古典風怪談『お小夜の玉』

 えろぅ寒くなって参りましたねぇ。


 さぁて、夜も更けて参りまして。お次は、あちき。レディカカのお噺に、お付き合いおくんなんしぇ。


 チリーン——

 チリーン——

 チリーン——

 チリーン——


 むかぁし、むかしのことでございます。


 日本海に面した海辺の村に、年の頃は十五、六の、お小夜さよという、それはそれは美しい娘がおりました。


 お小夜には、心に決めた三歳年上の佐助さすけという若者がおりました。佐助は漁師でございまして。日の出から日の入りまで。それはそれは真面目に働く、優しくて素朴な青年でございました。


 お小夜は佐助を兄のように慕い、惚れておりました。佐助もまた、妹のようなお小夜を愛しく思っておりました。


 しかし——

 

 お小夜の家は海から少し離れた街道沿いで、小さな宿を営んでおりました。お小夜の父親と母親は強欲でございました。小さな宿ではなく、立派な旅籠にしたいと常々考えておりました。


「うちの娘は美しい。その辺の漁師にやるにはもったいない」


 一人娘のお小夜を嫁に出すならば、裕福な家に嫁がせるべきだ。と、思っていたのでございます。お小夜の両親はあの手この手を使い、一番いい嫁ぎ先を探すのでございます。


 西は出雲、東は越後。

 京の都や、江戸の町。


 お宿のお客さんに「どこぞに金持ちの婿様はおりませんか」と、声をかけておりました。その執念たるや尋常ではございませんでした。


 しかしお小夜は美しいとはいえ、普通の娘にございます。それに、お小夜は佐助を好いておりました。


「かか様と、とと様は、気が狂っとる。いつか嫁ぎ先がみつかって、わたしは嫁に行かされる」


 お小夜は考えました。どうすれば両親は諦めてくれるのだろうか、と。

 そして思いついたのでございます。

 子が宿れば、諦めてくれるかもしれない——、と。


 ある日の晩。両親が寝静まったのを確認したお小夜は、こっそり家を抜け出して、浜辺にある佐助の家へと向かいます。


 しかし佐助は真面目な男です。


「結婚を許してもらえないのであれば、お前と床に入ることはできない」と、頑なに申します。お小夜は懇願します。「どうか、わたしに子を成してくださいまし。子が宿れば、きっと、とと様と、かか様は、許してくれるはずだ」と。


 幾晩も幾晩も。人目を忍びお小夜は佐助の元に通いました。それほどお小夜は佐助のことを好いていたのでございます。その度に佐助はお小夜をさとしました。しかし、佐助も男です。遂に根負けし、お小夜と肌を重ねたのでございます。


 月夜の晩。

 若い二人が一線を超えたのでございます。


 その日から幾晩も幾晩も。二人は逢瀬を重ね、お小夜はほどなくして、佐助の子を身篭りました。


 しかし——


 お小夜のお腹がほんのりと膨らみ始めた頃。


 両親は「嫁ぎ先が決まった」とお小夜に申しました。お小夜は床に顔を擦り付け「わたしのお腹には佐助さんとの子がいます。嫁に行くなどできません」と両親に申します。子を身篭った女など嫁に出せるはずがないと、お小夜は信じておりました。子を産みさえすれば、両親は諦めると思っていたので、ございます。


 しかし。

 お小夜の両親は怒り狂いました。

 もう二度と佐助に会わせぬよう。

 そして、お小夜が逃げ出さぬよう。

 両親は土蔵の柱にお小夜を括り付けます。


 母親は使用人に適当な嘘を吐き、遠く離れた村から産婆を連れてくるよう申し付けました。子を産めば女の身体は変わってしまう。胸の蕾は変色し、腹は醜く弛んでしまう。母親は思ったのです。


 身篭った子を堕しさえすれば、まだ、間に合うと。


 父親は父親で佐助の家に行き「お小夜はもう嫁に行った」と告げました。ですが佐助は「そんなはずはない」と信じません。何度言っても信じぬ佐助に、父親は最後の手段を使ったのでございました。


 ちょうどその日は、新月。

 誰も見ては、いなかった。


 なんと酷い母親でしょう。

 なんと酷い父親でしょう。

 小さなお宿でなにがいけないというのでしょう。

 食うに困るわけでもないのに。

 火のついた欲を消すことが、できぬのです。 


 お小夜は暗い蔵の中。猿轡さるぐつわを噛みしめて涙を流します。逃げ出そうと踠きます。しかし逃げることなどできません。


 幾日か経ち。

 遠く離れた山奥の村から、汚い衣を纏った産婆がやってきました。


 白髪頭のお産婆はお小夜の猿轡を外し、苦い苦い汁を飲ませます。鬼灯ほおずきの根を煎じた毒を飲ませたのです。お小夜がそれを吐き出すと、母親がお小夜の顎を押さえつけました。閉じることのできない口から鬼灯毒を胃の腑へと流し込まれ、お小夜は三日三晩嘔吐を繰り返しました。


 しかし、鬼灯毒ではお小夜のお腹の子は堕せませんでした。鬼灯毒が駄目なら、残る方法は、ひとつしかありません。


 柳の枝です。


「やめてぇ、かかさまぁ、やめてぇ……、どうか、どうかぁ……」


 お小夜は擦れる声を振り絞り、必死になってお願いするのでございますが、母親は聞く耳を持ちません。


 貧困のための、

 やむを得ない子堕しとは違う。

 涙を流し懇願するお小夜の姿をみて、

 お産婆は居た堪れない気持ちになりました。


 しかし鬼灯毒を飲んだ以上、

 健全な赤子が産める可能性は、低い。

 普通の赤子じゃない場合。

 産まれてもすぐに、殺さなければいけない。


 もう引き返すことなど、できないのでございます。


 お産婆と母親は、お小夜の膝をまげて紐で縛りご開帳させました。

 

 そして——


 ご開帳した隠し所に柳の枝を差し込んで、お小夜の子宮を搔き廻しました。猿轡をされたお小夜は、最後の力を振り絞り、声にならぬ声を絞り出しながら抵抗いたします。


 ——ですが。


 鬼灯毒に蝕まれたお小夜の身体には、力がほとんど残っておりませんでした。お小夜を哀れに思ったお産婆は、せめてもと、ぶつぶつ、ぶつぶつと、お経のようなものを唱えながら、柳の枝を動かします。


 そして、ついに——


 気を失い、息も絶え絶えのお小夜の胎内から、柳の枝に絡まった赤子がずるずると土蔵の床に引き摺り出されました。


 柳の枝から白い蒸気が立ち昇る。

 血生臭い匂いが土蔵に充満する。


 柳の枝に絡み付いた血塗れの赤子は、手足が捥げ、頭がありませんでした。

 赤子の頭部は、お小夜の中に残ったのでございます。


「この子を大事にしてやりなさい」と、死神のようなお産婆はそう言い残し、山奥へと帰って行ったのでございました。


 数日経ちました。


 暗い土蔵で、お小夜は目を覚ましたのでございます。手枷足枷てかせあしかせは外され、お小夜は布団に寝ておりました。酷い仕打ちを受けたのです。本来ならば動くはずのない身体。しかしお小夜はむくりと起き上がったのでございます。不思議と痛みは感じません。腹の底から力が湧いてくるような気さえするのでございます。


 お小夜は土蔵を抜け出して、佐助の家に向かいました。最初からこうすれば良かったのです。子などいなくとも、佐助と二人、この村を出れば良かっただけなのです。


「佐助さん、佐助さん」お小夜は何度も名前を呼びながら走りました。


「いますぐに会いにいきます。そしてわたしと、この村を出て、一緒になりましょうねぇ……」


 しかし。

 浜辺に佇む佐助の家は、跡形もなく焼け落ちておりました。


 お小夜は佐助になにが起きたのか、すぐに分かりました。

 佐助は両親の手によって、殺されたのだ——、と。


 お小夜は泣き崩れたのでございます。

 わたしが佐助さんを巻き込んだと、思ったのでございます。

 わたしさえ素直に嫁に行けば、わたしさえ——

 佐助さんを殺したのは、わたしだっ。

 

「あぁあぁぁぁあ……、ああぁぁああぁ……」


 お小夜は何度も、何度も、叫んだのでございます。

 叫びながら泣き、泣きながら叫び——、そして。


 ふらふらと立ち上がったお小夜は、海を見たのでございます。

 愛した人が、毎日船に乗って出かけて行った、海を、見たのでございます。

 きっと、あの海に、佐助さんの魂が眠っている。

 佐助さんは海が好きだったから。

 佐助さんの魂は、海に帰って行ったのだ。


 お小夜は「佐助さぁん、佐助さぁん」と呼びながら、海へ入って行ったのでございます。


 しかし、行けども、行けども、波が、お小夜を、押し返す。


 お小夜は海から這い出ると、今度は崖に向かって走ったのでございます。

 

 佐助と一緒に夕陽を眺めたあの崖へ。あの崖から飛び込めば、わたしは佐助さんのもとへ行けると。そう信じてお小夜は崖まで走ったのでございます。そしてお小夜は、佐助の名前を呼びながら、崖から海へ、飛び込んだのでございます。


 冬の日本海。

 波は高く、すぐにお小夜の身体を、飲み込みます。


 その時でございます。


 お小夜の奥の院に眠りし赤子の頭部が、落ちたはずみで出たのでございます。ぽんっ、と弾けて飛び出した小さな小さな赤子の頭部は、何日も何日もかけて、浜に流れ着いたのでございます。


 ——さて。


 浜辺でそれを拾ったものが、おりました。

 それは、佐助でございました。


 佐助は死んでなどいなかったのです。


 火を放たれ、焼け落ちる家屋から、佐助は命からがら逃げ出したのでございました。佐助は、漁師仲間の世話になり、生きていたのでございます。


 佐助は赤黒い小石のような玉を拾い上げると、「なんじゃ、これは……」思わず声を漏らしました。赤子の頭部だと、佐助は知る由もございません。が、佐助にはそれが、小鬼の頭に思えたのでございます。頭に角をひとつ生やした、小さな小さな髑髏しゃれこうべに思えたのでございます。


 いにしえより、漂着したモノには神が宿ると、まつる地域がございます。エビス様なども、漂着神ひょうちゃくしんの要素を強くもっておられます。


 佐助はこれは普通の玉ではないと思い、持ち帰り、小さなほこらを建てて、祀ったのでございました。そして朝朝暮暮ちょうちょうぼぼ、朝な夕なと、拝んだのでございます。


 すると、奇妙なことが起こりました。 


 佐助が漁に出ると、必ずと言っていいほど大漁に恵まれるのです。それだけではありません。佐助が取ってきた魚は不思議と、腐らないのです。今のように冷蔵車のない時代。鮮度の良い魚は貴重でございます。佐助の魚は商人の間ですぐに評判となり、飛ぶように売れました。それも驚くほどの高値で売れるのです。


 佐助は魚を売って得た富を、周りの者たちにも分け与えました。佐助の漁村はみるみる間に栄え、街道を横に逸れてでも、旅人が訪れたい場所になったのでございます。

 

 面白くないのはお小夜の両親です。一人娘は死に、縁談もたち消え、その原因を作った男は裕福な暮らしを手に入れている。


 お小夜の両親は祠のことを聞きつけ、深夜祠へと向かいます。祠をこじ開け、中に祀ってある小さな玉を持ち帰ります。お小夜の両親は、家に持ち帰った玉を床の間に飾り、「どうかどうか、私たちに、有り余るほどの富をお与えくださいまし」と、拝みました。


 その時です。


 ひゅぅ〜

 風が吹き、部屋の蝋燭の火が揺れた。


 カタコトッ

 カタカタコトッ


 床の間に祀った玉が、揺れ動く。


 カタカタコトッ

 カタカタコトトッ


 ——コトンッ


 床の間から玉が落ちた。


 玉はポンッとみずから跳ね上がり、母親の口の中に飛び込みました。めりめりとめりめりと顔の皮膚が裂ける。ゴギュグギュガゴッ。鈍い音を室内に響かせて玉は顎の骨を砕き、喉の奥へと進んでいくのです。


「あ゛ぁぁあ……あ゛ぁあ………」


 母親は絶叫します。しかし奇怪な音が、口だった場所から漏れ出るだけです。玉は母親の体内を進み、やがて尻の穴から、ぽんっと勢いよく飛び出しました。赤黒い肉片が玉と共に飛び出して部屋中に飛び散ります。玉は母親の臓物を掻き出して尻の穴から出たのです。父親は這って逃げようとするのですが、腰が抜け身体に力が入りません。ぱくぱくとぱくぱくと鯉のように口を動かせるだけです。その口の中にもポンッと、血生臭い玉が飛び込みます。父親も母親同様声にならぬ声を漏らしますが、時すでに遅し。お小夜の玉が尻から飛び出る頃には二人の血肉が、部屋一面に、広がったので、ございました。


 その光景はさながら地獄絵図。

 恐れ慄いた使用人たちは誰ひとり宿に残りはしませんでした。


 さて。

 玉はどうなったのかと言いますと——


 ある朝、佐助が目を覚ましますと、祠に祀ってあるはずの玉が枕元にある。不思議に思った佐助は、どこか汚れたその玉を、丁寧に洗い、また祠に祀ります。ちょうどその時、旅の僧侶が祠の前を通りました。「もうし、お若いもの」と佐助に声をかけます。僧侶は四国にある寺の僧でした。


「この祠に祀ってあるモノは、とても力が強い。子々孫々、未来永劫大事にせねばならぬぞ。そうでなければ、必ず災いを引き起こす」


 佐助がどういうことかと尋ねると「知らぬ方が幸せじゃ」と言い残し、僧侶はその場を去ったとのことでした。


 知らぬ方が幸せじゃ。

 確かにそうかも、知れませんね。



 チリーン——

 チリーン——

 チリーン——

 チリーン——


 古典風怪談『お小夜の玉』のお話でございんした。長いお話にお付き合いくださいまして、皆様、ありがとうございんした。


 ちなみにこの祠でございますが、現在も、ふ


 

 

 

 

 


 



 

 


 

 



 

 




 

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