんだ、頭でっかちめ!」


 もういいから寝ろよ、あんた達も。

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