第16話

 日光が眩しい。とても眩しい。

 今この時、世界を赤く染める太陽は、地の奥に沈みゆく事を惜しむかのように、燦然と輝いている。

 つまり、私が服を着替えてリリアナと共に城を出た時、既に日は暮れかけていたのだった。


 リリアナは事前に行く所を決めていたようで、遅い遅いと私の手を取って急かしながら、どこかへと向かっているようだった。リリアナに引っ張られていく私の足取りは、当然ながら重い。

 赤い太陽の光はまるで、私の肌を焼いているようだった。天上の牢獄でその光に当たっていた頃は何も思わなかったと言うのに、今は本当にベッドが恋しい。リリアナが満足すれば、すぐにでも城へ立ち戻ってベッドに飛び込むつもりだ。


「ここだっ!」


 リリアナが足を止め、指差したそこは、石造りの大きな建物だった。前には何人かのヒトが立っており、彼らは皆、多かれ少なかれ武装している。

 そこは、ヴィクトールが冒険者のギルドと言っていた建物だった。

 私は素直に驚いた。リリアナに、この建物の事を覚えていられる知能があるとは、全く思っていなかったからだ。

 しかもこれまで、リリアナはまるで迷うこと無く、一直線にここを向かっていた様だった。こいつは私が思っているよりも記憶力が良いのかもしれない。


「ほら行くよっ!」

「おい、ヴィクトールは関わるなと言っていたぞ」


 リリアナに引っ張られ、ギルドに近づきながら周囲を見ると、冒険者と思われる武装したヒト達は、露骨に私達から視線を外し、あるいは何気なく体ごと遠ざかって行った。

 何故かわからないが、私達は彼らに避けられているようだった。


「え、なんでそんなの気にするの?」


 確か、ヴィクトールは彼らの事を流浪の荒くれの様な物だと言っていたが。

 私はそこで、一つの事に気が付いた。


 私は彼ら冒険者が流浪の荒くれだろうと、特に恐れるところが無い。それにヴィクトールは関わらないほうが良い、と言っていただけで、関わるなとは言っていなかった気がする。

 どちらにせよ、ギルドに入る事でリリアナが満足するのであれば、私の安眠の為にも、すぐにでも入るべきである。


「……いや、問題ない」

「おおっ! 話がわかるね、アリアンドールくん」


 リリアナは気色悪くニッと笑い、私を連れてギルドの扉を勢いよく開き、中へ入った。

 建物の中にはいくつもの大きな机と丸椅子が置かれており、多くの冒険者であろうヒトでごった返していた。彼らは何やら騒いでいたようだったが、私達が入った途端、スッと騒ぎの波が引き、近くの者とだけコソコソと話し出す。

 彼らの前、机の上には様々な料理や飲物が置かれている。食事中だったのだろうか。


「こんにちは!」


 私達は明らかに歓迎されていない様だったが、リリアナは気にもしていない様子で、片手を上げて大きな声で彼らに挨拶した。入り口近くにいたヒト達は、曖昧な笑みを浮かべて私達に小さく頭を下げたが、遠くの者達は完全に無視を決め込んでいる。

 一体リリアナは、こんな所に何をしに来たのだろう。


「ねぇねぇ、そこのあなたっ」

「へへぇっ!?」


 リリアナは入り口の一番近くにいた、男の冒険者に声を掛けた。彼は体をビクッと跳ねさせると同時に、小さな悲鳴を上げる。

 私は不思議に思った。何故、彼はリリアナを恐れているのだろうか。彼は立派な刀剣を背中に背負っているし、大部分が革製だが一部分に金属を使用していると思われる鎧で、大柄な肉体を包んでいる。

 対するリリアナの容姿と言えば、それは本当に子供のようにしか見えない。その顔つきは、ヒトからすれば少し見慣れないものだろうが、彼の様な鍛えられた戦士が恐れるようなものではない様に、私には思われた。


「へへ、な、なんでございましょうっ?」


 彼はリリアナを見て顔を青ざめさせ、妙にへりくだった態度を取った。

 これはおかしい。彼らはヴィクトールいわく、荒くれである。しかし今私が見ている彼が取るのは、まるで竜に睨まれた子供の様な態度だった。


「どうやったら冒険者になれるの?」

「はぇっ?」

「何?」


 リリアナがまた頭のおかしい事を言い始めた。

 冒険者の男が上げた素っ頓狂な鳴き声と、私の声が重なる。


「お前、冒険者になりたいのか? どういう事だ」

「だって、楽しそうじゃん。あなたも魔物と戦ってみたくない?」


 戦ってみたくない。

 私が魔物を縊り殺したとして、何の意味があると言うんだ。特に血に飢えている訳でも、金に困っている訳でも無い。そんなことよりもベッドで寝ていたい。


「いっちょ二人でデッカい魔物ぶっ倒してさ、ヒトにチヤホヤされようよ!」


 私は頭を抱えたくなった。私はてっきり、リリアナはこのギルドの建物に入って見るだけで満足すると思っていた。しかしこの様子では、リリアナは少なくとも冒険者になるまで満足しないだろう。

 そもそも、エルフがヒトの職業である冒険者の一員になる事ができるのか、不明である。こいつはその事を考えているのだろうか。いや、まず間違いなく考えていないだろう。

 放置して帰るか。私は本気でそう考え始めていた。リリアナも多少は魔法を使えるようなので、放って置いても簡単に死ぬようなことはない。


「へへぇ。まぁ、その、登録ならあそこでやってくれますが……」


 そう言って男が指さした先、壁際に一際大きなカウンター机があった。その奥では女性であると思われるヒトが立っていたが、彼女は指さした男に向かって、何か物凄い気迫を感じる視線を向けていた。

 それを受けた男は、バツが悪そうに俯いた。


「とうろく……ありがと、おじさん! ほら行くよ!」

「おい」


 そして、何故か私も一緒にそのカウンターへ向かわされた。

 さて、どうしたものだろうか。今ここでリリアナを拘束して逃げても良い様な気がしたが、この大勢のヒトの前で魔法を使うと、それはそれで面倒なことになる気もする。

 悩んでいる間に、私達は問題のカウンターの前に来てしまった。

 

「こんにちは!」


 リリアナはやはり片手を上げ、女性に挨拶した。


「……ンンッ。お会いでき、大変光栄です、お嬢様。私はギルドの受付係を務めさせて頂いております、ヘレナでございます。この度は、この様な所へご足労いただき、誠に恐縮です。どのようなご用件でしょうか」


 やや抑揚に乏しい声色でそういった女性、ヘレナが浮かべた微笑みは、明らかに引き攣っていた。

 その時に私は、私達の服装を思い出した。今リリアナと私が着ている服は、この街の主であろう、ヴィクトールの家にあった物だ。つまり、今の私達の服装は、かなり身分が高い人物のそれに見えるのではなかろうか。

 ヘレナが着ている、ゆったりとした上衣とスカートが一緒となっていると見えるそれは、粗末と言う訳ではないが、私達が着ているそれと比べると、縫製や染色の具合が少し見劣りするような感じがする。

 だから先程の男もこのヘレナも、私達を身分の高い者と勘違いして畏まっているのだろうと考えた。


「私達冒険者になりたいんだよね。どうすればいいの?」

「さ、左様で、ございますか。しかし――」

「おい、勝手に決めるな。私はならないぞ」


 リリアナは自分だけでなく、私も冒険者にしようとしていたので、流石に口を挟む。本当に勝手なやつである。


「いいじゃんべつにー。どうせやる事無いんでしょー? 一緒に冒険者になろうよー。きっと楽しいよー」

「知らん。興味がない。帰るぞ」


 私がそう言うと、リリアナは思いっきり顔をしかめた。それと対象的に、ヘレナの表情はパッと明るくなったようだった。

 安堵したのだろう。恐らく、身分が高く見える私達が冒険者になる事は、彼女にとって酷く困る事なのだ。ヒトの身分について私は全く詳しくないが、その反応から察せられる事はある。


「魔物とか楽勝だよ? お金いっぱい稼いだら、あなたが大好きなベッドとか、きっといっぱい買えるよ?」

「何? おい、冒険者の報酬とはそんなに良いのか」


 ベッドが手に入るのならば、話は全く別である。私はすぐにリリアナの前に出て、ヘレナに向かって質問した。

 自分だけのベッド。それは素晴らしい響きだった。あの城のベッドは飽くまでもヴィクトールの物であるし、私は黄金を作ることはできるが、ベッドを作ることはできない。その仕組がよくわからないからだ。

 更に黄金を作って売ることも、先程ヴィクトールに作ってやった時に学習したように、後々になってから面倒が起こりそうで気が進まない。

 しかし単純に魔物を殺すだけで金を稼ぐことができ、ベッドを手に入れる事ができるのならば。

 これはもうやるしかない。


 あんなに素晴らしい家具である。やはり途轍もなく高価なのだろう。しかし最高のベッドの為ならば、私は千を越える竜の軍勢が相手だろうと、一匹残らず、必ず殺してやるつもりである。

 そしてヒトの金を稼ぎ、この世で最も優れた、最高に柔らかいベッドを手に入れるのだ。


「えっ!」


 ヘレナは私の心変わりに驚いたようで、口を半開きにして、間抜けな表情で固まった。彼女はヴィクトールのような変わった顔つきではなく、少しエルフに似ているような整った顔をしているので、表情がわかりやすかった。


「あっ食いついた。なるほど、こうすれば……」


 リリアナはブツブツと呟いている。完全に私にも聞こえているが、今はそれどころではない。

 私はカウンターに身を乗り出し、ヘレナに迫った。


「おいベッドは買えるのか。どうなんだ」

「えっ、ベッド」

「どうなんだ」

「ひぅっ! そ、そのぉ……はぃ……あっ、いえ。依頼によっては、成功すれば、一般的なベッドを購入する程度の金額は、手に入ると、思われますが……」


 ヘレナはしどろもどろになって、目をあちこちに泳がせながらも、そう答えた。

 そう、答えは出たのだ。


「私を今すぐ冒険者にしろ。魔物でも何でも殺してやる。早くしろ」

「おっ! ノリいいねー! 私もお願い、おねーさん!」


 私がまだ見ぬ最高のベッドを夢見て少し興奮したので、それに合わせて周囲の魔力が影響され、建物内に風が吹き始めた。風に驚いたのか、ギルドの冒険者達がどよめく。

 こんなにも気分が高揚したのは、いつ以来だろう。


「う、うう……」


 ヘレナは泣きそうな顔をしていた。

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永遠のエルドリン さりさぱらりららりら @iojo0119

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