1話 アンドロイド

私立奏彫しりつそうちょう高校』

 少女の拠点となっているコンクリート製の四階建ての古い校舎。

 元学校ということもあって、世界が荒廃する以前に使われていた道具や建物に設置された太陽光パネルやエアコンなどの設備が多く残り、避難所としても使われていたのか数年分ある缶詰食品や生活用品も豊富に揃っている。

 そのため完全不自由無いとまではいかないものの、ある程度の暮らしをする分には何の問題もない。

「たっだいまー‼」

 校舎全体に響き渡るほどの大声を発しながら正面玄関で靴を脱ぎ捨て、靴下のまま塗装が剥げた壁に挟まれた廊下を少女は走る。階段がある曲がり角に近づくと速度を落として摩擦の小ささを利用した滑りで滑らかにカーブし、そのまま段差を一段飛ばしで三階までノンストップで駆け上がる。

 不自然に割れた窓ガラスが並ぶ廊下を進み、一番端にある【科学室】と書かれた貼り紙が貼られた部屋の前で足を止めると、少女は摺りガラスが取り付けられた建付けの悪い扉を開けた。

「やっと帰ってきたかマスター」

 横にずらされた扉の先には、青く発光する人工の瞳を輝かせた大柄のアンドロイドと、その前で静止しているパソコンから伸びるコードに繋がれたもう一体の細身のアンドロイドがいた。扉が開いた音に反応して大柄のアンドロイドは微小の電子音が混じった成人男性に近い声を発する。

 アンドロイドといってもSF映画などに出てくる人間そっくりな見た目ではなく、体は鋼鉄の装甲に覆われていて目元にはひび割れのような模様が入っているタイプだ。全体的に機械要素が多いが、頭部だけは人間に寄せて精巧に作られている。ただそのわずかな人間的な部分も金属マスクによって目元以外遮られているが。

「ナヴィ、その子の状態どうだった?」

 開口一番に大柄のアンドロイド、もといナヴィに質問すると拾ってきた拳銃を入口から一番近くの実験机の上に置いたり、教台の上に綺麗に畳まれて置かれている白衣を素早く羽織ったり、返答を落ち着いて聞く様子は微塵もなく少女はバタバタと部屋を動き回る。

「特に問題はない。関節も問題なく可動するし、改造を施した箇所や代用パーツも上手く機能している」

 ナヴィはそんなマグロみたいに止まらない少女には目もくれず、細身のアンドロイドに視線を事五したまま片手間に返答する。しかし、それに対しての反応は一切ないどころか途切れず響いていた足音もピッタリと止み、代わりにカチカチとした小さな音が無音の部屋に流れている。

 音に釣られてすぐ左にナヴィが目線を向けると、気付かない間に自身の隣で前のめりになり、机上のノートパソコンを操作している少女がいた。

「いつの間に・・・」

 ついさっきまでの立場が逆転して、今度は困惑の声を漏らすナヴィをよそ眼に、少女は素早いキーボード捌きで複雑なプログラムを正確に打ち込んでいく。常人では理解できない暗号のような数字と記号の羅列を作っていく少女の表情は、真剣に行っているための反動か非常に険しくなっている。

「よし‼ 後は起動するだけ。いや~長かった~」

 しばらくしてキーボードを打ち終えた少女は両手を天井に突き上げて思いっきり背伸びをすると、パソコンの傍に置かれていたナヴィが付けている物と同じ形状の金属製マスクを手に取る。

「ずっと思ってたが、そのマスク着ける意味あるのか?」

 マスクを取り付けようと背伸びをした少女はナヴィの疑問に「んーー」とトーンの変わらない声を数秒出す。

「【不気味の谷】の予防?」

『不気味の谷現象』はロボットが一定のラインを超えて人間に類似することで、不快感が起きる心理現象のことを指す。

 振り向きざまの少女の言葉を裏付けるようにマスクを着ける前の細身のアンドロイドの表情は、瞳を閉じている状態でもほぼ人間と言っても過言ではないぐらい人と瓜二つの見た目をしている。それは同形状の金属板で顔の下半分が隠れたナヴィも同じだ。

「別に慣れれば気にするほどのことじゃないだろ」

「人間の心理はそう簡単に変えることができないの。ナヴィも私が毎回話すたびに歪なもの見てるみたいな顔してるの嫌でしょ?」

 画面に集中して作業するのと並行しながら返された少女の言葉に、それ以上ナヴィが何かを言うことはなかった。なんやかんや言いつつも長年付き添ったマスターである少女に、嫌な顔をされるのは本心ではないようだ。

「さてと起動準備はこれでよしとして、後は名前だけど………何がいいと思う?」

 キーを打ち終え、少女は前に曲げていた背筋を今度は腰に手を当てて後ろに反らす。パソコンの画面には真っ黒な背景と共に、素人が見ても理解できないような複雑なプログラムの一部が緑色の文字で映し出され、その一番下には【Name】と書かれた文字と空白の欄が表示されている。

「短くて呼びやすい名前なら俺は何でも良い」

「って言われてもなぁ……」

 反らした背中を更に反らし少女は天井を見上げた。無意識に小さく開いた口を閉ざすことなく、ぼんやりとした思考の中、頭の中で細身のアンドロイドに似合う名前を一つずつ組み立てていく。

 いつの間にか夕立が止み、外では無数の雨雲の隙間から太陽の光が降り注いでいた。科学室にも一つの窓から日光が差し込み、少女と細身のアンドロイドのことを照らした。

「そうだ‼」

 その瞬間天啓が降り注いだのか、しばらくの静寂をかき消すように突然大きな声を上げて一気に姿勢を元に戻すと、少女は思い付いた名前を空欄に打ち込んだ。そしてキーボードの音が鳴り止むと、さっきまで空白だった名前欄には英語で【Lily】と刻まれていた。

「君の名前は、リリィだ」

 少女がエンターキーを弾くように押すと、画面が一気に変わり【起動しますか?】と緑色のフォントで大きく表示された。

「これからよろしく‼」

 そう言い少女が強くエンターキーを押し込んだ途端、緑色の文字が消え真っ黒の背景のみが残された。そして、

『system all green android name Lily起動します』

 電子音で構築された女性のシステムアナウンスがパソコンから流れ、閉じていた目蓋が少しずつ開き水色の瞳が表れる。俯いていた首が上がって少女とナヴィの方を向いた。

「・・・・・・マスター?」

 不安げな疑問形で少女に目線を合わせ、微かな電子音が混じる女性の声でリリィが初めて声を発した。

 一瞬無音の空間となったがすぐに、

「やったー成功した‼ しかも声凄くかわいい!!」

 興奮を抑えきれず少女は大声で心の底からの喜びを叫んだ。いきなり発された自分のマスターの歓喜の声に、起動したてのリリィの体が驚いたように小さくビクッと動いた。

「マ、マスターこれからよろしくお願いしますね」

 目をキラキラさせながら自分のことを見つめる少女に、戸惑い気味でリリィは丁寧に挨拶を口にする。

「うん‼ これからよろしくねリリィ。あ、ちょっと待ってて今コード引き抜くから」

 軽い挨拶を返すと、少女はリリィに繋がっているコード横でしゃがみ、腹部に繋がれた無数のカラフルなコードを一つずつ引き抜いていく。自らと機械の板を繋ぐ、言わばへその緒の様な線が次々と取り外されていく様子を、リリィは興味深そうにジッと凝視していた。

「リリィだったな」

 ずっと下を向くリリィにナヴィが口を開き、初めて耳にする同じアンドロイドの声に反応して、リリィが素早く視線を前に向ける。

「俺はナヴィだ。この通りマスターは騒がしい奴だが悪い奴ではない。それだけは理解しておいてくれ」

 腕を組みながら軽い挨拶を口にしたナヴィに、リリィは左腕を動かし自分の胸に当てた。

「了解ですナヴィ様。このリリィ、身を挺してでもマスターをお守りいたします」

「俺に様付けはいらない。あとそこまで硬くならなくていい」

「分かりました。ではほどほどに頑張らせていただきます」

 二人の会話が終わった直後。

「はい、これで自由に動けるはずだよ」

 全てのコードを抜き終わり腹部の装甲を閉じると、少女は立ち上がってパソコンの後ろに移動した。

 完全に自立行動ができるようになったリリィは腕を自分の視界に入れ、指の曲げ伸ばしを行った後、数回自分の体を軽く見回す。時折、体を回転させながら、まるで自分の身体なのに魂だけが別の身体にとりついた様に、リリィの人工的な目の輝きが心なしか増しているように感じられる。

「どう? どこか動かし辛い所とかない?」

 少女が質問をすると、視線を左右に動かしていたリリィは自分の右腰に取り付けられている機械的な鞘に顔を固定した。

「それはありませんが、この腰に固定されたものは何でしょうか?」

「あぁ、それは私が作ったリリィの新しい武器の収納ケースだよ。鞘に収まっているのはステンレス製の刀で、一応それも私が作った。まだ慣れないかもしれないけど改善点してほしいところがあったら遠慮なく言ってね」

「分かりました」

 二人の会話が終わった直後。

「マスター、一段落付いたならとりあえず風呂に入ってこい。これ以上体が冷えたまま作業を続けて、後で風邪を引かれたら困る」

 間に入るようにナヴィが口を開いた。

「そうだねじゃあぱぱっと入ってくるわ」

  パソコンを閉じ白衣を着たまま少女は科学室の扉に向かう。と扉の手前でいきなり足を止め二人を振り返った。

「・・・・・・覗くなよ~」

「いいからさっさと行け」

 ニヤリといたずらっぽく笑う少女に間髪入れずナヴィは突っ込みを入れ、その反応を見ると満足したのか、少女は扉を開けて軽い足取りで廊下に出て行った。

「賑やかなマスターですね」

「むしろうるさいぐらいだけどな」

 パソコンが乗った机を持ち上げ、未だ繋がれたままのコードを床に擦りながら、部屋の前に運ぶのと同時に、リリィの言葉に自然と少女への愚痴を溢した。

「でも楽しそうで私は好きです。この世界であれほどの明るさを保てる方は多くはないですから・・・・・・」

 リリィのその言葉を聞き、白黒の映像で古い記憶の一部がナヴィの中で蘇った。

 無数の人々が逃げ惑う姿と戦火が激しく燃える町並み、そして何一つとして明かりがない暗闇の中を逃げるように走り去っていく今よりも幼い少女の姿。残酷なその光景は当時の声と音が鮮明に聞こえるほどはっきりと残っていた。

「・・・・・・ヴィ・・・ナヴィ?」

 様子の変化に気付き、リリィが不思議そうにナヴィのことを呼んでいた。

「悪い、少し昔のことを思い出していた」

 名前を呼ばれていたことに気が付き、ハッとして我に返ったナヴィは無意識の内に静止していた体を動かして持ち上げていた机を丁寧に床に置いた。

「私達でもそういうことがあるのですね」

「人間と違って『忘れる』ことができないからな」

 手をはたきながら振り返って感情のない表情と声で答えるナヴィとは対照的に、リリィの表情は明らかに悲しそうなものへと変わった。

「ナヴィは稼働してどのぐらい経つのですか?」

「簡潔に言うなら今日で七年になる」

「・・・・・・私は今の世界の状況ぐらいしか初期段階の記憶はありませんが、嫌なことがあっても忘れられないのはやっぱり辛いですよね」

 俯き悲しい感情が滲んだ声とトーンでまるで本物の人間のように言葉を発するその様子に、ナヴィは視線だけではなく体もリリィの方へ向けた。

「なんだ? 俺と違ってやけに人間らしいんだな」

「マスターに感情のプログラムをインストールされましたから、多分その影響だと思います」

 同じアンドロイドでも、少しのプログラムの差で人間らしさが大きく変わる。リリィから見たナヴィは自分と同じ鋼鉄でできたアンドロイドだが無感情で淡々とした、それこそアンドロイドらしい存在に見えた。一方で、ナヴィから見たリリィは人間と大差変わらない反応を見せる不思議な存在として映っていた。

「記憶が忘れずに蓄積されていくのは、別に悪いことばかりじゃない」

 ナヴィから発せられた言葉に、俯いて会話を繋げるための発言を探していたリリィの顔が前を向いた。目元しか見えない状態でもその表情は驚いていることがはっきりと見て取れた。

「俺には感情というものはないがそれは断言できる。マスターが楽しんでいたら良い、悲しんでいたら悪い、俺の記憶の判断基準は全てマスターに依存しているが、今日新しい判断基準が生まれた」

 それが自分自身のことだとすぐに気が付き、リリィの表情が悲しみに近いものから、喜びに近いものへと変わり、目を大きく見開いた。

「せっかくプログラムされたんだ、良いも悪いも思うように表現すれば良い。それがまたマスターや俺の良い記憶に繋がるかもしれないからな」

 そう言ってリリィの前を横切り扉に一番近い実験机まで移動する。無感情で発せられた言葉だったが、その内容は負の感情を拭うのには十分だった。

 だが、そのおかげか二人共に性格の違いを受け入れるまでの時間は十分もかかることはなかった。それが必然なのか、それとも偶然なのか。

「さてと、またマスターが拾ってきた物でも調べるとするか」

 話を終えたナヴィは、少女が実験机に置いていったリボルバー式の拳銃を手に取った。

「点検ですか?」

「壊れてないかを調べるだけだがな」

 興味を惹かれてリリィがナヴィの隣に立ちその手元を覗き見た。手の中に収められた灰色の黒光りする金属でできた拳銃を、リリィは固まってジッと凝視している。

「リリィどうした?」

 ナヴィが隣に目を向け、固まって自分の手元を見ているリリィに気が付いた。

「これ、パーカッション式拳銃じゃないですか‼」

 いきなり耳元で興奮気味な大声を上げ、それにナヴィが軽く体を横にそらす。青い輝きを放つリリィの目は、心なしかさっきよりも一層キラキラと輝いているように見える。

「ちょっと貸してください‼」

「あ、あぁ・・・・・・」

リリィのあまりの変わりようと圧に押されて、少し困惑気味になりながらもナヴィは手に持った銃を手渡した。銃を受け取るとまるで新しい車のおもちゃを買ってもらった子供のように、小さな吐息を漏らしながら一切動くことなくジッと凝視していた。

「そんなに珍しいものなのか、その銃は?」

「もちろんです‼」

 投げかけられた疑問に即答で応えると同時に、高速で首を動かして目線を向けたリリィに、ナヴィは思考回路が追い付かず、人間で言う『あ然』に近しい状態を体験している。

「あ、すいません。つい興奮してしまいました」

 コホンと人間らしく一度咳き払いを挟んで自らを落ち着かせると、銃身を掴んで全体をナヴィに見せ、空いた片手の指で銃を表す形に変えると、その人差し指で本物の銃を指さした。

「これはパーカッションロック式、前装式ぜんそうしきとも言われる拳銃で、金属薬莢やっきょう式弾薬が出る以前に作られた古式のリボルバーです。普通リボルバー拳銃って言ったらシリンダーの後ろから弾を装填するのをイメージするじゃないですか」

「いや知らん」

 興味なさそうな返事をナヴィが返す。

「普通はそうイメージする方が多いんですよ。多分マスターもそうイメージするはずです」

 詳しく細かいところまでインストールされた銃の知識を披露(ひろう)するリリィとは反対に、ナヴィは銃について大まかには知っているが流石にそこまで詳しい知識はない。昔にあったマニアと一般人との会話もこういう雰囲気だったのだろう。

「でもこのパーカッション式リボルバーは前から火薬を入れて、その後に銃身の下にあるこのローディングレバーを使って弾を押し込むことでようやく撃てるようになるのですよ」

 指差された銃身の下側をよく見てみると、確かに細長いレバーが銃身の下部に付けられている。これで弾を装填してやっと銃としての役割を果たす、まさしく技術が発達していなかった時代の銃らしい性能だろう。

「なぁ、火薬を入れてから弾を押し込んでやっと撃てるんだろ?」

「はい、そうですが」

「効率悪くないか? 戦闘の途中でもし弾切れになったらどうする?」

 ナヴィの言う通り、火薬を入れてから弾を詰める行為は、戦いの最中にする行動としてはあまりにも隙が多い。敵が鋼鉄の貴金属の塊ならなおさら命を危険にさらすことになる。

「それは、正直言ってどうしようもないです」

 リリィは銃を机に置き、二人はそれを見下ろした。

「一応パーカッション式リボルバーは分解が容易(ようい)なので、弾を込めたシリンダーを複数持っていれば隙は減らせますが、銃自体が骨董品(こっとうひん)みたいなものでそもそも数が少なくて」

「今の世界ではもう一丁、銃を見つけることすら困難ってことか」

「そうですね。でもこの銃はまだ弾が四発残っていますし、傷こそ目立ちますが故障していなかったのでマスターの護身用にはピッタリだと思いますよ」

 今では銃のほとんどが機械人形オートマターの所有物となっている。仮に何処かで見つけたり今回のように戦闘に勝利して拾ったりしても、故障や弾切れになっている物がほとんどで、きちんと扱える物はとても貴重だ。

硬い金属版で覆われていない生身の人間である少女には、心強い味方になることは間違いないだろう。しかし、

「・・・・・・悩みどころだな」

 ナヴィは悩んだ様子で視線を下に向けた。

「なぜですか? 確かに威力は少々不安ですが、それでもないよりはマシだと思いますけど」

「いや、そういうわけじゃないだが・・・・・・」

「だが?」

 言葉を詰まらせるナヴィにリリィが聞き返したその時、

「たっだいまー‼」

 バンッ‼ と扉が勢いよく開く音が響き、さっきまでの白衣に身を包んだ姿ではなく、モコモコの長いウサギ耳のフードが付いた、ピンク色のパジャマに身を包んだ少女が部屋に帰ってきた。お風呂上りすぐに来たためか少しだけ

「あ、おかえりなさいマスター」

「ねぇねぇ、ちょっと聞こえてきたんだけど、二人で何の話してたの?」

 興味津々で二人のいる机の前に移動して、下に収納されていた背もたれのない小さな丸椅子を引き出してそこに腰掛ける。

「ちょうど今マスターが入手された銃について話していたところです」

「おぉ、それでまだ使えるの?」

 机の拳銃を手繰り寄せようと手を伸ばし、あと少しのところで届かず、椅子の上でわたわたと腕を動かす少女を見守りながらリリィが答える。

「はい、威力は控えめですが護身用としは最適です」

 未だ腕をバタバタと動かす少女を哀れに思ったのか、話し終えたリリィが少しだけ銃を少女の方にさりげなく寄せて、ようやく少女は銃を手に取ることができた。

 おもちゃを手にした子供のように目を輝かせて、グリップの下から銃口の中に至るまで、隅々をじっくりと目で楽しんでいる様子を、リリィは自分の子供を見守るように見つめている。

「ちなみに、かなり古いタイプの銃なので弾の入手は困難ですが、まだ四発弾がありますよ」

「なるほどね。ならこれはしばらくの間、私の相棒かな。そこそこな武器も手に入ったし、これならナヴィも私が遠出しても文句ないでしょ?」

 リリィの横に立つナヴィに、少女はキラキラとした目線をこれでもかと見せつける。

「・・・・・・言っても聞かないだろ」

「よっしゃ」

「良かったですね」

 胸の前で小さくガッツポーズをして喜びを表現する少女と、それを微笑ましく笑って見たリリィとは対照的に、ナヴィは少女の危険な一人外出の機会が増えるためか、あまり納得していない様子を浮かべていた。

「あ、そうだナヴィ、今日の夕ご飯はなに?」

 未だ腑に落ちない様子を見せるナヴィに少女は笑顔で問いかける。その言葉に曇っていたナヴィの表情目線を少女の方に持ち上げた瞬間に、いつも通りの無機質な表情に戻した。

「挽肉とオクラ炒めたやつとマッシュポテト、あとだし汁」

「お、中々いいね」

 正直あまり健康的とは言えないアンバランスな献立ではあるが、これが今の世界ではまだ健康的な部類に入っている。どうしても保存がきく加工品や添加物系の食品が残っているため、そもそも自然的な食品を口に入れられている時点で、この世界では『健康的』なのだ。

「一応保温できる容器に入れて自室に置いておいた。時間が経っているせいで若干冷めているかもしれないが」

「大丈夫大丈夫、冷めても胃に入ったら全部一緒だから、じゃあ早速食べてくる~」

 ワイルドなのか、それとも大雑把なのか、どちらとも取れる発言をした後に銃を片手に立ち上がり、再び部屋を去ろうと科学室の扉に向かって歩く少女の背中にナヴィが声を出す。

「ちゃんと食ったら外に出しておけよ」

「はーい」

 扉を開けて部屋を出る動作を一切止めずに背中を向けたまま少女は返事を返し、ナヴィが作った夕食を食べに自室に向かった。

「全く・・・・・・」

 ドアを閉じずにスキップするような感じで廊下に出た少女を見ながら、呆れが混じったような一言を誰にも聞き取れないぐらいの声量で、ナヴィがボソッと呟いた。




奏彫そうちょう高校 校長室』

 少女の自室でありちょっとした研究室でもあるが、色々な設計図やいつの物か分からない資料などが大量に散らばっており、ナヴィからゴミ屋敷として言われる事は日常茶飯事で、部屋の主も床に散乱した紙で、よく滑り、よく転ぶ、そしてよく怪我をする。

「お、あった」

 扉を開け、座高の低い机に置かれた保温の弁当箱を視界にとらえると、散らかった床のわずかに見える隙間を、つま先を立てて転ばないように慎重に移動し、傷だらけでボロボロになった革製のソファーに腰かける。

「さてと、どんな感じかなぁ~」

 前かがみになり、ほんのりとまだ温かみが残る弁当箱を三つに分解してそれぞれの蓋を開けると、中にはナヴィが言っていた通りの献立の料理がそれぞれの容器に収まっていた。

その料理は機械と金属が組み合わさった大柄なアンドロイドが作ったとは思えないほど手が込んでおり、炒め物に入っているオクラは焦げが一切ついておらず、だし汁も濁りのない綺麗な琥珀色に透き通っている。なかでもマッシュポテトはペースト状になったものと、少しだけ粗くなったものの、二種類が組み合わさっており、食感を残すためかひと手間加えられている。

「うわ、また謎に手が込んでる。もっと雑に作ってくれても良いのに」

 しかし、少女にとってひと手間加えたことで生まれる食感の変化や味わいは、食事をする上であまり重要なことではないらしい。

「でもまぁ、せっかく作ってくれたんだから文句言ったら駄目だよね」

 弁当箱に収納されていた箸を取り出し、手を合わせる。

「じゃあ、いただきまーす」

 箸でペースト状になったマッシュポテトをすくい上げ口に運ぶ。通常は牛乳などを使って滑らかに仕上げるのだが、豆乳すらも貴重品になったこの世界ではそんなことをすることはできず、牛乳の代わりにお湯を使って滑らかさを出している。そのため見た目はとても良いものの、思っているより味はほとんど無いに近い。

 無言で食べ進め、炒め物にも時折箸を伸ばしていたが同様に味は薄く、素材そのままの味と言ってしまえば聞こえはいいが、美味しさとは別問題らしい。

 全体的に半分食べ進めた頃、のどの渇きを覚えた少女は一旦箸を置き、琥珀色に輝くだし汁が入った器を持ち、少しだけ口に含んだ。

「うまっ‼」

 ほんの少しだけ口に含んだだけで魂が肉体に戻ったようにさっきまでとは真逆の反応を見せた。それだけで他の料理どれだけ味っけのない物だったのか容易に想像がつく。

 それから目の輝きを取り戻した少女はだし汁を活用して、後少しで完食にまで食べ進めた時、自室の扉が軽く二階ノックされた。その音に少女が視線を扉に向けるとすりガラスに頭部のシルエットが写っていた。

「マスター俺だ」

「あれ、ナヴィどうしたの? 珍しいね」

「渡し忘れていたものがあってな。開けても良いか?」

「良いよ~」

 少女の返答にナヴィは扉を開けた。その左手にはプラスチック製の青色の小さな水筒が握られている。

「それで渡し忘れたものって?」

「ほら」

 そう言うと持っていた水筒を少女に向かって下から投げ渡した。ほぼ予備動作なしで投げられたことに少しビックリしながらも、両手で無事に水筒をキャッチした。

「なにこれ?」

「誕生日プレゼントみたいなもんだ」

 どうゆう事か分からないものの、少女はナヴィの言葉を確かめるため疑問に思いながら水筒を開け、飲み口に鼻を近づけた。

「あ、なんだかいい匂いする」

 その瞬間、繊細で優しい甘い香りが少女の鼻をくすぐった。その香りは人工的な甘さではなく、自然的で複雑なものだった。

 心地の良い匂いに釣られて特に警戒する様子もなく、少女は水筒に口をつけてその中身を口に含んだ。

「んーーーーーー‼ 美味しいーー‼」

 繊細でまろやかでありつつ、飲み込んだ後の後味や鼻から抜ける甘い香り、何よりも濃厚な味わいがずっと残り続けている。

「これ、もしかしてフルーツジュース?」

 食料の中でも最も贅沢品で、かつ最も貴重なもの、それが『果物』だ。野菜や肉製品と違って栽培が難しく、生もののため保存も長くはできない。今ではお目にかかれるのは、どこかの農家が収穫できずに終わった果樹(かじゅ)園(えん)だけだ。

「一応、生絞りしたやつだ。ただ容器の半分も作れなかったが」

「全然いいよ‼ むしろ本当にありがとう‼」

「それじゃあ俺は戻っておく、何かあればすぐに呼べよ」

 そう言ってナヴィは扉を閉めると、部屋の前から去っていった。こうして銃とアンドロイド、そしてフルーツジュースの三つの誕生日プレゼントを貰った少女の十四歳の誕生日は、無事に幕を閉じた。

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世界のはじめの第一歩 夜月灯火 @kurokicazuya

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