六度目の夜(一)

 ヨモギが尻尾を振って俺の元へゆっくり歩いて来た。そろそろ見張りの交代時間か。時間まで守れるとは本当に賢い狼だ。

 モリヤとは二時間も前に別れていた。俺と話せたことで満足したらしい彼はようやく休む気になったらしく、今は樹木が多い場所で仮眠を取っているはずだ。深夜にまた見張り番が回って来そうとのことで。

 俺も眠れるうちに眠っておくかな。何が有るか分からないし、どうせすぐに夕暮れだ。


「ヨモギ、後を頼むな」

「ハッハッハッ」


 灰色狼は前脚を胸の前に上げて、後ろ脚だけで立った。一応伏せ字にしておくが、これは犬の芸でちん○んというものだ。


「……誰に教わった? マヒトか? セイヤか?」


 ヨモギは戦士であって愛玩動物ではないというのに。あの薄ら馬鹿どもめ。

 誇らしげに二足歩行するヨモギの頭を仕方が無いので撫でてやった。するとクゥンと甘えた声を出してヨモギは喜んだ。……狼、なんだよな? 少し身体が大きい犬にしか見えなくなってきた。

 首を捻りながら俺は丘の西方向、昼間過ごした石灰岩が多い地帯へ向かって歩いた。あそこは人気が無くて落ち着ける、俺にとって好きな場所になった。


「エナミ」


 先客が居た。ミズキだ。


「あんたもここへ来たのか?」

「ああ。またおまえに会えると思って」


 え、それは俺に会いたかったという意味か? なんて考えて少し照れたが、ミズキはまだ俺の精神状態を心配しているだけだろう。


「ノエミの様子はどうだった?」

「黙ったままなので何を考えているかは判らないが、大人しくはしている」

「そうか。そのままでいてくれたらいいが」


 彼女の言を信じるのなら、ノエミは俺の家族を襲った実行犯ではないらしい。それならばシキと同じ組織に属していても恨みは無い。殺さずに済むのならそうしたい。

 ノエミは過酷な環境の中で生きてきた姉さんの、唯一の味方かもしれない人物だしな。


「エナミ、これからどうするんだ?」

「少し早いが眠って体力を回復しておく」

「俺もそうするか。今日は朝一で戦闘が有ったし、その後に訓練もしたからな」


 俺達は並んで寝転んだ。

 すぐ傍にミズキの顔がある。うん、相変わらず綺麗だ。明日も綺麗なんだろう。

 あんまり見るとドキドキしてしまうので横を向いた。そして俺の狩人の目は、わんぱく小僧がこちらへ駆けて来る姿を捉えた。


「おー、寝るんなら俺も混ぜてくれよ!」


 ヨモギに芸を仕込んだ第一の容疑者、マヒトだった。


「一緒に寝るのは構わないが、おまえ、ヨモギにあんまり変な芸を仕込むなよ?」

「あん? お手くらいいいじゃん」

「さっき後ろ脚だけで立って歩いていたぞ」

「それ教えたの俺じゃねーし。おまえ達の大将だよ」

「マサオミ様か!?」


 忙しい合間を縫って何やってんだあの人。そういえばヨモギをワン公呼ばわりしていたな。

 ミズキが不思議そうに尋ねた。


「おまえはこの時間帯、トモハルと一緒にノエミの見張り役だろう? さっき俺と交代したじゃないか」

「それがさ、真木マキ連隊長が来てさ、自分がやるから俺達に休めって」

「イサハヤ殿は元気になられたのか?」

「ああ。顔色がすっかり良くなってたぜ! 熱も完全に下がったって」


 毒の排出が出来たんだな。俺は心から良かったと思った。


「だからといって、連隊長の元へ忍んで行こうなどと思うなよ?」


 頭上から別の男の声がした。


「うわぁっ、トモハルさん!?」

「何を大げさに驚いている。心にやましいことが有る証拠だな」


 トモハルは言い掛かりと共に、長い前髪と言うか触角をるるんと揺らした。前々から思っていたがその長い前髪、戦闘はもちろん日常生活で邪魔にならないのかな? 戸に挟まれるとか。


「……ここへは、何しに?」

「眠りに来たのだ。連隊長はずっとお傍に控えていた私の疲労を心配されて、見張り番の交代までして下さったのだ。しっかり休んで英気を養っておかないと!」

「それがどうしてわざわざ俺の近くで?」

「貴様が連隊長にちょっかいを掛けに行かないように、目を光らせておかないといけないからな」


 俺の見張りをしていたら休めないじゃん。あんた賢そうな顔して阿保あほだろう。

 マヒトがキョトンとした。


「エナミが何で連隊長にちょっかい掛けるんだ?」

「連隊長によこしまな感情を抱いているからだ」

「よこしま……?」

「ふっ、社会経験が少ないおまえにはまだ解らないだろうが、世の中には男が男に惚れ込むパターンも有るのだよ」


 ちょ、前髪ビョーン、あんた純朴な少年にドヤ顔で何てことを説明してんの?


「ああ、真木マキ連隊長カッケーもんな。俺でも憧れるぜ!」

「おまえのその感性は正しい。連隊長は確かに麗しくてお強い。至高の存在だ」


 トモハルのイサハヤ殿への心酔も危険レベルに達している気がする。


「しかしなマヒト、エナミの場合の惚れ込むとは、おまえの場合と少し違うのだ」

「どう違うんだ?」

「エナミは連隊長に抱き付いたり、頬ずりをしたいと考えているのだ」


 頬ずりは流石にねーよ! 抱きつきたいと思ったことは実は何度か有る。内緒だ。

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