溢れ出す感情を受け止めて

「ひでぇ話だな……。胸糞悪ぃよ」


 マヒトが嫌悪感を露わにし、トモハルが同意した。


「ああ、必ず潰さなければならない組織だ」

「でもよ、あいつらを殺すと新しい管理人になっちまうんじゃないのか?」

「あ……」


 その点を考慮していなかった。みんなが暗い顔をした中で、ミユウがすまして言った。


「大丈夫ですわよ。主様あるじさまが好まれるのは崇高なこころざしを持った人物。そんな糞ったれ共の魂を管理人に選んで、大切な神器を授けるなんて愚行は致しませんわ」

「崇高な志……。確かにマホにイオリさんにヨウイチのじいさん、全員恥ずべき所の無い誇り高き武人ばかりだ」

「じゃあ、あいつら殺しても大丈夫なんだな?」

「ええ。殺っておしまいなさい」


 ミユウはかなり好戦的な性格のようだ。


「他に質問の有る奴は居るか?」


 誰も口を開かなかったので、マサオミ様が取り仕切った。


「よし、ではノエミの尋問はひとまず終了とする。ただしノエミ、悪いが俺はまだおまえさんを信用できない。しばらくは拘束を解かないぜ? ここに居る限りは見張りも付けさせてもらう」

「……お好きなように」

「アオイ、モリヤ、ノエミを丘の南へ連れて行け。最初はおまえ達が見張りだ。山道は俺が見張る」

「はい!」

「見張り番は三時間ごとに交代とする。次はエナミが山道、ミズキとセイヤがノエミを見張れ。更にその次はヨモギが山道、ノエミはトモハルとマヒトが見ろ」

「はい!」

「空き時間は好きに使え。訓練を続けても良し。ただし休憩は必ず取るように。それでは解散!」


 俺達は全員立ち上がった。まずアオイとモリヤがノエミを連行した。マサオミ様も山道方向へ歩いて行った。

 イサハヤ殿が何か言いたげに俺を見ていたが、この人は休ませなければならない。まだ毒が抜け切っていないのだ。

 俺はイサハヤ殿に一礼して、彼に呼び止められる前にその場を立ち去った。


「エナミ!」


 歩く俺にセイヤが駆け寄って来た。


「セイヤ、おまえはトオコとランの所へ行け。二人共不安がっているはずだ」

「でも、おまえのことが心配なんだ」


 馬鹿。トオコの命は残り少ない。俺の為に時間を使っている場合かよ。


「すまない、独りになって考えを纏めたいんだ」

「……そうか」


 セイヤはこうべを垂れた。


「分かったよ。でも何か有ったらすぐに呼べよ?」

「ああ」


 俺はセイヤと別れて丘の西側へ向かった。石灰岩が多い地帯だ。ここなら人目を気にせずゆっくりできそうだ。三時間後の見張り交代まで休ませてもらおうと、矢筒を外したところで背後から声を掛けられた。


「エナミ、今のおまえは独りにならない方がいい。俺で良ければ一緒に居よう」


 今度はミズキか。みんな心配性だな。


「ミズキ、俺は大丈夫だ。少し独りで考えさせてくれ」

「断る」


 セイヤを追い払った文言だったのだが、ミズキには効かなかった。


「ミズキ?」

「おまえは大丈夫ではない。だから独りにはしない」

「いや、ホント平気だって。俺はもう二歳のガキじゃない。泣くことしかできなかったあの頃とは違うんだ」

「泣かなければ大人なのか?」

「それは……」

「大人になれば傷付かないとでも言うのか?」

「……………………」


 ミズキは何が言いたいのだろう。俺はどうしたいのだろう。


「訂正するよ。大人だって傷付くし泣く。でも、俺はもう嫌なんだ。何事にも揺るがない心が欲しい。強くなりたいんだ」

「マサオミ様はとても強い。そんなお方でもマホ様の為に泣かれた」


 ああそうだな。でも俺とマサオミ様は違う。あの人には確たる信念が有るが、俺には無い。目の前の問題にいつも振り回されてしまう。

 俺が強がって見せるのは、自分が弱いと知っているからだ。

 ミズキだって、マサオミ様が独りになりたいと言った時は独りにするくせに、俺の時は妙に過保護になる。俺を頼りない、駄目な奴だって思っているからだろう?


「ミズキ、頼むから放っといてくれ。俺を独りに……」

「しないと言った。意地を張るな」

「………………」

「無理もするな」

「しなくちゃ駄目だろう!?」


 しつこくされて苛立って、俺はミズキに突っ掛かった。


「管理人の父さんを救わなきゃならないのに、更に姉さんの問題が出て来たんだぞ!? 無理くらいするさ! 意地だって張らなきゃやっていられない! どうやって心の折り合いを付ければいいってんだよ!?」

「生きる意味が一つ増えたと思え」

「え?」

「地獄ではイオリ殿を。現世に戻ったらキサラ殿を救え。これでもうおまえは、おちおち死んでいられなくなった」

「は……」


 生きる意味? 俺が生きる意味って何だっけ?

 地獄に落ちた時はセイヤを守らなければと考えた。俺を庇ってくれたあいつを現世に戻さなくちゃ、その為に俺の命を使おうって。

 犠牲になってもいいと思っていた。俺、自分が生きることを考えていなかった。


「父さんと姉さんが、俺の生きる意味……?」

「そうだ」

「父さんを相打ちの覚悟で救うつもりだったんだぞ?」

「相打ちは駄目だな。キサラ殿が残る」

「姉さんも救うとなるとかなりの大仕事になる。それまで俺、死ねないのかよ?」

「頑張れ」


 ミズキのあっさりした物言いに、俺は思わず笑った。


「疲れたら甘えればいい」

「…………うん?」

「みんなおまえが心配で、おまえに頼ってほしいと思っているんだ。彼らに甘えて、弱音を吐いて泣けばいい。強がって無理をされるより、そっちの方が安心できる」


 イサハヤ殿にも勧められたな。もう少し周りに甘えろと。だけど歳の離れたイサハヤ殿に甘えるならまだしも、同年代の仲間に甘えるのは流石に情けないだろう?


「……できないよ。他のみんなだっていろいろ抱えているのに、俺ばっかり甘えるなんて」

「相手が弱音を吐いたら、その時はおまえが甘えさせてやるんだ。これでおあいこだ。それが友達ってものなんだろう?」


 そうか。俺も相手を支えてやればあいこになるのか。一方的に保護されるだけではない、支え合う相互関係だ。


「戦友でも同僚でもなく友達か。あんたが友達という表現を使うとは思わなかったぞ」


 俺の指摘にミズキは少し照れた表情を見せた。


「そうだな。俺は今まで特定の親しい相手を作らなかった。剣の道を極めるのに、ベタベタした馴れ合いなんて不要だと思っていたんだ。でも今はおまえが心配で、俺に頼ってほしいと思っている」

「ミズキ……」

「おまえはトオコに言っていたな。何が起きても俺達は友達だと」


 夜の会話、やはり聞かれていたか。


「俺も同じ気持ちだ。エナミ、俺はおまえを友達だと思う。そしていつでもおまえの幸せを祈っている」

「!……」


 その言葉を聞いた瞬間、抑えていた感情が溢れて涙が出た。

 涙の処置に狼狽うろたえてしまった俺にミズキが接近して、優しく抱きしめた。


「誰も見ていない。好きなだけ泣け」


 トオコにしてやったことを、今度は俺がミズキにされた。

 恥ずかしいという意識を捨てて、俺はミズキにしがみついて思う存分泣いた。




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