桃色太郎
加藤那由多
『桃色太郎』
仕事があるだけマシ。
お金を稼げるのは仕事があるおかげなんだから、贅沢を言ってはいけない。
賃上げを要求するなんて論外。
休みなんて一日二時間寝れれば十分。
どんな仕事も文句を言わずにやる。
部下は上司のために死んでも働け。
俺をそんな風に洗脳した会社が、先月訴えられて潰れた。
そうして目が覚めた俺は、仕事を探す間実家に帰ることにした。
両親も俺の境遇を聞いて戻ってこいと言ってくれたし、しばらくのんびりするのも悪くないだろう。
昔はなるべく家から離れたかったものだが、会社での
久々に見上げる実家は、俺を迎えているようだった。
俺を快く迎えていないのはただ一人、
妹の
俺に会いたくないのか、大学から帰ってはすぐに部屋に閉じ籠る。
家族が寝てからリビングで何かしてるようだが、探らせてくれない。
しかしせっかく帰ってきたのに一度も顔を見せないというのもどうかと思うので、俺はリビングで一夜を過ごすことにした。
ソファで寝るふりをする俺。家族を起こさないよう気遣った足音が聞こえて、静かに扉が開く。そして電気がついた。
「なっ…」
「はっ…?」
二人して絶句した。
おそらく俺が待ち伏せていたことに驚いたんだろう。
対して俺は、俺のいない間に派手なピンクに染まった彼女の髪に開いた口が閉じなかった。
「なんでお兄ちゃんがいるの?」
「だって、避けてるみたいだったから。こうでもしないと会えないだろ?」
「は? どうしてそんなストーカー紛いなことができるの? キモっ」
顔をしかめて言う舞実に心がえぐられた。
「そんなことより、その髪どうしたんだよ」
「どうしたって…可愛くない?」
目がチカチカする以外の感想が出てこないんだが。
「お兄ちゃんって、そーいうセンスないよね。せっかくだし、お兄ちゃんも染めてみたらいいのに。気分変わるよ。青とか似合いそう。失職記念にどう?」
どんな記念だよ。青を見るたびにブルーな気分になること間違いなしだな。
「別に、興味ないし」
「そんなこと言わないでさ。ほら、可愛い妹の頼みだと思って。あ、そうだ! 私がお試しで使ってみたヘアカラースプレー余ってるから、それ使ってみようよ。ちゃんと洗えば落ちるし」
俺は押しの強さに根負けした。
俺を避けてた舞実が積極的に関わろうとしてくれているし、どうしてそんな非行に走ったかの理由も知れるかと思って頷いた。
数年ぶりに入った舞実の部屋は想像より綺麗だった。ずっと部屋にいたから引きこもりみたいな偏見があったのも事実だけど。
あいつは部屋の隅からスプレー缶を持ってくると、椅子に座った俺に色々な処理をした後満遍なくかけ始めた。
昔は俺がこいつの髪を結ったりしたけど、それが逆転するなんて。
数分後、できたと言われ鏡越しに見た俺の髪色はこれまたピンク色に染まっていた。
「うわっ、ピンクだ」
そんな感想が真っ先に口から出て、当たり前じゃんと舞実に笑われる。
ふむ、悪くないかもしれないな。
失職は、会社が俺にかけた暗示を解いてくれたが、失職記念のピンクの髪は、社会が俺にかけた固定概念をほぐしてくれたような気がした。
桃色太郎 加藤那由多 @Tanakayuuto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます