第39話 釣り


 昼食を食べ終えた俺たちは、エサの付いた釣り針を垂らすため再度冒険者ギルドの玄関横に屋台を広げてポーションを売り始めた。


 午後からもパラパラとポーションが売れていった。


 商売は順調なのだが、エサの付いた釣り針を垂らしているのになかなかアタリが来ない。だからといってどうするわけにもいかないので、カレンと二人して椅子に座ってたまにやってくる客の相手をしていた。



 そうやって椅子に座っていたら、いかにもな感じの4人組の男が近づいてきた。最初オオヤマ組の若いもんかと思っていたんだが、4人組は組長の俺に向かってガンを飛ばしてきたので、うちの連中ではない。アタリが来たってことだな。


「おい、お前。ここはバスラバ一家の縄張りだ。勝手に屋台を出すとはどういう了見だ!」


 4人組の中の一人が唾を飛ばしてイッチョ前の口上を俺に向かって喚いた。錬金術師ギルドを釣り上げようと思っていたら、バスラバ一家が釣れたでゴザル。これは一粒で二度おいしい現象なのか? ウキウキが止まらないぞ。


「ここは昨日からオオヤマ組に改名したアギーノ一家の縄張りじゃなかったんですか?」

「何だと? ここは今日からバスラバ一家の縄張りなんだよ」


「ほう。アギーノ一家のトップがゲンタロウ・オオヤマという男に交代して、昨日からオオヤマ組になったんですが、そのオオヤマ組のトップ、組長ってわたしなんです。

 あなたたちはわたしにケンカを売っているってことでいいんですよね?」


 話しながら自然に俺の口元が緩んでしまった。


 椅子から立ち上がった俺は屋台の前に回って4人組のすぐ目の前に立った。


「何を寝ぼけたことを言ってやがる!

 痛い目に遭えば目が覚めるだろ!?」


 そう言いながら男がいきなり俺に殴りかかってきた。いきなりとは言うものの、俺から見れば予想通りだし、パンチにスピードがあるわけでもなければ切れがあるわけでもない。


 男の拳が俺の顔面に向かってくるわずかな間に俺は考えた。


 オオヤマ組がこの街を仕切っていくうえで、バスラバ一家を吸収する意味があるかな? この街にヤクザは2つは必要ないとアギーノに言ったが、本当にそうか再度よーく考えてみるか。


 まず、アギーノのおっさんから見ても相当あくどい連中のようだ。従って、これからちゃんとした活動を進めていこうとしているオオヤマ組にバスラバ一家を取り込んでしまうと、レピュテーションひょうばんがいっきに棄損してしまうのは確実だ。商売で稼いでいくには地道にレピュテーションを高めていくことが肝要なのに、その逆をするのは愚か者の所業。


 男のパンチが俺の顔面に届く前に結論は出た。


 人前ここでわざわざ殺すほどでもないが、痛い目に合わせて撃退しても何の問題もない。処分するにしても場所は考えた方がいいものな。それに、マークを付けておけば連中のアジトも突き止められる。


 顔をわずかに横にずらして男のパンチを直前でかわした俺は、男の伸びきった右腕の手首を左手で掴み、わずかに力を込めてやった。


 ゴリッ!


 俺の左手に男の手首が潰れた感触が伝わってきたところで、手を放してやった。

 本人を含め連中から見たらほんの一瞬の出来事だったと思う。カレンがどんな顔をしているのか振り返って見たら、ウワッ! 痛たそー。って感じで顔をゆがめていた。それでもカレンは美人だった。


 本人はアドレナリンが過剰分泌されていたおかげで痛みを感じなかったのか、男はだらりと垂れ下がった自分の右手首を見てボーっとしていた。そしてやっと痛みが限界を超えたようで脳がちゃんと痛みを認識した。


 ギャー!


 男が大声でわめき始めた。


 残りの3人もこれにはぎょっとしたようだが、とにかく俺に何かされたということだけは感じたようで3人が3人ともそろって隠し持っていたナイフを引き抜いた。わめき男は後ろに下がってわめき続けている。


 男のわめき声で、冒険者ギルドの中から冒険者たちがぞろぞろと出てきて俺とチンピラたちのドタバタ劇を見物し始めた。こうなってしまうと少しだけお客さまサービスしようという気持ちになってきた。レピュテーション向上には顧客満足度も大切だからな。


「お前たち、ナイフを出してきたということは、俺を殺しに来てるってことだよな?」


「そうだ、そうだ! その通りー!」冒険者たちから合いの手が入った。


「ということは、俺がお前たちを皆殺しにしても文句はないよな? 何せ4人がかりで俺を殺しにきてるんだし」


 一人は早々に脱落しているけど、まっ、誤差でしょ。


「やれー、やれー! どんどんヤレー!」


 冒険者たちが盛んにはやし立てるなかでチンピラたちは押し黙っている。自分たちにとって状況がすごく不利であるような気がし始めたのかもしれない。


 ここで逃がしては面白くないのでちょっとばかし気合を入れてやろうじゃないか。


「お前たち、バスラバ一家のもんだとか言ってたよな? バスラバ一家って、たった一人に怖気おじけづく連中ってことでいいってことか? そうか、そうか」


 連中の素性をばらしたら、合いの手が入ってきた。


「街の中でエラそうにしてるバスラバ一家の連中なのか。どれくらいやるのかお手並み拝見しようぜ。これで笑わせるようなヘッポコだったらこの街にいられなくしてやろうぜ」


「いいんじゃないか。

 それ、早く殺し合いを始めろよ。忙しいところ待ってやってるんだから」


「「はやくしろー!」」「キャッハッハッハ」


 ここまで煽られた以上引くに引けないよな?


 俺は安心してチンピラたちの攻撃を待っていたんだが、あにはからんや、チンピラたちはいきなり回れ右して逃げ出そうとした。そしたら冒険者たちが通せんぼして逃げ道を塞いでしまった。自棄になったチンピラたちは冒険者たちに向かってナイフを振り回したものだから、一人でわめいていたチンピラもひっくるめて冒険者たちによって袋叩きにされ、ボロ雑巾のようになってしまった。


 冒険者たちもいい運動になったとばかり、わいわい言いながら冒険者ギルドの建物中に戻っていった。帰りがけの冒険者にポーションが何本か売れた。毎度アリー!


 バスラバ一家のアジトを突き止めたかったんだが、チンピラたちが冒険者ギルド前の広場で伸びてしまったのでどうしようもない。


 冒険者たちによってたかって袋叩きにされた連中が目の前で伸びているのでカレンも気になっているようだ。


「あの人たち、放っておいていいんですか?」

「放っておく以外にどうするんだ?」

「うーん。水をかけてやるとか?」


「袋叩きにあって傷だらけだが、死んじゃいないし、水をかければ目を覚ましてアジトに帰るかもしれないか。

 よし」


 俺はアイテムボックスの中に入っていた桶と水の入った樽を取り出し、樽から水を桶で汲んで地面で寝転がっているチンピラたちの頭の上からかけてやった。


 何回か水をかけてやったらチンピラたちは全員目を覚ましたようで、水が気管にでも入ったのか咳き込みながら器用にうめき始めた。


 何とか立ち上がったチンピラたちは咳き込みながら撤退していった。もちろん全員マークしているので居場所はいつでも把握できるし、いつでも転移して隣に現れることができる。


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