第38話 ポーション販売3。カモ
夕食までの時間調整のため居間で寛いでいたところに、風呂上がりで着替えを済ませ、わずかに顔をほてらせたカレンがやってきた。カレンは髪の毛にタオルを巻いていたので、タオルを外させクリンで乾かしてやった。
「ありがとうございます。これってほんとに便利ですね」
そういえばカレンはいつもすっぴんなんだけど顔の肌に張りがあるし唇もピンクだ。特に風呂上がりのカレンはいつもよりもっと美人に見える。ストイックな俺は師匠と弟子の関係を踏み越えることはないが、少しばかり見とれてしまった。俺がちょっとばかし見つめていることに気づいたのかカレンが横を向いた。こんどは乾いた髪の毛が横にずれてあらわになったうなじに視線がいってしまった。いかんいかん。
外出の準備をしていたらいい時間になったので、白ユリ亭の食堂側の入り口近くに転移して中に入った。
「ゲンタロウさんとカレンさん、いらっしゃい。
あれ? あれれ? 何だか今日の二人いつもと雰囲気違う。何かあったって聞くだけ野暮だよね。
お二人さまこちらにどうぞ」
リリーは一人で納得して、俺たちを二人席に案内してくれた。
「俺は今日のお勧めだな。あとエールを頼む」
「わたしも今日のお勧めで。飲み物は薄めたワインを」
「はーい」
先に飲み物がやってきたので、飲みごろまで冷やしてやった。
「冷たいお酒っておいしいですね」
「これに慣れてしまうと、
「ということは、わたしゲンタロウさんから
そういう意味ではなかったんだが、ここはどう返せば正解なんだ?
俺が言い淀んでいたら少し頬を赤らめてカレンが「今のは冗談です」と言った。ホッとしたのは確かだが、少しマズったかもしれない。
そうこうしていたら、リリーが今日のお勧めを二人分運んできてくれた。
「あれ? 何かありました?」
「何もない」
リリーってこういうことに関して何気に鋭いな。伊達に客商売してないってことか。
何となく気まずい中、エールを飲みながら今日のお勧めを食べた。今日のお勧めは豚肉のソテーに温野菜、それにスープとパン。豚肉のソテーはかなりボリュームがあった。
それでも二人とも完食して食堂を後にして、家に戻った。
翌日。
朝の訓練を終えた俺たちは服を着替えて、毎度のごとく白ユリ亭の食堂に朝食を食べにいき、毎度のごとくリリーに冷やかされ、それから冒険者ギルドの前で屋台を店開きした。昨日のようにわれもわれもという感じではなかったが、コンスタントにポーションははけていった。
1時間くらいそうやってポーションを売っていたら、アギーノ一家あらためオオヤマ組の若い者がやってきた。そして俺に向かって、
「組長、ご苦労さまです!」
そのあとカレンに向かって、
「姉御、ご苦労さまです!」
ただそれだけ言って帰っていった。アギーノは若いもんにちゃんと教育したようだ。結構結構。ボスの覚えはめでたいぞ。
「組長?
カレンがきょとんとしていた。
「アギーノ一家を乗っ取ってオオヤマ組に改名したって
「わたしがさっきみたいな人の姉御?」
「そういうもんだと思っていれば十分だ」
「いつも一緒だと姉御、分かりました」
何が分かったのか分からないがまあいいや。
その後も少しずつポーションが売れていき、昼前までで20本ほど売れた。売り上げは銀貨100枚=金貨5枚だ。全部銀貨だったので、銀貨がだいぶ増えてしまった。
せっかく客が付き始めているのに、ポーション瓶が手当てできないと営業が中断してしまう。それだけが心配だ。
雑貨屋に催促しに行ってみるか。というか、自分で作れないものかな? 常識的に考て、粘土とか窯とかないと無理だろう。思い付きでできるような簡単なことじゃないか。クラフト系のスキルっぽいものがシステム操作で模倣できればいいのだが、ちょっと思いつけない。
そろそろ屋台を畳んで昼食に行こうと思って屋台の上に出していたポーション瓶を片付けていたらお客がきた。珍しく冒険者ではなく一般人で、それなりにちゃんとした格好をした男だった。
屋台の上に残っていたポーション瓶を手に取ったその客が聞いてきた。
「これは回復ポーションなのかね?」
「中級回復ポーションです」
「1本銀貨5枚? 中級ヒールポーションは錬金術師ギルドの卸し先の販売店では金貨1枚、銀貨20枚で販売することになっているのをきみは知らないのかね?」
この男はクレーマーなのか? それか、錬金術師ギルドの人間なのか?
「知ってますよ。それが?」
「これが中級ポーションだとして、きみは不当に安い価格で販売していることになる。いいかえればきみは錬金術師ギルドとギルドの卸し先の利益を横取りしていることになるのだぞ! 即刻この屋台を畳みたまえ」
ふーん。ほんとに錬金術師ギルドの人間だったのか。
「あんたにそういった権限があるのかな? 何か証明できるものでもあるのかな?」
「フン! 世間知らずの若造が、錬金術師ギルドを甘く見るなよ」
男は捨て台詞をはいて帰っていった。
俺を甘く見ない方がいいと思うが、教えてやる義理はないからな。ちょうどいい、ポーション瓶のこともあるし、錬金術師ギルドが何か仕掛けてきたらそれを口実に……。
楽しくなりそうだ。
いちおう今の男はマークしておいた。これで今の男を煮るなり焼くなり好きなようにできる。錬金術師ギルドが俺の言うことを聞くようになれば、素材もポーション瓶も自由になる。フフフフ。
「ゲンタロウさん、錬金術師ギルドを相手にして大丈夫ですか? って、なに笑ってるんですか?」
おっと、こみ上げる嬉しさが表情に出ていたらしい。
「錬金術師ギルドにもいいお客さんになってもらおうと思ってな」
「いいお客さん?」
「言い方を変えると、カモかな」
「カモ? 鳥の?」
「そ」
この世界にカモネギって言葉はなかったみたいだ。少なくともカレンは知らないようだった。
錬金術師ギルドからの思わぬお客さんを迎えてウキウキしてその日の営業を終えて屋台をアイテムボックスにしまって、カレンと昼食をとるため白ユリ亭に跳んだ。
カレンと食事しながら、午後からの予定を考えた。
錬金術師ギルドがちょっかいを出してくるとしてどういった手を使ってくるか?
屋台ひとつの商人くらい、少し嫌がらせをすればすぐに逃げ出すだろうと普通は考えるだろう。ということは、俺は嫌がらせを受けるためにあの場所で営業を続ける必要があるということだ。
「今日の営業は午前中までと思っていたけど、やっぱり午後からも続けようと思う」
「昼からの用事がなくなったんですか?」
「最初から用事はなかったんだけど、用事を思いついたんだ」
「はあ?」
「屋台でポーションを売ってたら、世の中のいろんなことが分かってくる。楽しいじゃないか。そうだろ?」
「それが用事?」
「そう」
[あとがき]
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