世界のはじめの第一歩

夜月灯火

0話 終末世界


 人類が自ら生み出した機械人形オートマターの突然の暴走によって、引き起こされた戦争から七年。

 長きにわたる戦争の末に人類は敗北。人々が築いてきた文明は崩壊し、地球は大量の機械人形オートマターが支配する、荒れ果てた世界へと変貌してしまった。

「ハッピバースデー私〜、ハッピバースデー私〜」

 そんなガラクタのような世界に一人、まるで時間に取り残されたかのように陽気に歌を歌う一人の少女が、夕立がひしひしと降り注ぐ廃ビル群を軽い足取りで歩いていた。

 身に纏った純白のカッターシャツは雨に打たれて肌着が薄っすらと透け、履いている紺色のジーンズは防水加工がされているのか、雨水を弾いて表面に小さな水玉がいくつもできては、少女の不規則な動きで地面に振り落とされている。

「ハッピバースデーディア私~、ハッピバースデー私」

 瓦礫混じりの地面に苦戦することなく慣れているように歩き続ける少女が、一通り歌を歌い終わった直後、シャツの胸ポケットに入っている無線機が喋りだした。

『マスター、近くに散歩するんじゃなかったのか?』

 若干ノイズが混じった機械を通して聞こえてくる男性の声に反応して、少女は無線機を取り出し、マイクを口元に近づけた。

「ごめんごめん、なんせ近場に面白そうなものがないか気になっちゃって」

『散歩に行ってから三十分以上も経って、通信機にも軽くノイズが入って聞こえる距離が近くなのか?』

 少女のことをマスターと呼ぶ声の主は少女の説明に対し、嫌味が少しだけ混じった言葉を返す。

「細かいなぁ、別に良いじゃん、私もう十四なんだし」

『どう見てもまだ全然子供だ。一般的な第二成長期もこの前来たばっかりだろう』

 頬を小さく膨らませて不満げに話す少女に、通信機越しの声は言葉の強弱がない淡々とした口調で返す。

「ちっ・・・・・・うるさいな・・・・・・」

『今度は反抗期か? マスター』

 舌打ちと囁きほどの少女の不満の声を聞き取り、無機質な声は挑発的な言葉を返す。当然少女は額には怒りマークを浮かんでいる。

『まぁ良い、とりあえず早く戻ってこい。いい加減俺の間の前にいる・・・・・・』

 スピーカーから聞こえる声が続けざまに話しだしたその時、

「あわっ!」

 突然、乾いた音が鳴り響き少女の足元に火花が散った。驚き変な声を上げながら少女が視線を前に向けると、赤色の光を放つモノアイと薄い鈍色の装甲を持つ機械人形オートマターが、拳銃を両手で構え照準を少女に合わせていた。

「テヲ・・・アゲロ・・・」

 電子音が混じった片言の言葉を発し、ぎこちない動きをしながらも、その銃口は真っ直ぐと少女の額を狙っている。

「はいはい、分かりましたよ〜」

 しかし、少女は銃を特に恐れることなく、むしろ慣れているかのように片言の言葉に応じて、気だるげにその場で素直に両手を上げた。降伏したと受け止めカクカクとした動きで機械人形オートマターが指を動かし、銃の引き金を引こうとした。

「なんてね!」

 その瞬間、少女は体制を低くしながら地面を強く蹴って機械人形オートマターに急接近した。突然の行動に一瞬動きを迷わせ見せたが、一気に距離を詰めてくる少女に狙いを定め、引き金を引いた。

 だが、額めがけて射たれた弾丸を少女は人間離れした反射速度で避け、地面に無造作に放置された鉄パイプをすかさず手に取りながら、至近距離まで間合いを詰めた。そして片手で大きくパイプを振り、的確に銃のみを機械の手から弾き飛ばすと、そのまま間髪入れず金属製の胴体に鉄パイプを突き出した。

 金属の軋む音と小さな火花が散り、装甲を貫通する。機械人形オートマターは苦しそうな機械音を上げてしばらく藻掻き続けたが、馬乗りになった少女を払うことができずにやがて目の赤い光を失い、動きを完全に停止した。

「止まったかな?」

 機能停止を確認すると少女は立ち上がり、一仕事終えたように腕を空に伸ばして、大きく背伸びをする。

『おいマスター、やけに騒がしい音が聞こえてきたが何かあったのか?』

 再び無線機が無機質な声を発して喋りだした。少女は両腕を下ろしてマイクを口元に近づける。

「あぁ大丈夫大丈夫。ちょっと銃持ちの敵に襲われてただけだから」

『そうか、まぁ無事ならそれで良い』

「・・・・・・え、それだけ?」

 少し間を置いた後、想像していたよりもあっさりとした反応に少女はポカーンとした表情で、不意を突かれた間抜けな声を出す。

『それだけとは?』

 どうやら通信機の向こうの存在に少女の意図は伝わっていないらしい。繋がったままの通信機を片手に持った状態での戦闘だったため、端的にも危機的な状況だったことが伝わっていたはずだが、通信機の奥の存在は特に慌てている様子もなく、至って普通の平常運転の声色をしている。

「大切なマスターがピンチになってたんだから、もうちょい心配してくれてもいいじゃん?」

『こんなことでくたばるような奴じゃないのは、俺が一番良く知っている。それにマスターの方で何が起きても、無線越しからでは今すぐに駆けつけることはできない。心配するだけ無駄というものだろ』

 陽気に話す少女とは対照的に、通信機のスピーカーからは何一つとして心配していなかったことが感じられる、実に冷え切った現実的な答えが返ってきた。

『そんなことより俺の目の前にいる奴のことなんだが……』

「ねぇもしかしてだけど、実は私のことそんなに好きじゃなかったりする?」

 不安げな声で少女は無線の奥の声に問いかける。

『いや。今の世の中でたった一人の人間というのもあるが、それ以前に大事なマスターだと思っている』

「そこまで私のことを・・・・・・」

『まぁ確かに不満は腐るほどあるがな』

「それ、普通にマスターに言うんだ」

 不満があることをオブラートに包むことなく直球で言われたことに、うるうると涙が出そうになっていた少女の感動はすっかりと引いてしまった。

『隠していてもしょうがないだろ』

「まぁそれもそうだけど・・・・・・まぁいいや。それでさっき遮っちゃったけど何言おうとしてたの?」

『俺の目の前のアンドロイド、今日動かす予定なんだろ。点検終わったから早く帰ってこい』

 ナヴィのその言葉に少女は思い出したように、ハッとした表情を浮かべた。

「やっべ、すっかり忘れてた。すぐに帰るから待ってて‼」

『全く・・・・・・』

 ボソッとナヴィの呆れ声が流れる通信器の電源をすぐさま切り、再び胸ポケットに収めると、拳銃の銃口をズボンのポケットに差し入れ、瓦礫まみれの道を走って行った。

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