第四章

検証怪談『百物語は降霊術なのか否か』

 ご視聴の皆様、こんばんわ。怪談師の海蛍うみぼたると申します。本日も、いつものスタジオより、検証怪談をお送りしていきたいと思います。


 えぇ、それでは、初めて『海蛍チャンネル』をご視聴の皆様もいらっしゃるかと思いますので、わたくしの話します検証怪談が、一体どういったものなのか、と、いうことをまずはお話したいと思います。


 すでにチャンネル登録をされている皆様には、少々つまらないお話かと思いますので、もしよろしければ、概要欄にございます【閲覧注意*呪物マーケット】のリンク先をご覧いただきながらお待ちいただければと、思います。とはいえ、呪物マーケットのリンクに飛ぶと、「もしやこの動画が再生されなくなるのでは?」などと、思われる方もいらっしゃるかもしれません。


 大丈夫、問題ございません。


 クリックすると新しいタブが開かれ、わたくしのお話を聴きながらショッピングをお楽しみいただくことができます。わたくし海蛍が実際に検証を行い、「これは!」と効果を実感した呪具が多数ございますので、ぜひ、閲覧に注意して、ご覧いただければ幸いでございます。


 えぇ、それでは、宣伝はこのくらいにいたしまして、検証怪談とは何か、ということを簡単にご説明いたします。


 検証怪談とは、その名の通り、わたくしの蒐集しました怪談話や、ご縁があり、わたくしの元に寄せられました怪談話などを掘り下げ、様々な観点から調査し、時には実験なども行い、検証してお話しするというものでございます。


 呪物マーケットをクリックした皆様、申し訳ございません。思った以上にあっさりと検証怪談についてのお話が終わってしまいました。


 ——と、お決まりの始まり方はこの辺にいたしまして。


 毎度毎度のわたくしの茶番劇にお付き合いいただきました皆様、ありがとうございます。それでは、本日も検証怪談を進めていきたいと思います。どうぞ、皆様、最後までお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。


 えぇ、本日はですね、ただいま画面に出ましたタイトル通り、『百物語は降霊術なのか否か』について、検証を行ったわたくしのお話を、していきたいと思います。


 えぇ、さて。それでは、まずは百物語の歴史からお話ししたいと思います。


 百物語の歴史は古く、室町時代に始まり、江戸時代に流行したそうです。元を辿れば、主君が眠る時に、話し相手を務めた御伽衆おとぎしゅうに由来するとも、武家の肝試しに始まったとも言われています。御伽衆なるものが、夜な夜な布団の横に座り、主君に怖いお話を聞かせる絵図を想像いたしますと、わたくしなどは、それはそれで、絵本の読み聞かせをする母親と重なり、どこか、ほっこりしてしまいます。


 百物語と言いましても、実際は百話目は話さないというのが本来のやり方のようでして。なんでも百話目を話してしまうと、本物の怪異が現れるとか、百物語自体が降霊術の類であるとか、呪術的な意味合いがあるとか、そういった話もございます。参加者の話が一巡するごとに場の霊気が増幅し、最後はあの世への扉が開くとも。要は、簡単に手を出してはいけない代物だ、ということです。


 さて。この百物語について、実際はどうなのか。本当にあの世への道が開いてしまうのか、はたまた、恐ろしい怪異が現れるのか——と、いうことを、実は、わたくし、長年調べておりまして。


 きっかけは、わたくしが怪談師になる前。まだまだ若造だった頃になります。ご視聴の皆様は、それは何年ほど前か、と勘ぐった方もいらっしゃるかもしれませんよね。わたくしのユニフォームは、黒子頭巾。ゆえ、皆様のご想像にお任せいたします。こう見えてわたくし、意外と若いかもしれませんしね。


 さておき。


 当時、わたくしが百物語を体験したのは、海辺にほど近い田舎町でございました。その場所は、田舎町ではあったのですが、夏は海水客が訪れる、少々寂れた観光地でもありました。わたくしは、とある夏の間、その街の旅館で、今で言うところの、リゾートバイトに行っておりました。


 その旅館には、わたくしの他にも数名の男女が、同じくリゾートバイトに来ておりまして、ひと夏、共に過ごす仲間として働いていたのでございます。もちろん、地元から働きに来る若者もおりました。が、遠方から来たわたくし共は、旅館が用意した古びたアパートで共同生活をしておりました。もちろん、男女は別々の部屋でございます。


 繁盛期の山を乗り越えたお盆過ぎ。


 わたくしよりひとつ年下の女性、仮にAさんといたしましょうか。Aさんが「最後にみんなで思い出を作りたい」と言い出しました。Aさんもわたくしと同じ、遠方から仕事に来ている女性だったのですが、どうやら地元に住んでいる男性とお付き合いを始めていたようで、その男性から「とっておきの心霊スポットがある」と、連れて行ってもらったことがあると言うのです。


 仕事の雇用期間が終われば、共に働いた仲間はバラバラになり、なかなか会う機会もない。であれば、最後の思い出にみんなで心霊スポットに行き、肝試しもいいかもしれない。そう、話が進みまして。


 仕事が終わった深夜。Aさんの彼氏に教えてもらった心霊スポットに、男女五人で一台の車に乗り込み、向かいました。


 ——が、教えてもらった場所にあるはずの、トンネルが見当たらない。


「おかしいな、確かにこの間来た時はここにあったはずなのに」と、Aさん。しかし、場所を確かめようにも時間は深夜。Aさんの彼氏に連絡を取るのも憚られ、わたくしたちは宿泊しているアパートへと引き返すことにしました。


 ですが、どうにも拍子抜け。そこで、唯一ひとり部屋だったわたくしの部屋に皆で集まり、朝まで怪談話をしようか、という流れになりました。


 男性三人は翌日も朝から仕事がありましたが、そこは若さ。徹夜でも平気だと、皆思っておりました。女性は夕食時に合わせての後半勤務でしたので、徹夜したとしても、仮眠をとることができます。


 車でアパートに帰る道中、「どうせやるなら、蝋燭を立てて百物語風にしないか」と、誰かが言い出し、「でも、蝋燭なんて持ってないし」と、誰かが答えました。ちょうど、帰り道の途中に、地元の人の墓地があったことを思い出したわたくしは、「お盆も過ぎたばかりだし、お墓に行けば蝋燭の一本や二本あるんじゃないかな?」と、あまり深く考えもせず言ってしまいました。


 今思えば、あり得ない発想ですよね。ですが、その頃のわたくしは、そして一緒にいた仲間たちも、「いいじゃんいいじゃん」なんて言って、墓地へと向かってしまったのです。


 地元の人の小さな墓地は、大変古い墓地で、海岸線から細い道を入った山側の斜面に作ってありました。女性陣は車に残り、男性三人で懐中電灯片手に、横幅一メートルもないくらいの狭くて急な階段を登りました。しかし、懐中電灯で照らすのですが、溶けきって小さくなった蝋燭しか見当たりません。仕方ないなと諦めて、階段を降りようとした時です。


 手に持った懐中電灯の明かりが、階段横の、墓地の水場に置いてある小さな白い箱を照らしました。中を開けると、そうですねぇ、大きさとしては十五センチほどでしょうか。白い和蝋燭が新品のまま入っていたんです。これを持って帰れば完全に窃盗罪。ですが、若かったわたくしたちは深く考えることもせず、「ラッキー」と親指を立てて持ち帰りました。


 時刻はそうですねぇ。深夜二時を少し過ぎた頃だったと思います。狭い六畳間に、火をつけた和蝋燭を真ん中に置いて座ったわたくしたちは、じゃんけんで順番を決め、怪談話を始めました。一話話すごとに正の字を一本ずつ紙に書いていく。最後の話をし終わったら蝋燭の火を吹き消そう。そう決めて、百物語をスタートさせました。


 誰でも聞いたことのあるような、学校の怪談から始まって、都市伝説的な怪談。最後に「お前だ!」と指を差すような脅かし系の怪談。不思議なことに、皆、思ったよりも怖い話のネタというのは持ち合わせがあり、一巡するごとにネタがなくなって困るということがありませんでしたね。


 海にまつわる怪談を誰かがすれば、「そういえば私も——」「俺も——」と、海にまつわる怪談が続き、墓地にまつわる怪談を誰かがすれば、「そういえば私も——」「俺も——」と、また墓地にまつわる話が続く。一話一話はとても短いものばかりでしたが、自分の順番が廻って来るのを待ち遠しく思っていたような記憶さえあります。


 どれくらいそう話していたでしょうか。これなら意外と百話いけるんじゃないか——、そう思い始めた頃。


「俺さ、実はここで——」と、男性の一人が話し始めました。


 働いている旅館は五階建ての大きな旅館だったのですが、四階がありませんでした。あえて四階を作らない建物はよくあります。四は死に通じる。縁起でもないから、あえて四階という表記を飛ばし、一階、二階、三階、五階とする。この旅館もそういった作りでした。実際の四階は館内表記上五階になり、五階は六階と表記されているということです。


 でも、彼は一度だけ四階に行ったことがあるというのです。すると、「実は、わたしも」「俺も」と声が上がり始めました。わたくしは、そんな経験はしておりませんでしたから、そこからはわたくし以外、四人の話を聴く側にまわりました。話し手が変わるごとに紙に正の字を一本ずつ書き足していく担当になったのです。


 旅館にまつわる話は、次から次へと出てきました。まさか、そんなにあるわけないと思うのですが、「誰も乗ってないエレベーターが上下しているのを見た」とか、「宴会場で話し声がしたから覗いてみたけど誰もいなかった」とか、「揃えたはずのスリッパがいつの間にか散らかっていた」とか。それはそれは次から次へと話が続き、紙に書いた正の字がどんどん増えていきました。


 正の字が十八を超え、十九になり、百話まで残り五話になった頃だったでしょうか。部屋の中、カーテンを閉めていた窓から、光が薄ぼんやりと入ってきた気がしました。あぁ、朝になったのかと思ったわたくしは、目を細め、カーテンの隙間から漏れ出る淡い光に目を凝らしました。


 ——が。

 

 よくよく見ると、それは窓から差し込む淡い光ではなく、白っぽい靄のように見えるのです。わたくし以外は誰も気づいていないのか、皆、ちょっとおかしいくらい夢中になって旅館にまつわる怪談話をしています。その様子も尋常じゃないのですが、その白い靄のようなものがだんだんはっきりした像になっていくのが恐ろしく、わたくしは目を見開いて凝視し、金縛りにあったように動けなくなりました。


 白い靄は窓際から部屋の中に侵入し、蝋燭の真上で静止していました。誰もその様子に気付いていない。信じられないことなのですが、どうやら、わたくしだけが見えるのです。


 靄はもう、靄ではなく、明らかに女性でした。ぼさぼさの長い髪をだらりだらりと垂らした、女性です。その女性の顎の辺りがゆっくりと左右に動いていく様子を、唯一動く眼球で追いました。いえ、追いたいわけじゃないんですよね。吸盤か何かで吸い付けられたように、動いてしまった、と、言った方がいいでしょうか。


 半開きに開いた口と、睨めつけるように見下ろす眼。あるはずのない、見えるはずのないその口や眼が見える気がしていました。いや、わたくしには完全に見えていました。わたくし以外はそれに気づかず、わたくしだけが気付いている。そして、話はまだ進んでいる。


「次で、百話目だよね」誰かが言いました。その当時のわたくしは百話目を話したらいけないとは知りませんでしたので、動けぬ身体で、ただそこに存在してるだけの耳でその声を聞きました。


「最後はあたしの番」


 声が、頭上から降ってきた気がしました。と、同時に、場が急にキュィーンと張り詰め、空間が歪んだような気さえしました。これはダメだと、心の中で思いつく限りのお経のようなものを必死に唱え、動かない体中の力を手に込めて握りしめ、ぎゅうっと目をなんとか閉じました。


 聞いてはいけない。

 見てはいけない。

 これ以上、ここに居てはいけない。


 でも聞こえてくるんですよね。目を閉じてるはずなのに、見えてもいるんです。真ん中に置いた、短くなった和蝋燭の炎の先に白い爪先が揺れているんですよね。こう、ゆらぁゆらぁゆらぁゆらぁっ、——と。


 あぁ、この女性は首を吊っているんだと思いましたね。だから髪は異様に下に垂れ下がっていたんだと。理解した瞬間、ミシィーミシィーと、縄が軋むような小さな音まで耳の奥に入り込んできてしまってですね。意識が自然にシャットダウンしていって、気付いた時には朝陽は登り、わたくしたちは床に五人共、倒れていました。


 ——と、まぁ、そんな実体験なわけなのですが。


 誰が百話目を話したのかというのは、いまだに分からないんですが、もしかしたら、あの首を吊っていた女性かもしれませんよね。そう思うと、恐ろしいことです。


 わたくしたちは、それぞれ雇用期間が終わってから離れ離れになりましたし、百物語をした四人とはそれから会っていません。もうだいぶ昔のことですから、今更連絡を取ることはないと思っていたのですが。


 数年前ですね。


 わたくしの視聴者さんから、あるメッセージをいただきました。そのメッセージには、こう書かれておりました。それは、知り合いの亡くなったお姉さんが話していた話と、よく似ています、——と。


 その方の知り合いのお姉さんは、精神を病み、もうだいぶ前に亡くなっておられるのですが、囈言うわごとのように、さっきわたくしがお話した内容と似たような話をしていらっしゃったそうです。メッセージをくださった方と、連絡を取り合いまして、名前を聞き、その方が、あの時一緒だった女性、Bさんだと分かりました。


 Bさんは若い頃からずっと精神を病み続け、家に篭り、自分の髪を、ぶちぶちと抜き続けていたそうです。剥げあがった頭皮と、骨と皮だけになった姿で、あるときふらっと行方不明になり、発見されたのは、あの、旅館のある土地の海岸だったとのことです。最後は、あの旅館のある土地まで行き、崖から身を投げたんだろう、ということでした。


 悲しいことです。


 だからこそ、これは調べてみるしかないと思ったわたくしは、旅館があった土地へ向かいました。残念ながら、もうその旅館は廃業し、廃墟と化していましたね。しかし、地道に地元の人に聞き込みを重ね、その後の調査で分かったことがあります。


 恐らくですが、わたくしが見た、首を吊っていた女性は、わたくしが働いていた旅館の主人と不倫関係にあり、捨てられた元仲井の女性だということ。そして、その女性のお墓は、わたくしたちが蝋燭を盗んだ、あの墓地にあったということです。


 これが、わたくしが百物語を長らく調査しているきっかけでございます。ですので、わたくし的には、『百物語は降霊術なのか否か』と訊かれたら、迷わず「降霊術の類だ」と、答えます。


 しかしこれは、科学では解明できない世界でございます。まだまだこれからも、引き続き調査を進めて参りたいと思いますので、百物語体験談や、情報をお持ちの方は、ダイレクトメールにてご連絡いただけましたら幸いです。

 

 本日の検証怪談『百物語は降霊術なのか否か』は、以上でございます。


 今回は長くなってしまい、申し訳ございませんでした。「よかったよ!」という方は、是非是非グッドボタン、チャンネル登録をお願いいたします。


 それでは、次回の動画でお会いいたしましょう。

 ご視聴、ありがとうございました。




 

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