実話怪談『なにかがいた廃墟』

 朽ち果て方が半端ない廃墟というのは、それなりの理由があるようでして……。


 僕のやってる『怪談居酒屋ひびき』では、毎週金曜日の夜に、『怪談買取しナイト』というイベントをしておりまして。簡単に説明いたしますと、お客様がお持ちの実話怪談を聴きまして、「これは確かに怖い話だ」と、僕が思ったものを買取りさせていただくイベントなのですが——


 今からお噺するのは、割と最近買い取ったお話です。


 体験されたのは、三十代の男性で、仮に名前を中村さんといたしましょうか。


「俺ね、大学生の頃、ちょっと不思議な体験をしたんですよ」

「不思議な体験?」

「ええ。あれはちょっと、今でも思い出すと怖い体験なんですけどね……」


 当時、大学生だった中村さんは、ご友人達と心霊スポット巡りに嵌っていたそうです。


「女の子なんかも誘ったりして。ネットの掲示板に載ってる心霊スポットに行くのが、俺達の間ではやってて。吊り橋効果ってあるじゃないですか。怖い体験をする時に一緒にいると恋に落ちやすいみたいな。今思い出すと恥ずかしくなるような、黒歴史といえば黒歴史なんですけど。だから、女の子を誘って、あわよくば、的な。当時は、そういうノリだったんです……」


 その日も知り合いの女の子に声をかけて、男女合計四人で車に乗り込み、都内から少し離れた場所まで向かったそうです。


「高速に乗って、二時間くらい走った場所でした。廃墟系の掲示板に『朽ち果て方が半端ない豪邸』って紹介されてて。建物の中にも入れるみたいだったんで、今日は廃墟を見にいくぞって、俺達、結構興奮してたんです。掲示板に載ってた住所をナビに入れて、それで……」


 実際にたどり着いた場所は、高速を降りてから、山道をずっと進んだ先にあった。

 山奥の、その場所について、車を降りた時には、すでに、陽も傾いていた。


 薄暗い山の中。

 道がかろうじてわかるほど、辺りには草が生えていた。


「車を降りると、なんかその瞬間、いやぁな感じがしたんですよね……」


 掲示板に書かれた住所には、確かに廃墟化した豪邸があった。西洋風の大きな建物。一階の大きな窓ガラスが割れていて、そこから中に入れるようだった。


「ねぇ、やめとこ」って、一緒に行った女の子達が泣き出した。


「もうやめよ、もうやだよぉ、帰りたいよぉ」

「ここまできたんだし、ちょっとだけだって」

「やだやだぁ。怖い〜」

「大丈夫大丈夫。俺達ついてるし」


 一緒に行った女の子達と、そんなやりとりをするのも、心霊スポット巡りの醍醐味。そう思っていた中村さん達は、一旦は女の子達を車に残し、その割れたガラス窓から中に入って行こうとした。


 山奥の人気ひとけのない場所。

 ちろちろりん。ちろちろりん。

 虫の鳴き声が、聴こえる——


 結局、女の子達も車内に残るのは躊躇ためらわれ、一緒についてきたそうです。


「中に入るとすぐに、酷い匂いがしたんですよね……」と、中村さん。


「甲虫の飼育ケースの中みたいなというか、なんていうか……。それに、廃墟って、昔は誰か人が住んでたわけじゃないですか……。だから、なんとなく、誰かの匂いっていうか……。あと、動物が腐ったみたいな、そんな匂い」


 家も呼吸をしていますからね。

 古書なども定期的にページをめくり虫干しをいたします。

 それと同じように、家にも風通しが必要な訳でして——


 誰も住まず、閉鎖された空間は、空気の入れ替えがない。

 そうなると、湿気が抜けず、木材や壁土が腐り始め、下水道管なども錆びて穴などが開きはじめる。そうして出来た隙間から小動物が入り込み、室内で糞尿をすれば、それもまた、腐敗の原因となる。


 人が住まなくなった家は、そういった理由もあり、朽ちて、廃墟となる——


「廃墟には何度も行ったことがあったんですよ。撮影してTwitterとかにアップするとそれなりに反応があったりして。好きな人いるんですよね。そういう廃墟の写真。Twitterで知り合った人に、新たな情報聞くこともあったし」


 中村さんは、廃墟には、慣れていたと言う。

 だが、しかし——


「それまで行ったことのある、どの廃墟よりも腐り方が半端なかったんです……」


 建物の中には家具などが散乱し、足元にはガラス片や壊れた床材などが散乱していた。


「そういうのって、どの廃墟でもあることなんですけど。なんていうか、その建物ね、腐ってるんですよ。あちこちが」

「廃墟ですからね」

「廃墟……。ええ、それはそうなんですけれど……」


 中村さんはおかしなことを言い出した。


「建物は木とか金属とか、石? とか。そういうのでできてると思うんですよね」

「ええ、建材ですからね」

「ですよね。だからそういうのが腐ってるっていうのと、そこはちょっと、違ったんです」

「違った?」

「なんて説明したらいいのか、難しいんですけど。建物内部全体が、肉肉しいというか。とにかく、生っぽいんですよね。腐った肉、みたいな感じがして……」


 湿気を含んだ土壁が腐り、ぼろぼろ剥がれ落ちる。そこにカビが生え、さらに腐敗していく。中村さんが言うには、それとは少々違ったようで——


「壁に肉が張り付いて腐ったみたいな。そんな感じがしたんですよね。不思議なんですけど……」


 それでも中村さん。

 スマホで撮影をしながら、仲間達と、奥へ奥へと、進んだそうです。


「高速でやってきたわけだし。時間もお金もかけてるから、途中で帰るのは、なんかもったいない気がして。それで、先に進んだんですよね」


 辺りはすっかり日が暮れて、建物の内部は暗かった。

 スマホのライトを頼りにして、四人は建物のさらに奥へと進む。


「二階へ登る階段は、途中で落ちていて、登れなかったんですよね。だから一階部分だけをぐるっと廻ってみたんですけど。一番奥の部屋まで行った時、ちょっとおかしなものを見つけちゃって」

「おかしなもの?」

「ええ。祭壇、みたいな……。ううんと、祭壇というか、何ていうのかな、こう、神棚的な、なんかそういう感じの、昔ここに何か祀ってたのかな、みたいな」

「祀ってた? というと、祠かなにか、そんなイメージのものがあったと?」

「祠……、みたいな……。そう言われれば、そんな感じですね。でもおかしくないですか? 家の中に祠って」

「確かに。祠は普通外にあるものですよね」


 中村さん達は、その祠のようなものの、扉を、開けてみた——


「中には何も入ってなかったんですけどね……。その、開けた瞬間、中から何か飛び出してきたみたいな感じがして——」

「ネズミ、とか?」

「や、そういうんじゃなくて、視えない、何かって感じで。そしたら急に建物がガタガタと揺れ始めて、俺達、廃屋の中にいるし。やばい地震だ! 建物が壊れる! 急いで逃げろ! って、みんなで急いで建物の外に出たんですけど……。地震だと、地面が揺れるじゃないですか。でも、その時、地面は揺れていなくって。建物だけがガタガタガタガタ揺れてた感じで。で、これ絶対おかしいだろって、外に出てからもう一回、建物をみたんですけどね、」


 中村さんはそこで言葉を止める。

 しばらく沈黙したのち、中村さんは話し出した。


「建物の窓という窓に人影があって。一階だけじゃないですよ、階段が壊れていて登れなかった二階の窓にも、人影があって。こっちを見てるんです。でも、辺りは陽が暮れて真っ暗な山の中ですよ。おかしいですよね。ライトで照らしてないのに、こっちを見てる人影が見えるだなんて……」


 中村さんは話しながらガタガタガタガタ身体を震わせた。


「俺達、本当にやばいところにきちゃったんじゃないかって。これはまずいって思って。急いで車に乗り込んで、引き返しました。思いだすと、今でも身体が勝手に震えるんですよ」

「無事に戻ってこれて、本当に良かったですね……」


 ——と。

 中村さんの廃墟へ行ったその日のお話はそこまでなのですが——


 後日。

 スマホで撮影した動画を確認した中村さんとご友人。

 映っていたものを視て、震えがった。


「手とか足とか、そういうものがついていない、大きくて黒い動くモノがあちこちに映ってて……。腐った床や壁に張り付いて、ぐにょぐにょ動いてたんですよ。まるで蛭が血を吸いながら皮膚を這ってるようにみえました。それに、その黒い物体。一緒に行った友達の背中にも張り付いてて……。俺は撮影してたから、動画に俺の姿は映ってないんですけどね……、でも、きっと俺の背中にも——」


 中村さん。

 十年経った今でも、時々、その黒いモノが視えるそうです。


「視える気がするだけかもしれないんですけどね。でも、なんか……、やっぱり視えるんですよ。それに、たまに感じるんですよね。ぬるぬるしたナニかに身体を触られてるみたいな、そんな感じが。それも、あの建物に行ったくらいの、太陽が沈んで、暗くなったくらいの時間になると……。気のせいだと、思うんですけどね……、あはは……」

「その時撮った動画があれば、ぜひ、僕に買い取らせてください」

「それがですね……」


 中村さん。

 動画をスマホに保存していたら絶対にいけない、と思ったそうで。


「消してしまいました。怖くなっちゃって。すいません。もしかして、動画残ってたら、高く買ってくれたんですか?」

「ええ。それはもちろん。この話の十倍は出しましたね」

「それは、もったいないこと、しちゃったかな……、あはは……」


「あはは」と笑う中村さんでしたが、その目は笑っていませんでした。


「俺達その日の出来事が怖すぎて、それ以降、心霊スポット巡りはやめました」

「それは、賢い選択でしたね」


 実話怪談を蒐集し、こうして皆様にお噺している僕が云うのもなんなんですが。

 興味本位で心霊スポットに行くのは、やめておいた方が、身の為です。


 あ。


 持ち時間をオーバーしていまいました。

 皆様申し訳ありません。

 

 今回は、最近僕が買い取った、そんな廃墟のお話でございました。


 ご清聴、ありがとうございました。


 


 


 


 


 


 


 

 

 


 

 


 


 




 

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