ラジオ怪談『DJ雫のキイテハイケナイ話』

『ほん怖トークラジオ DJしずくのキイテハイケナイ話』


「はい、八月十日、月曜日、丑三つ時を廻りました。『DJ雫の聞いてはイケナイ話』パーソナリティの雫です。本日も本当にあった怖い話をゲストに聞きながら、皆様と共にぶるぶる震えながらお届けしたいと思います。

 それでは早速本日のゲストをご紹介いたします。かの有名な、怪談レジェンド犬山順治さんの一番弟子でいらっしゃる、怪談師の今中恐助いまなかきょうすけさんです」


「皆さんこんばんはー。今中恐助です」


「今中さんはこの番組は初めてですよね」

「そうなんですよ。なかなかお呼びがかからなかったもので」

「ははははは。ボクはすぐにでも来て欲しいと思ってたんですよ。でも、ほら、今中さん売れっ子で、全然スケジュールが合わないから」

「全然売れっ子ってわけじゃないですよ」

「またまたご謙遜を。犬山先生公認の一番弟子が忙しくないわけないでしょう」

「それはでも、そうですね。そこそこお仕事はいただいております」

「夏だし余計ですよね」

「そうですねー。やっぱ夏は忙しいですよねー。でも、スケジュールが合わなかったのは仕事で忙しいっていうよりも、ここ数年、ちょっと、深夜の外出ができなかったんですよねー」

「聞いてますよ聞いてますよっ、その話! この業界では結構有名な話になってます。あれですよね、それこそ、このラジオで話してはイケナイ話なんじゃないですか?」

「そうですか? もう終わったようなので、今日は話してもいいかなって、僕的には思ってやってきましたけど」

「そうなんですかっ! えー、それはリスナーの皆様もぜひ聞きたいと思いますよ。あ、でもこれは生放送なので、気になるその話は最後にいたしましょうか」

「そうですね。今日は別の話をするつもりでやってきたので」

「では、早速お話を——、……え? あっ、ちょっとすいません。

 ——え、また? 電源は? 入らないって? あ、お聴き中のリスナーの皆さんすいません。また、いつものアレになってるようで」

「あー、アレですか」

「アレですねー。ちょっと機械トラブルみたいで。えっと、そうか、うんうん、了解です。えー、皆さん、ラジオの生放送は大丈夫みたいなので、このまま先に進めます。YouTubeライブは一旦ここまでで止めて、また後日動画としてアップします」

「話には聞いてはいたんですけど、すごいですよね。これって毎回なんですか?」

「はははっ。さすがに毎回だと放送事故すぎて打ち切りですよね。それに、ゲストによりますよね、やっぱり」

「ゲストが連れてくる的な、そんな感じなんですかねー」

「やっぱそうなんでしょうねー、声優の夢子さん回なんてまじすごかったですよ。完全にポルターガイストで、バチバチ変な音が音声に入り込むし、誰も触ってないのに机からファイルが床に落ちたりして」

「あぁ、彼女、憑いてますからねー。お酒呑まないとバンバン視えちゃってやばいらしいですよ。でも呑むと完全におばちゃん化しちゃって大変なんですけどね」

「はははははっ。あのビジュアルと甘々ボイスでおばちゃん化した夢子さんはちょっと引きますよね。でもそれでバランス取ってるって、以前お越しいただいた時、本人が言ってました」

「あははっ。さすが夢子さん。怪談師で憑いてるって、ある意味ツイてますからね。ネタが豊富で羨ましいですよ」


「あ、はいはい。スタッフが指を廻してるので、先に進めていきましょうか」

「そうですね。えっと、動画配信用のカメラって、どこにあるんでしたっけ?」

「カメラはあそことあそこですね」

「あ、なるほど。じゃあどうしても映っちゃうかな。えっと、じゃあ、動画のライブ配信をしてないってことなので、動画編集するときは、このパソコン画面をボカしてもらってもいいですか? あ、オッケーですか。良かったです」

「お聴きの皆さんは見えないと思うので、ボクの方からちょっと説明すると、えっと、これは——、結構古い映像ですよね。まさかですけど、呪いのビデオとか……」

「いや、呪いのビデオってわけじゃないと思うんですけど。これは犬山先生が撮影されたインタビュービデオですね」

「犬山先生自らですか?」

「はい。若い頃撮影されたそうで。僕も最近いただいたばかりなのですが。時期的には、昭和の中頃かな。結構古いインタビューになりますね。ほん怖ラジオはリスナーさんとやりとりができるって聞いたので、持ってきました」

「——と、おっしゃいますと?」

「実は——、今はまだやめときます」

「えっ、なんですか、その意味深な感じは?!」

「はははっ。タイミングが大事かなって」

「さすが今中さん。打ち合わせ通りです」

「もぉ、雫さん。それ言ったらダメじゃないですかぁ」

「いや、ちょっとふざけておかないと怖いなって思っちゃって。ボク、さっきからずぅーっと鳥肌立ってるんですよね。ほら」

「うわぁ、来てますねぇ。実は、僕もなんです」

「うぉっ! 本当だ。リスナーの皆さん、今中さんの腕、やばいです。カメラにっ——、て、ダメですね、カメラまだ動いてないみたいだ。ま、とにかく、とてつもなく毛が逆立ってます。

 ——あ、はいはい。時間ね、時間。では、スタッフから先へ進めとまた言われてしまったので、早速、お話を聞かせていただきます。それでは今中さん、よろしくお願いいたします」

「はい、よろしくお願いいたします」





 ——ゅうぅうぅううぅ〜ゅうぅうぅううぅ〜ううぅ〜


『DJ雫のキイテハイケナイ話』


「えー、本日お話しいたしますのは、長年封印されてきたお話でして。ワタクシの師匠、犬山順治が実際に体験したお話なんです。


 えー、今から遡ること約五十年前。犬山は当時二十代後半でした。五十年前の日本だし、二十代後半というと、そろそろ結婚して家庭を持ってもいい年齢です。しかし当時の犬山は、日本全国放浪の旅をしていたそうなんですよね。


 土木関係の飯場はんばから飯場へ、日銭を稼ぎ、その金でまた旅をする。と、まぁ、そんな暮らしをしていたそうです。


 えー、飯場というのは、労働者のために準備された宿泊施設のことで、現在日本の法律上では『寄宿舎』と言わなくてはいけないようですが、本日は当時のままで、飯場と呼ばせていただきますので、ご了承ください。


 飯場での仕事は一日中肉体労働で、飯を喰い、タコ部屋で寝るという、あまり娯楽のない生活を送っていたそうです。汗臭い男ばかりの生活ですが、犬山はさほど嫌ではなかったそうです。


 契約期間が間も無く切れるという頃。同じ部屋に寝泊まりしている初老の男性が、犬山に言ったんですよねー。


「もうすぐ山降りるんかぁ? にぃちゃんはぁまだわけぇのに、こんな山奥でこき使われてよぉ。夢もへったくれもあったもんじゃねぇなぁ」


 酔っ払ってたんでしょうねぇ。絡み酒ってやつだと思います。一升瓶に入った安酒を呑みながら、目がこう、座っちゃったりなんかして。


「オメェはさぁ、それでいいと思ってんのかぁ?」ってな具合に、ぐいぐいくるわけですよ。「僕は結構これがしょうにあってますよ」って、犬山は答えたそうなんですけどね。


「かわぇそうに。こぉんな生活が性にあってるつぅならぁ、オメェの人生はぁお先真っ暗だなぁ」と、今度は涙ながらに絡んでくるわけですよ。聞けばその男性には、二度と会うことができない息子さんがいるらしくって。


 犬山順治という人は皆さんご存知の通り、聡明で優しい人柄ですから。若い頃から、もうそういう性格だったんでしょうねぇ。泣きながら話すおじさんの話を、一晩中聞いてあげたそうなんですよね。


 犬山が初老の男性に聞いた話を掻い摘んで話しますと、どうやら彼の故郷は少し変わった信仰心を持っている村だったそうで、生きている人間を、氏神様として祀っていたらしいのです。


 最初はその話に「ん?」と思った犬山だったんですが。まぁ、こういうことなのかなと。


 例えば、新興宗教の教祖様が生きている人間、というのはよくある話ですよね。ですから、きっとその村独特の宗教のようなものがあり、その宗教の教祖様が生きている人間だった、——と。そういうことなのだと犬山は思ったそうです。でも、話を聞き進めていくと、それがどうにも変だ。


 公共の電波に流せない内容が含まれているので、ぼやかした言い方になってしまうんですが、どうやら、夜這いのような、そんな文化が、残ってる村、だったそうです。


 しかも、年に一度、氏神詣にその家の家長が出向き、神様と夜伽を行う。


 ——と、まぁそんな馬鹿な話あるもんか。と、犬山は聞きながら思ったそうなんですが、酔った男が大粒の涙を流しながら、「おらぁ、自分の子をこの腕で抱くこともできなかった」と泣くのを見て、あながち嘘じゃない気もしてくる。それに、その夜伽の話も妙に生々しくて、興味が湧いたそうです。


 男は長い長い与太話の中で、「腕の中で白くて細い腰が動くたび、黒い蝶が腹の上で舞ってるみてぇでなぁ」と話していたそうで。結局犬山は朝まで話に付き合いながら、最後は「僕がいつか息子さんを探してみせますよ」と約束をしたそうなのです。


 ところが。


 翌日、素面しらふに戻った男がこう言うわけです。「昨日話した話は忘れてくれ」って。「話したことがばれたら殺されちまう」って。もうそれはそれは、必死になって言ってくる。


 そんな風に言われたら、逆に気になって気になって仕方ない。それに、頭の中には、勝手に作り出した美女の、「白くて細い腰が動くたび、黒い蝶が腹の上で舞ってる」姿が焼き付いてしまった。だから、仕事の契約期間を満了した犬山は、働いたお金でビデオカメラを購入して、男から聞いた地名に向かったそうなんですよね。


 山奥の飯場から、丸一日かけて、その村の入り口に着いたのは、夕陽が海に沈む時間帯だったそうです。オレンジ色の日本海。せっかくビデオカメラも買ったんだしと、撮影しようと思って、車を止めた瞬間。


 ——ばんっ!


 車の窓ガラスに手が張り付いた。驚いて固まっていると、また、ばんっ。いくつもいくつも、掌が車に張り付きはじめた。


 ——ばんっ!

 ——ばんっ!

 ——ばんっ!

 ——ばんっ!


 いつの間にかは分からないけれど、村人だと思われる黒い人影が、いくつもいくつも車を取り囲んでいて、窓ガラスをバンバン叩いてくる。そのうち、ガチャガチャガチャガチャ、ガチャガチャガチャガチャ、車の、ドアというドアの、ノブを引っ張る音も車内に響き始めてくる。


「やめてくれっ!」

 ——と、頭を抱えながら音が止むまで犬山は耐えるしかないと思ったそうです。


 ピタ、示し合わせたように、音が止む。


 運転席の窓ガラスに張り付いていた、手と手の間から、にゅうー、と、小太りな中年の男が顔を出し、にぃっ、と口を弓形に引きつらせて、笑った。


「ひぃー」ってなもんで、犬山は目を見開いた。


 それ以外の手と手の間からも、次々と顔が出てきて、窓ガラスにおでこをくっつけて車の中を覗き込んでくる。お爺さんお婆さん、おじさんにおばさん。村人だと思わしき人が覗き込んでくる。吐く息で窓ガラスが白く濁っていく。白濁していくガラス越しに、犬山は、有り得ないものを、見た。


 歯が。窓から見える歯という歯が、金色に鈍く光っている。顔という顔が、金歯を剥き出しにして嗤っている。歯を剥いた顔は、金歯を光らせ、鼻息荒く窓ガラスに張り付いている。まるで人喰い族が獲物を狙ってるように、皆、金色の歯をガチガチガチガチ噛み合わせて鳴らしている。


「やっ、やめてく、れ……」 


 ガタガタガタガタ、自分の歯の根と足が震え始めた。目を閉じて、必死に堪えていると、聞こえたんですよ。声が。何か話しかけた声が。犬山は、そっと目を開ける。


 こんこん、運転席側の窓ガラスを小太りの男がノックした。


 次の瞬間——!


 窓ガラスに粘っこい唾を飛ばしながら男は言った。


「お前の顔を、覚えたぞ」


「うわぁっ。無理だ無理だ無理だ無理だ」


 いますぐ車を発進させなきゃ、命が危ないっ! 

 犬山は思ったそうです。


 でも周りには人がいる。

 どうしよう。

 いや、考えている暇なんてない。


 人をくかもしれないけれど、今はそれどころじゃない——、って!


 ブゥーブゥー! ぶぶぶブゥー!


 クラクションを何度も鳴らし、バックで車を後退させて、犬山は、なんとかその場を離れることができた。


「いっ、今のはなんだったんだっ?!」


 バックミラーで後ろを見ると、夕陽に照らされた黒い人影は、車があった場所にいくつもいくつも立っていたそうです。


 しかも、それだけじゃない。

 村の奥の方からも、ゆらゆらゆらゆら黒い人影が歩いてくるように、見えた。


 あのままあそこにいたら、もしかして——。

 嫌な妄想が頭に浮かぶわけですよ。


 歯も足もまだ震えているし、手に汗もべっとりと掻いている。ぬるぬる手が滑り、ハンドルを持つ手も危うい。でもなんとかそれでもトンネルを抜けて、海岸線を走り、ようやく安心できる、と思えるだけ離れたところで、今度は、恐怖の代わりに怒りがふつふつと湧いてきた。


 飯場で酔っ払いのおじさんにあんな話を聞かなければ、こんな目に合うことはなかった。大枚叩いてビデオカメラも買ってしまった。電話して、あのおじさんに、一言言ってやりたい。犬山は公衆電話に立ち寄って、飯場に電話をかけ、あの、初老の男性を呼んでくれるように言ったそうです。


 

 でもねぇ……。

 繋がらなかったんですよねぇ……。

 その男性に。


 電話に出た人が言ったんです。「あぁ、その人なら死んだよ」って。

「え?」ってなるじゃないですか。信じられないわけですよ。でも、飯場の仕事は命懸けのところもあるから、「事故ですか?」って犬山は聞いたそうです。


 電話に出た男性は、今日の昼頃に、部屋で死んでいるところが発見された。しかも、おかしなことに、死後数日は経ってるような腐敗した状態だった。


 ——と、言ったそうです……。


 あり得ないですよねぇ。だって、犬山は、その日の朝に、そのおじさんと会話してるんですから。死後数日は経ってるような腐敗って、するわけないんです、よ……。



 えー、これが、ワタクシの師匠である犬山順治が、現役時代には語ることができず、封印し続けてきた、本当にあった怖いお話でした。


 ラジオをお聴きのリスナーの皆様。

 ご清聴ありがとうございました。





「うわぁ……、これ、初出しですよねぇ……?」

「はい。初出しです」

「これ、自分のチャンネルとかじゃなくって、ここで初出しして良かったんですかぁ?」

「雫さんのラジオに出るんだから、これくらい持ってこないと、と思って」

「うわぁ……、それは嬉しいけど、ちょっとなんていうか……。実話ですもんね。犬山先生の」

「実話っすね。犬山先生の。引退するまで、ずっと封印してきた話なんですよ。やばいっすよね」

「ヤバヤバじゃないっすか……」

「で、そこで、持ってきた、このインタビュー映像の登場です」

「あぁ……、なんか、いいタイミング」

「ですよね。このタイミングを待ってました」

「さすが、今中さんですよ。で、このインタビューは誰をインタビューしたものなんですか?」

「僕はもう見たんですけど、さっきの話に出てくる村の関係者のお話ですね」

「あの、金歯の村民の中の誰かってことですか?」

「や、見た感じ、だいぶご高齢のお婆さんなんで、話に出てきた村民じゃないっすね」

「そうなんですね。それは大変貴重な映像です。では、早速、そちらをみせてもら……」

「えっと……、うん」

「ですね……。これ、まずいパターンですよね……?」

「そうですね、これはちょっと、どうしようかな。変な文字が画面に出てきちゃってるし。——あっ、今、音、音しましたよねっ!?」

「しましたしました! バチバチッて。え、ちょっと待って、またしましたよっ! えっと、あっ! ちょっとスタッフ大丈夫!? あれ、ゆかりちゃん、どうしちゃった!? え? なんか、まずい? あー、あの、リスナーの皆さんすいません。ちょっと、スタッフ一人体調不良が出たみたいなんで、えっと、あ、ここで一旦CM行きますか。

 

 では、続きは、CMの後で——」





 



 


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