見張りとモリヤ
ミズキが受け止めてくれたおかげで、俺はだいぶ落ち着きを取り戻せたと思う。
そろそろ体感時間で三時間経つので、見張り交代の為に山道へ向かった。ノエミの監視をするミズキとは別行動になった。
「おう、だいぶスッキリした顔しているな」
山道で見張り番をしていたマサオミ様が俺を見てから、白い歯を見せて笑った。この人にも心配を掛けていたんだな。
「ありがとうございます。だいぶ休めました。見張りを交代しましょう」
「じゃあ後は任せたぜ」
マサオミ様は右手で俺の頭をクシャクシャ撫でてから立ち去った。やっぱりガキ扱いされているよな? だがミズキが意地を張るなと言ってくれたので、俺は素直に好意を受け取ることにした。
「エナミ、俺が見張りをするから休んでなよ」
俺が下山口前に座ってすぐ、モリヤが俺の前に現れた。
いやいやいや、人の好意は素直に受け取ると決めたが、これはいけない。
「駄目ですよ。モリヤさんは今まであの女を監視していたんでしょう? 休憩入れないと」
見張りはけっこう神経を使う。連続で六時間も任せられない。
「俺は平気なのに……。なら少し話をしようよ」
「俺と、ですか?」
モリヤは俺の隣りに腰を下ろした。
「うん。セイヤとはけっこう話せたけど、キミやミズキとも話してみたいと思っていたんだ。特にミズキとは出会い方が悪かったからね。こちらから先に手を出したのに、俺達は仲間を斬ったと彼を責めてしまった。彼はあの時のことをまだ気にしているのかな?」
ミズキはナオトという名前の
「敵同士が遭遇すれば混乱は起きますよ。ミズキはもう皆さんに悪い印象を抱いていないと思います。アオイさんのことを素直だと言っていたし」
「えっ、分隊長を!?」
モリヤの垂れ気味の目が吊り上がった。
「それはアレかな!? ミズキが分隊長に興味を持ったということかな!?」
モリヤに詰め寄られた俺は慌てて訂正した。
「い、いえ、ただの感想ですよ。ミズキは女性が苦手ですし」
「え、ホント? 良かったぁ~」
安堵の息を漏らした彼につい余計な一言を呟いてしまった。
「モリヤさんって、アオイさんが大好きですよね……」
「ふあおぁっ!?」
裏返った声でモリヤは悲鳴を上げた。
「何!? え? 俺の気持ちだだ漏れしている!? 俺が分隊長好きなのバレバレ!?」
「はい。それはもうハッキリと」
「噓だろ……」
モリヤは両手で頭を抱えた。
「分隊長にも伝わってんのかなぁ……。告白する前にバレるってキッツイんだけど」
「アオイさんはモリヤさんの気持ちに気付いていないと思いますよ? こう言ったら何ですけど、あの人はそっち方面に疎そうだから」
「そうなんだよ!」
モリヤは顔を上げて俺に訴えた。
「分隊長には物凄いエピソードが有るんだよ! 面倒見が良いから年下に好かれ易い人なんだけどさ、俺の同期も惚れちゃって、告白の為に分隊長を呼び出したんだ。なのにどうしてか分隊長は果し合いだと勘違いして、完全武装して待ち合わせ場所へ行っちゃったんだよ」
「うわぁ……」
どこでお付き合いが果し合いに誤変換されたのだろう。
「花束用意して待っていた同期は涙目だよ。仕方無いから分隊長から武器を借りて決闘したらしいけど」
「したんだ……」
「倒してから強い男として、改めて分隊長に告白するつもりだったらしい。ボコボコにやられたけどね。隊長職に就くだけあって、分隊長は強いんだよ」
「あの、アオイさんて、鈍いってレベルを超えているんじゃあ……」
モリヤは首を振った。
「仕方が無いんだよ。ウチもだけど、分隊長の実家はあまり裕福じゃないらしくてね。妹さん達が無事に嫁ぐまでは、自分の恋愛も結婚も後回しにするって前に言っていた。今はお金を稼ぐことしか考えてないんじゃないかな?」
「そうですか。優しい頑張り屋さんなんですね」
「そうなんだよ」
モリヤはニッコリ笑った。本気で惚れているんだな。
「ああ、でも良かった。ミズキみたいな美形がライバルにならなくて」
「モリヤさんだってイイ男じゃないですか。彫りが深くて羨ましいですよ」
世辞ではない。ミズキとは系統が違うが、モリヤだって整った顔立ちをしているのだ。
「はは、ありがとう。父親のイザーカの血が入っているからね」
「お父さんは商人の方ですか?」
「いや、外交官。かなり地位の高い文官らしい」
「……らしい?」
「俺、会ったこと無いんだよね。父も俺のことを知らない」
「え……」
どういうことだろう? このまま聞いていい話だろうか? 困り顔になった俺にモリヤは微笑んだ。
「イザーカと
戦争については聞いたことが有る。ええと、ミユウの連合戦……だったっけ?
「でもこのままじゃ互いの利にならないってことでさ、友好条約を結ぶ為にイザーカの外交官を十数人、二十数年前に
「!…………」
ガキの俺にもその意味は解った。
「それで外交官達が帰った後にね、母は妊娠していることに気付いたんだ。でもどうにもならなかった。相手の外交官……俺の父親には、イザーカに正式な妻子が居るそうだから。下手に騒いだら友好条約が結べなくなるからね、母は子供のことを口外しないように言い含められた。そして城勤めの女官だったんだけど、いくらかの金を手渡されて城から下げられた。それで終わり」
「そんな……」
「気にしないでくれ。複雑な生い立ちで生活も決して楽じゃなかったけど、俺の母親は決して父や国の悪口を言わないんだよ。俺を授けてくれたんだから恨むなんてとんでもない、感謝しているって」
本当はいろいろつらいことも有っただろう。それでもモリヤの母は嘆き続けるより笑顔で過ごすことを選んだんだ。
「強くて、素敵な女性ですね」
「ありがとう。自慢の母なんだよ」
会わなくても想像できた。モリヤの母は息子のように、温かい雰囲気を纏った人なのだと。
「俺さ、いつかイザーカへ行ってみたいんだ。そして父が生まれた場所……、自分のルーツをこの目で見てみたい」
モリヤはとても前向きだ。
俺はどうなのだろう?
今は、怖い。嫌な記憶が有る場所だから。
でもいつか、いつの日か、モリヤのように輝く瞳で故郷について語りたい。俺はそう思った。
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