第14話
私は目を覚ました。日光が窓から差し込み、その眩しさに少し目を細める。
起き上がろうとしたが、何やら体が少し重い。目を下に向ければ、私の体にリリアナがうつ伏せにのしかかって、寝息を立てていた。
何だこいつ。
「何だこいつ……」
思った言葉がそのまま出た。何をしているんだこいつは。
嫌がらせか何かのつもりだろうか。鬱陶しいので、魔法で横へ跳ね除けた。
「――ぐぇっ!?」
寝起きのせいか、力を誤って床に落としてしまったが、まぁ問題はないだろう。それで死ぬわけでもない。
さて、どれくらい寝ていたのだろうか。確か寝入った時は夕暮れ時だった筈だが、私の体は空腹を覚えることが無いので、どれほど眠っていたのかよくわからない。
それでも、ベッドの魔力は私を逃がそうとはしなかった。やはりベッドは凄い。まだ眠っていたい。
「あっ! 起きた!?」
「寝てる」
リリアナも起きたようで、ベッドによじ登って甲高い声で喚き出した。頭が痛くなる。
「起きてるじゃん! おはよっ!」
うるさいリリアナを無視して、私は目を閉じて二度寝を決め込もうとした。
「てやっ!」
すると、リリアナは素早く跳ね上がり、私の体に落下した。鳩尾にリリアナの肘が落下し、私はうめき声を漏らす。
私の体は、傷は付かないが痛みは感じる。如何にリリアナが軽いと言えども、寝起きの弛緩した体には、その肘は効いたのだった。
「何だ、鬱陶しい。やめろ」
毎度の事ながら、こいつの奇行は理解不能である。
「もうお昼だよ! 何回こうやっても全然起きないんだから! もう朝ごはん食べちゃった」
こいつはこんな狼藉を何度も私に働いていたのか。
それはつまり、そうしている内に、自分も私の体の上で眠ってしまったという事だ。何と素晴らしい知能の持ち主なんだろう。
かつて森にいた筈の、サルのほうがまだ賢いんじゃなかろうか。何かそのような名前の、エルフに似た下等な獣が森にいた気がする。まだこの地上に生きているのかは分からないが。
「約束したでしょ! 街に行くよ!」
「ああ……お前だけ行けば良いんじゃないか……」
眠る前、適当にそんな約束をした気がする。
しかし、そんな約束を守る義理が私にあるのだろうか。少なくともベッドは私を逃してくれそうにない。
「それじゃ意味ないんだってば! ほら起きて!」
リリアナがキャンキャン吠えるせいで、段々と眠気が飛んできた。
こいつさえ居なければ、私は思う存分に惰眠を貪る事ができただろうか。しかし私にはどうしてか、このうるさい邪神を黙らせたり、殺してやろうとは思えなかった。
まぁ、確かにこの街に興味が無い訳では無い。暇潰しにはなるだろう。私は深く深くため息を吐き、ゆっくり起き上がった。
「おはよ! ご飯食べる? 多分あのおじさん、あなたの分まだ取ってあるよ」
「いらん」
私は飢えることがない。私の体は生命の樹の実を食したことにより、恐らくだが、完全な形で固定されている。睡眠だって自発的に寝ようと思わない限り、特にその必要が無いのだ。
何とも都合の良い体である。神々が欲しがったのも頷けると言うものだ。
「えー、用意した人たちに悪いとか思わないわけ?」
「食事を頼んだ覚えはない」
「うわっ、クズだ。クズエルフがいる」
随分な言われようである。特に何も思わないが。
私の上から降りて床に立ったリリアナを見てみれば、以前と服装が違う事に気付いた。前は奇抜な黄色いゆったりとした装束を着ていたが、今は上が細いシルエットの真っ白な服、下は藍色の長いスカートを履いていた。長く黒い髪も、左右でそれぞれ結ばれている。
ヒトの服だろうか。
「何だその服は。どこで拾ってきた?」
「拾ってないわっ! あのおじさんがくれたんだよ!」
こいつの事だから、この城の中で勝手に拾って来た服だろうと思ったが、どうやらヴィクトールに貰ったらしい。盗んだ物なら今すぐ剥ぎ取って返すつもりだったが、その必要は無さそうだった。
しかし、かなりしっかりとした服だった。布製なのだろうが、私が着ている灰色のローブが粗末な布切れに思える程、リリアナの服は何だか、洗練されている様に見える。ヒトは縫製技術が高いのだろうか。
いやそもそも、何故リリアナの体に合う服をヴィクトールが持っていたのだろう。
その服をまじまじと見ていると、リリアナは何を思ったのか、頬を少し染めて気色悪くニヤニヤしながら、その場でクルクル回り始めた。
「んふふ。ヒトの服って、きちっとしててかわいいよね。どう? 似合ってる?」
「どうした急に。気色悪い」
「はぁっ!?」
リリアナは一転して怒り出した。しかし服が似合ってるかどうかなんて、私にはさっぱりわからないのだ。完全に聞く相手を間違えている。ヴィクトールなら丸い顔をくしゃくしゃにして、似合ってるかどうか関係なく、存分に褒めちぎってくれるだろう。
こいつはすぐに表情をコロコロ変える。口だけでなく顔までうるさい。
「ってかあなたこそ、その服何年着てんの!?」
はて、何年なのだろう。私は考え込んだ。
正確な所は全く分からないが、私が生命の樹の実を食べたまさにその時から着ているローブなので、数千年だろうか。
しかし、破れやほつれは無い。暇潰しに魔法で強化して着ていたからだ。その時に汚れも自動で消えるようになっているし、牢獄の中で私が動く事がほとんどなかったので、特に大きく汚れてもいない。
ああ、そう言えば足元は地上に降りてから歩いたので、靴は多少汚れていた。ベッドに誘われるままに靴を履いたまま寝てしまったようだ。
素晴らしいベッドを汚してしまったので、魔法を使って汚れを消しておく。
「……三千年以上か? わからんな」
「ヒェッ……」
私が答えると、リリアナは何やら悲鳴を上げて私から距離を取った。
神々もずっと同じ服を着ているんじゃないのか。少なくともセリオスはそうだった気がするのだが。
「わ、私おじさんに言って、新しい服貰ってくるから! そこから動かないでっ!」
リリアナはそう言い捨てて、乱暴に扉を開けて走り去って行く。
「――あっ、リリアナ様っ!?」
その後から、扉の外で待機していたらしい、ヴィクトールの部下の男が慌てて追いかけていった。
本当に慌ただしい奴だ。私はこれ幸いと、靴を脱いでベッドのそばに置き、また横になった。素晴らしい心地である。
このベッドを作ったヒトにはこの城と同じ大きさの黄金を作ってやってもいい。ベッドとはそれほどの逸品だ。ヴィクトールに尋ねてみようか。
そう思いながら、私は重たくなってきた瞼を閉じた。
しかし、すぐに目を覚ます事になった。
何だか額がゴンゴンと痛みと衝撃を訴えるので、薄っすらと目を開ける。
「りり、リリアナ様!? 何をしてるんです!? やめてください死んでしまいますっ!」
「へーきへーき。このエルフこんなの効かないから。ていっ! とりゃあっ! 起きろぉっ!」
「ひええぇっ! おやめくださいぃ! やめて!」
「な、なんて力だっ!」
リリアナは満面の笑みを浮かべて、私の体に馬乗りになり、私の額に剣の先を何度も突き降ろしていた。
ヴィクトールは顔を真っ青にして、部下の男と一緒に何とかリリアナを止めようとしているが、リリアナは体を強化する魔法でも使っているのか、まるで止められていない。
「あ、起きた。寝すぎだぞっ!」
「……やめろ」
私はずっと、自分の事を頭がおかしいエルフだと思っていたが、私よりこいつのほうが、よほど頭がおかしいんじゃないだろうか。
私は強くそう思った。
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