第15話

「はあぁ、ふうぅ、ひぃー……寿命が、縮みましたよ……」


 ヴィクトールはかなり疲弊した様子で息を切らし、その丸い顔をシワシワにして、汗を一杯に浮かべていた。

 あの後、私はリリアナを取り敢えず魔法で拘束し、ヴィクトール達に無事を伝えたのだった。ちなみに剣は部下の男の物だったようで、既にリリアナから奪い取って返している。


「こいつの頭がおかしくて申し訳ない」

「あんたに言われたくないわっ!」


 リリアナは私が魔法で木の壁から伸ばした蔓に全身を巻かれ、空中に固定されている。何やら言っているが、私が不死だからと、額に何度も剣を突き刺そうとするような奴に、反論する資格は一切ない。


「アリアンドール殿は、頑丈なのですな……」

「そうだ。私の体は頑丈だ。気にするな」


 不老不死と言うよりは、ただ頑丈な体だと言う方が面倒がないだろう。適当に話を合わせておく。


「ははぁ……あ、そう言えばリリアナ様のご希望で、あなたに合いそうなお召し物をお持ちしたのですが」

「あぁ、こいつが無理を言ったようだな」

「無理じゃないもん! 早く下ろして!」

「い、いえいえ無理だなんて、とんでもありません。当家には今こんな物しか無く、古いもので申し訳ありませんが……」


 喚くリリアナを無視して、ヴィクトールの部下が差し出した服を見る。それはリリアナが今着ているような、真っ白な服だ。とても清潔で、古いものには全く見えない。


「良いのか? とても上等な物に見えるが」

「いえ、それほどの物ではありません。これは、我が子が着ていた物なのですが……」

「息子がいるのか」

「う、ううん、息子……まぁ、もうこの家には着るものもいないので、差し上げます。どうかご自由にお使いください」


 何故かヴィクトールの歯切れが悪かったが、くれると言う物を断る理由もなかったので、貰っておく。部下の男から受け取った服をベッドの上に広げてみると、それは真っ白な上着と、深い緑色のズボン、それに下着と思われる薄手の服が一式揃っていた。

 かなり高級な物なのだろう。今着ているローブ以外にエルフの服はあまり覚えていないが、やはりエルフが作っていたそれより、よほど洗練されているような気がする。


「では、頂いておこう。礼は何がいいだろうか。やはり金か?」

「いえそんな、礼など――へっ?」


 私は魔法で手の平の上に拳大程の純金の塊を作り、ヴィクトールに差し出した。ヒトにとって金がどれほど価値を持つのかわからないが、完全に無価値と言う事はないだろう。これにはベッドを使わせてもらった礼と、リリアナの暴挙に対する詫びも兼ねている。

 黄金の創造はかなり高度な魔法だが、私にとっては片手間で適当にできる事だった。

 魔法の探求中に偶然作る方法を発見した時は、喜んで牢獄の中で散々作っては地上で金持ちになる事を夢見て、その後にこの上ない虚しさに襲われて消した物だ。今となっては金持ちになる事に露ほども興味を抱かないが。


「さっきは連れが迷惑をかけていたようだからな。その分も併せて、これで良いか」

「かけてないもん!」


 明らかに迷惑をかけていた。また口を塞いでやろうか。


「えっ……? あ、ああ、はい……?」


 ヴィクトールは恐る恐る、と言った様子で、両手で金を受け取った。

 後ろに控えている部下の男は、何やら物凄い顔で私の手をずっと見ていた。

 ああ、そう言えばこの男も頑張ってリリアナを止めようとしていたな。催促されているようで少し気に食わないが、仕方ないだろう。

 私はそう思い、もう一つ、ヴィクトールに渡した物よりも一回り程小さな純金の塊を作って、部下の男に向かって差し出した。


「お前も、迷惑をかけたな」

「ははっ! 頂きますっ! ありがとうございますっ!」


 部下の男は即座に元気よくササッと前に出て、膝をついて恭しく金を受け取った。大げさなヒトだった。

 その反応からして、やはりヒトにとっても金は価値の有る物らしい。


「ちょっ、お前、えぇ……?」


 ヴィクトールは小さな目を白黒させて、私と部下の男を交互に見ている。私はここに至って、過ぎた礼を渡した様な気がしてきたが、特に惜しいものでも無かったので、返してもらうつもりも無かった。

 しかし、更に要求されるような事があれば面倒そうだ。これ以降はヒトに金を作ってやることはあまりしないでおこうと、私は心に決めた。


「では、私はこの服に着替えさせてもらおう」

「……あっはい。では、後ほど」


 ヴィクトールは空虚な声でそう言って、両手に乗せた金塊をしげしげと眺めながら扉から出ていく。部下の男もそれに伴って出ていったが、扉から出ていく前に、私に深々と腰を折ってから出ていった。

 困ったな。私は金の詳しい価値なんて知るはずが無いから、適当な量を作って渡したが、浅慮だったか。


「……きんきらきん。趣味悪ーい」


 リリアナは何やら意味不明な事を言っている。その意味については考えるだけ無駄だろう。どうせ意味などない。

 私は彼女を無視して、着替えにかかった。


「あれ!? 私いるんだけど!? ねぇっ!? 早く下ろして!?」


 リリアナは何故かキャンキャン喚いているが、何の問題があるのだろう。全く分からない。どうせ大した事ではないのだろう。それと、まだ解放するつもりはない。もっと反省しろ。

 ローブを脱ぐと、物凄い違和感を覚える。天上の牢獄の中では、完全に発狂したつもりになって脱ぎ捨てたりした事はあったが、何だかんだ数千年連れ添った服だ。体が直に空気に触れて、少し肌寒いような気もする。

 私はエルフの魔法使いだったので、体は特に鍛えてもいない。筋肉は薄く、少し痩せている。不老不死になる前にもう少し鍛えていれば、もっと見栄えのある体になったのかもしれないが、もはや私の体はこの状態で固定されてしまっているので、今更鍛えても無駄だろう。


「きゃーっ! 変態っ! 変態っ! 変態クソエルフっ!」

「うるさい」


 私はリリアナの口を木の蔓で塞ぎ、着替えを続けた。

 ヴィクトールに貰った服は、少し窮屈だったが、素晴らしい着心地だった。

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