4_1
「え?」スマホ画面をタップした。
『怪談スペシャル』が途中で止まってしまった。スマホの画面は、青い着物を着た花魁頭の怪談師さんが「ふ」の口のまま目を見開いて静止している。派手な化粧の怪談師さんは撮影ライトが反射しているのか、目が白目になっていてる。何度かタップして電波が不安定なのだと納得し、スマホを一度ブラックアウトした。
この続きはまた今度。
今日はやめておこう。
耳からイヤホンを抜き取る。と、同時に、屋根を打つ雨音が耳朶に流れ込んだ。狭い部屋の布団の上。シャワーを借りて、この部屋に戻り、眠くなるまで『怪談スペシャル』の続きを——と、視聴し始めてもう小一時間経つ。動画視聴前にチェックした雨雲レーダーでは、とっくに雨はあがっているはずだった。
嘆息し、スマホをまたタップして雨雲レーダーを起動する。指でスクロールして今いる付近を見てみると、薄い水色と濃い水色が混じり合い停滞しているようだった。山の天気は変わりやすいと聞いたことがあるけれど、海も同じなのだろうか。
考えたところで雨があがるわけじゃない。スマホを枕元に置いた。ごろんと寝返りを打ち天井を見上げる。うーんと腕を伸ばし、はぁっと脱力すると、雨の音はさっきよりも大きくなった気がした。
——それにしても。
『怪談スペシャル』の概要欄をチェックして、わざわざ海の怪談を外して視聴したのに。タイトルが『お小夜の玉』だから、手毬とか水晶玉とか、そういう話だと思っていた。それがまさか、海の話。それも崖から身を投げる話なんて。
——違うか。
欲深い両親が嫌がる娘を無理やり嫁に出そうとした、悲しいお話だ。いつの時代でもそういう親はいるんだなと、ジュニアアイドルのネット記事を思い出した。子供を売ることに抵抗のない親もいる。私のそばにはいないだけだ。
もう一度スマホを手に取りタップする。既読スルーしていたお母さんからのLINEを開くと、フランス料理の写真が数枚送られてきていた。上にスクロールしていくと《明日入院、明後日出産だからその前にご馳走を》と、ブログタイトルみたいなメッセージが出てきた。その上にはお姉ちゃんと旦那さんとお母さんが三人で並んでる写真。背景は、ライトアップされたレインボーブリッジだった。
見なきゃよかった。
楽しそうで何より。
返信するか少し悩んだけど、《良かったね!》と、送った。お姉ちゃんは計画的無痛分娩で子供を産む。お姉ちゃんの赤ちゃんが無事に産まれて欲しいと思う気持ちは本当だ。さっきの怪談を視聴したから尚更だ。陣痛が来る前に予定通り入院できて良かった。だから、送信した《良かったね!》は、お母さんに対しての《良かったね!》ではない。
——明後日になったら、私も叔母さんか。
ミチルちゃんの顔が浮かび、叔母さんも悪くない気がした。きっと産まれてくる赤ちゃんは可愛いし、実家で会うことがあれば、絵本を読んであげられる。頬が自然と緩んだ。そんな自分の変化に驚き、LINEを消す。
そこで、気づいた。
画面の右上、電池マークの赤色が細くなっている。動画を一時間も視聴していたのだから当然かもしれない。残量を表示させると、三パーセントになっていた。宿泊する予定じゃなかったから充電器は持ってきていない。
「やばっ」すぐにスマホをブラックアウトする。でも、ブラックアウトしてもさすがに朝までもたない気がした。洸太君の車に乗れば充電できるけど、それまでに充電が切れてしまったら、何かあった時に困ってしまう。
耳を澄ます。
雨の音だけが聴こえる。
立ち上がり廊下に出た。洸太君はミチルちゃんと絵本を読んでいた和室で寝てるはず。まだ起きていれば充電器を貸して貰える。
静かに襖を閉め廊下を進む。
ギィと小さく、私に踏まれた床が鳴く。
ギィィ、床板の悲鳴が足の裏で聴こえる。
——でも。
雨音は古い日本家屋を包んでいる。多少の足音は大丈夫かも知れない。少し歩幅をはやめようとした——、刹那。
カタカタッ。
左の肩先で空気が揺れ反射的にそちらを向く。暗がりに、歪みガラスに反射した、ぐにゃりとした自分の顔が浮かんでる。廊下は片方が中庭に向いたガラス戸。さっきの音は、嵌めガラスが風で揺れた音だ。ほっと胸を撫で下ろし顔を前に向けようとした——
——でも。
窓の外。フラッシュを焚いたような白い光が二度三度と瞬いた。びくりと肩を縮め、思わず固まる。暗闇に戻る中庭。歪んだガラスには、廊下を照らす微かな光に照らされた、眉根を寄せた自分の顔が映っている。
両肩を強い力で掴まれたようにさらに身を縮めると、喉の奥がクッと鳴った。息を止める。雨音に混じりごろごろと小さな雷鳴が聴こえる。雷だ。それも、かなり近い位置にいる。瞬く雷光が中庭を照らし、私の顔を消す。と、同時に、中庭の木々、石灯籠、小さな池がうすぼんやりと見える。視線が中庭の奥へ奥へと吸い込まれていく。
地鳴りのような重低音の中、目を凝らす。今、何か見えた気がする。歪んだ境界線の向こう側、また、小さな日本庭園に雷鳴が轟く。目を刺すような光りの奥、常緑樹の歯が揺れる先に隠れた、モノ。
中庭には、祠のようなものが建っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます