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検証怪談『百物語は降霊術なのか否か』は三年前に投稿されたものだった。
一年前に海蛍さんは亡くなったと夢子さんは言っていた。そう思って見ていたからか、「ご冥福をお祈りします」なんてフレーズが動画の終了と同時に頭に浮かんだ。
「へぇー。俺、これは見たことないっすわ。うわっ、再生回数えっぐっ。十五万回再生って、なかなかっすよねー」
スマホ画面から顔を離して洸太君が言う。福山さんの家、ダイニングテーブルに向かい合って座っていた洸太君の顔がすっと離れたタイミングで、私もテーブルについていた肘を下げた。
私もこの動画は見たことがなかった。というか、海蛍さんのチャンネルは登録していない。
海蛍さんの怪談を視聴するのは、入道住職が出ている企画物の動画だけだ。海蛍さんは概要欄の【閲覧注意*呪物マーケット】をやたら宣伝してくる気がするし、興味本位で私も一度覗いてみたけれど、憎い相手を呪い殺す藁人形だとか、あの世の賽の河原から持ってきた亡くなった子供に会える石だとか、怪しげな霊感商法のようですぐにシャットアウトしてしまった。
「でも今の動画を見た感じで言うと、あれっすよねー」
「あれって?」
「夢子さんが言ってた話っすよ。同じ元凶の怪談を集めて百物語をしたら、特定のナニカを呼べるって話っす」
「あ、あぁ……」確かにそんなことを言っていた。どこか似ている日本全国に散らばった怪談話。それを集めて百話話すと、元となったナニカを呼び出しできるかもしれない、と。それにこうも言っていた。場所が、大事だとも。
「さっきの動画見たら、俺、なんか意味が分かった気がしましたよ」
「意味?」訊きたくないけど、訊いてみる。洸太君は「そっすよそっすよ、だって」と、テーブルに身を乗り出して、ちょっと興奮気味に話す。
「海蛍さんたちは実際やったわけっすよ。や、違うか。やろうと思ってなかったけど、そうなったっていうか。だって、そうじゃないっすか? 亡くなった仲居さんの働いていた旅館の怪談話をいくつも話して、そんでもって、その人のお墓から盗んできた蝋燭使ってやってたってことっすよね?」
「え、でも、その人のお墓の蝋燭かどうかは、分からないんじゃない?」
「や、もうそこは、そうとしか思えないっすよ。というか、そうなるようにその死んだ仲居さんの霊に仕向けられたのかもしれないじゃないっすか」
洸太君が戯けてお化けの真似をするように手をぶらぶらさせる。そういう系の怪談は聞いたことがある。死んだ人の霊が誰かを呼び寄せた、的な。でもその検証はさすがにできない気がする。よっぽど霊感の強い霊媒師やお坊さんでなければ。なんて思ったら、入道住職の顔が浮かんだ。
「てことはっすよ?」洸太君がちょっと真剣な顔になり話を続ける。
「夢子さんが言ってた話。あながち嘘じゃないと思いません?」
「どうだろうか……」
ピッピー、と電子音が私の背後で聞こえ、洸太君が「おっ」と片眉を上げて席を立つ。「焼けましたね」と私の背後にあるオーブンに向かい、私も振り返った。動画を視聴する前にオーブンに入れたスポンジケーキ。焼き時間は三十分だったから、もうそんなに時間が経ったのかと驚く。甘い香りもいつの間にかダイニングに漂っている。
洸太君がオーブンを開けて「おー、いい感じに膨らんでるっすわ」と竹串を刺し中を確認する。「うん、バッチリっすね」と、天板をダイニングテーブルの敷板の上にドンっと置いた。確かにいい色合いに焼けている。子供に人気な猫のキャラクターの顔型。オレンジ色のシリコン型にもっこりとスポンジが膨らんでいる。
「上手に型から外れるといいんすけどねー。ちょっとこのまま置いときましょうか」
「あ、うん」
「ミチルちゃん喜んでくれるといっすね。さっちゃんは、お孫さんに大好評だったみたいっすよ」
キャラクターケーキの型は居酒屋さっちゃんの片桐さんが持たせてくれたものだ。「で、」ガタッと椅子を引き、洸太君がまた椅子に座る。
「夢子さんが言っていた、今日がその日ってのが、超気になるっすよね。だって、東京からわざわざこの日に合わせて蛭子町まで来たんすもんね。俺、あれから車までついてって、実はちょっと訊いたんすよね」
知ってる。私を一人残してさっさと行ってしまった洸太君は、黒くて大きなバンの前で入道住職たちと何やら話していた。
「来た理由、富を与えてくれる氏神様だそうっすよ」
「とみをあたえて?」
「そうっすよ。で、それ聞いて俺、ぴーんときちゃったんすよねぇー。確かにって」
「確かにって?」
「紗千香さんは気付きませんでした?」
「え、なにを?」
「この街っすよ。あの岩戸トンネルを抜けてこの蛭子町に入ってから、普通と違うってことっす」
「違う?」
「そっすそっす。トンネルの向こうは普通の漁村だけど、トンネルのこっちはどの家もデカいんすよ。俺、先週ずっと福山さんちに泊めてもらってたから、車であちこち走ってみたんすけどね、どの家も門構えが立派だし、それに結構お高い車乗ってる人も多いんすよね」
「へぇ、そうなの?」
「そうなんすよ。でもそんなことってあります? 都会の高級住宅街なら分かるけど、こんな田舎町っすよ?」
「うぅん……」頬杖をつき脳内にある蛭子町の様子を思い出す。でも、人の家まではしっかり見ていない。
「明らかに金かけてるなーってギラギラした感じじゃないけど、金持ってるんだろうなー、的な。そんな感じの家が結構多いんすよね。で、さっきの話っす。富を与えてくれる氏神様と聞いて、あぁ、そういうこと? って、ぴーんってきたんすよね。氏神様って、ほら、その土地の神様なわけだし」
私は違う意味で、頭の中にそのフレーズが引っかかる。富を与えてくれる氏神様。どこかで聞いたような、みたような——
「紗千香さん?」
「あ、うん」
ふるふると頭をふった。なんだったのか、すぐには思い出せない。
それに——。
「お母さんから聞いたことがあるけど、昔、越前ブームってのがあったらしいし、きっとその時に儲けて、堅実に貯めてる家が多いってことじゃないかな」
——おばあちゃんの家は叔父さんがダメすぎて使い切ってしまったみたいだけど。
とは言えず、頭の中だけで付け加える。
私の記憶の中のおばあちゃんの家も裕福だった。でも、それは現在までは続いていない。もしも、叔父さんがまともな人間で、実家のお婆ちゃんが言うように真面目にお金をコツコツ貯めていたら、今でも旅館は潰れてなくて、裕福だったのかもしれない。
そんなことを考えたら、おばあちゃんの顔が浮かび、胸がちくりと痛んだ。今日蛭子町に来ていることは、おばあちゃんには言っていない。
テーブルの向こう、何か考え込むように腕を組んで目を瞑っていた洸太君が「ううむ」と唸った後、「でもなぁ」と目を開く。
「やっぱ俺の勘当たってる気がします。あぁあ、残念っす。もっと話聞きたかったなぁ。夢子さんはもっと話してもいいって感じだったんすけどね、入道さんにストップかけられちゃって。でも、俺——」
洸太君はテーブルに置いてあったスマホを手に取ると画面をタップし、「ほら」と見せた。「ん?」スマホを受け取る。左上に『トーク』と太文字で書かれたLINE画面。その一番上には『ゆめこ』の文字と丸く切り取られた夢子さんの顔写真。
「えぇ?! 夢子さんとLINE交換してきたの?!」
思わず大きな声が出た。有名なYouTuberさんとLINE交換してくるなんて、さすがコミュ力が半端ない。てか、ありえない。そういえば、黒い車の前で洸太君はスマホを触って話していた。
それにしても——。
「入道住職は嫌がらなかったの?」スマホを洸太君に返し、「その、夢子さんは、奥さんなわけだし」言いながら自然と眉根が寄る。自分の奥さんがLINEを自分以外の男性に教えるのはどうなのだろうか。でも、洸太君はきょとんとした顔で「全然っすよ?」と答える。
「夢子さんたち泊まる場所が決まってないそうで、もし何かあれば連絡するねーって言われて。どっちかっていうと、夢子さんから交換しよ、的な?」
「へぇ……」とはいえ、ここは福山さんの家。何かあっても、どうしようもないと思うのだけれど。それになんだかもやっとするのはなぜなんだろうか。別に洸太君が誰と仲良くしようと、私には関係のないことなのに。
「どしたんすか?」
「いや、別に……」
「夢子さんから連絡来るっすかねー。てか、宿泊する場所見つかるんすかね。最悪車中泊だって言ってましたけど」
「そうなんだ」適当に答える私の声に洸太君の「やっべ」が被る。洸太君はスマホをこちらに向けた。
「ミチルちゃんのお迎え行かないと」
お迎えの時間は四時。スマホの時計は三時四十分だった。
「本当だ。ゆっくりしすぎちゃったね。急がないと」
「ケーキだけ型抜きしときましょっか」
「うん、そだね」
保育園までは車で十分程度。とりあえず焼き上がったケーキを型からそっと外し、金網の上に乗せる。
「あちゃー、ま、生クリームで埋めてなんとかしますかー」
焼きあがった猫のキャラクターは、目が半分潰れていて、お世辞にも上出来とは言い難かった。
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