45日目:「史たん」大地に立つ
『お疲れ様です。遠かったでしょう?』
玄関を抜け、階段を上った先、リビングに入って荷物を置いたボクに、「ばぁば」からねぎらいの言葉がかけられる。
『いえいえ。』
なんて、当たり障りのない会話をこなしつつ、さて、「史たん」は?と見てみれば、広いリビングの真ん中に敷かれた絨毯の上でパタパタとせわしなく手足を動かしている。
と、そこへ先ほどボクにねぎらいをかけてきた「ばぁば」が近づいていき、、、
『よくきたねぇ、「史たん」。少し大きくなったんじゃない?』
と、徐に抱き上げる。
まぁ、そこからは推して知るべし、抱っこに次ぐ抱っこのリレー攻勢が始まるわけだ。
南無「史たん」。
そんで、ボクはというと、久しぶりの長距離運転が思ったより堪えたのか、若干意識が朦朧気味だが、まぁ、そんなことは問題ではない。
何せ、「おかたん」が心の底から、リラックスし、「史たん」の面倒も見てもらえる夢のような空間に無事にたどり着くことができたのだから。
「史たん」も産まれてから3ヵ月もずっと暮らしてきた第二の我が家といっても過言ではない場所なのだから、さぞ安心して、と思って、荷物整理の手を休め、「史たん」の方を見やると、
『それでね、「おかたん」聞いてよ、、、』
そこには両手フリーの「ばぁば」。
「史たん」は?と思って、見回せば、ちゃっかり「おかたん」の腕の中へ。
『(あれ?もう終わり?)』
と思うのも、我が親族の手にかかっては、向こう数十分は戻ってくることはないというのがデフォルトだからである。
不思議に思い、少し話に耳を傾けてみれば、もう「史たん」とは何の関係もない「ばぁば」の仕事関係のあれやこれや。
『(うーん?何だろう?この釈然としない感じ?)』
などと、ボーっとする頭で思っていると、
『くしゃい』
と、「おかたん」の声が聞こえる。
どうやら、出たらしい。
そこからはバタバタとおむつ替えが始まり、下半身を真っ裸にされた「史たん」は我が家と同じくバケツでばしゃばしゃ。
絨毯の上に敷いた、おむつ替え用の敷物もお水もびちゃびちゃ。
慌てた「ばぁば」が、
『ちょ、ちょっと、いつもこんななの?』
と、タオルを持ちに走っていけば、「おかたん」は
『え?うん、そうだけど?』
と、小首をかしげている。
『(ばぁばも、「おかたん」と「史たん」をちょっと甘く見すぎよねぇ。)』
ボクは苦笑いを浮かべつつ、リビングの椅子に座ろうとし、
『(おや?)』
と思う。
戻ってきた「ばぁば」がタオル片手に、遠目に佇んでいるのだ。
『(まぁ、初見でこの惨状を何とかしろって言われてもねぇ)』
とまぁ、そんなこんなでボクも参戦し、結局家にいるのとそんなに変わらないくらい「史たん」の面倒を見ることになるボクだったのである。
まぁ、ご飯作らなくていいだけ楽なのかな?と楽観視していたのだが、対する「おかたん」は、「ばぁば」のお話を聞き、「ばぁば」のお仕事を振られ、なんかいつも以上に疲れていそう?
開始早々大丈夫か?と思うほど、目に見えて表情はげんなりしている。
意識朦朧なボクと、げんなり「おかたん」。
一泊二日の帰省旅行の初日はこうして、暮れていくのであった。
。。。
。。
。
であれば、どんなにかよかっただろう。
旅行ってさ、子供より親の方が疲れるよね?
そう、疲労もピークの我ら夫婦だったのだが、疲れていないやつが若干一名。
そう我らが「史たん」である。
それはおしめ替えの戦いの所為で、存在を忘れかけていたこの家の主こと「じぃじ」が、おもむろに奥の部屋から歩行器を出してきたことから始まった。
まだハイハイもろくにできないボンズに向かい、
『掃除してたら、「おかたん」が小さいときに使ったのが出てきたんだ。もうそろそろできる頃かと思って。』
と、かなり強引に勧めてくる「じぃじ」。
昭和の親父は育児のことなんてほとんど気にしないくせに(偏見です)、気は早い。
まぁ、こう出されたらのせるしかない。
誰がって?そらぁボクだろう。
その出してきた、という歩行器、作りは一昔前のもので、車輪のついた台に宙づりのおむつが付いた感じのようなもの。
試しにそこに「史たん」を乗っけてみるが、、、案の定、床に足がつかない。
たったそれだけのことだが、
『足短いな~』
と周囲を笑いに変える。
この子ある意味天才かもしれないっ!
という親ばか発言は置いておいて、試しに手を離してみる。
と、どういうものかもわかっていない「史たん」は条件反射的に手を離す。
すると、あっという間に頭が振り子の要領で下を向き、宙返りしそうになる。
まぁ、頭重たいからね。
だが、そこからが凄かった。
何度かトライするうちにどういうものか理解したのだろうか?ちゃんと歩行器に乗れるようになる「史たん」。
しかも届かないと思われた足もつま先立ちになることで、自らを推進できるようにまでなってしまう。
自由自在とまでは行かないものの、進めることが楽しいらしく、
『あぅ、ぎゃぁぁ』
という、謎の奇声をあげながら、ちょこちょこ進む。
そして力尽きて歩行器の手摺に頭をぶつけるを繰り返す。
見ている方は気が気ではなかったが、本人はすごく楽しいようで、乗せれば乗せただけ、続ける始末。
もう、「おとたん」限界だよ、「史たん」。
ただ、これが何やら凄い経験値になったようで、帰ってからほどなくして、つかまり立ちを習得するに至るのはまた別の話。
いや、たった数時間の経験で、立つことが理解できるなんて、実はこの子凄く要領がいい子なのでは?
そんな錯覚すら抱かせる「史たん」なのであった。
だが、少なくとも、この瞬間が「史たん」大地に立つ(?)!その瞬間であったのは間違いない話であろう。
因みに帰り際、例の如く
『歩行器持っていったらいいんじゃない?』
のお言葉を頂戴したが、丁重にお断りした。
正直、置く場所も歩かせるスペースもない我が家。
物を増やす前に、今のものを減らさなくてはならない。
そう、我が家のものの7割を占めるであろう、「おかたん」の私物をだ。
だから、ボクはその時、心の中で叫んだんだ。
『(物をくれる前に、あなたたちの娘を何とかしておくれ!)』
と。
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