30日目:家族ってさ、悪いもんじゃないと思うよ?
「史たん」と寝る夜は長い。いや、短い?
寝かせては、二時間後に起きての繰り返しだから、夜の体感時間は長く、実睡眠は短い。
正直、今日も今日とて寝た気はしない。
寝た気はしないが、「ボク」はミルクの準備とタイミングが合えばおむつの交換くらいしかやれることがない。結果、「おかたん」よりは余力がある訳で、、、
『 ご馳走様でした。よし、寝なさい!』
休日の日課は「史たん」とのお散歩、となる。
まぁ、その間、「おかたん」に朝寝をさせてあげるのが、主目的である。
「おかたん」を寝室に追いやって、いそいそと準備を始める「ボク」。
「史たん」は楽しそうに手足パタパタ遊びをしている。
朝ご飯を片して、ダボダボのジャンパーを羽織る。
そして、もぞもぞ動いている「史たん」をサルベージ。
ちょっと、びっくり顔の「史たん」であるが、最近は「ボク」に抱っこされるのも慣れてきたようで、お腹とお腹を合わせると、静かになされるがままとなる。
この状態で、羽織ったジャンバーのチャックを閉めると…じゃじゃーん、降臨!史たおとた~ん!!となる。
まぁ、「ボク」の首元から「史たん」の顔だけが覗いている状況になる訳だから、ほぼほぼ「ボク」単体と大差ないのだが。
まぁ、そんなでも、一番最初にやった時は「おかたん」に結構ウケたものだから、このモードの呼び方は以来ずっと「史たおとたん」である。
とまぁ、そんなことは置いて置いて、早速お散歩へGO!
玄関を開けて外に出る。
もうすぐ5月といっても、まだ早朝のこの時間は肌寒い。
そんな中を二人歩く。
『 お、見て見て、「史たん」、葉っぱだよ~緑だね~』
とか、
『 お空が青いよ、「史たん」。今日もいい天気だね~』
とか、一人喋りながら歩く「ボク」。
当然「史たん」の返答はない。
途中で、
『 っくしゅん』
と、鼻水まみれにされる以外は。
そんなでも、結構楽しく歩くこと十数分。
ルンルン気分で、人のお家の庭先の花を見せていると、、、
『 アラ、カワイイワネ、オサンポ?コンナカワイイノニコロソウトナンテオモウ?』
「ボク」の耳朶を雑音が通り過ぎた。
『 え?』
最初、あまりの予期していない言葉に、ただの雑音としか認識できなかった。
だから、聞き返したつもりはなかったのだが、声としては疑問形の返しとなってしまったようだった。
顔を上げると、お花の向こう、少し離れた窓から高齢らしい女性の顔が覗いている。
その口がご丁寧にもう一度開く。
『 だからね、そんなに可愛いのに殺そうと思うかしら?』
今度はなんとか言葉としては聞き取れた。
聞き取れはしたのだが、、、理解はできなかった。
こいつは何を言っているんだ?
いつ?
誰が?
この子を?
殺すって?
さっきまでの楽しい気分が一転、世界が急に暗くなったような気がした。
訳が分からん。
理解できないというのにリフレインし続けるその言葉が、毒の様に脳内で処理できずにぐるぐる回っている。
ぐるぐるぐるぐる回る度、視界が端からどんどんと暗くなってきている気さえする。
これがブラックアウトというものだろうか?
ついぞ経験したことのない気持ち悪さに、必死に「史たん」を強く抱く。
きっと、「史たん」は苦しかったのではなかろうか?
そう思うほどにこらえるのに必死で、でもこの小さな暖かさのお陰で、なんとか踏ん張りだけは効いて。
どうにかこの場から逃げ出すために立ち上がる。
だというのに、このば、、、おばあさんはさらに追い打ちの様に言葉を継ぐ。
『 だからね、可哀そうだから、殺さないであげてね?』
もう顔は見れなかった。
いや、見ていたのかもしれない。
でも、能面から絶えず呪詛がバラまかれているようにしか認識できなかった。
だから、そんな呪詛から「史たん」を必死に隠しながら、
『 そ、そうですね、気を付けます。』
とだけ、言い捨てて、慌ててその場を後にする「ボク」。
多分営業スマイルは出来ていたと思う。
けど、そんなことに気を回している余裕なんてなかった。
速足で、歩いて、歩いて、歩いて。
なんとか、我が家が見える場所まで逃げてきて、、、
『 へげっへげっ』
立ち止った瞬間に、胸の前でもぞもぞ動く天使の存在に、我に返った。
『 っっはぁぁぁぁぁ』
どうやら、呼吸もほとんど忘れていたらしい。
『 へげっへげっ』
見ると、ジャンバーの胸元からくりくりのお目目が覗く。
そして、頭だけでチャックを開けて、外に飛び出そうとでもするように、背中をそり、盛んに一人バックドロップをするような態勢をとる「史たん」。
まぁ、君如きの力じゃぁ、まだまだ脱走なんてできないのだけどね。
それを見て、感じて、ふと笑顔になれる「ボク」。
『 あー、怖かった。』
思わず声が漏れた。
『 怖かったね~「史たん」。ごめんね、折角のお散歩が台無しだ。』
そう「史たん」に話しかけ、心の安寧を図りつつ思う。
なんだろう?あれは?
急に話しかけてきたと思ったら、訳の分からないことをベラベラと。
…気持ち悪い。
そう、気持ち悪いのだ。
「ボク」はあまり人、というものに興味を持たない。
だからか、初対面で悪感情を抱くことはほとんどないのだが。。。あれはダメだ。
数言言葉を交わしただけで、こんなにも拒絶の気持ちになったのは、もしかしたら人生初めてではないだろうか?
というか、あれは人か?
もう「ボク」にはあれは人とは認識できそうにない。
人の形をしたナニカ。
モンスターである。
そこまで考えて、ふと思う。
確かに、世の中には自分の子供を平気で手にかける親もいるらしい、と昨今ニュースを賑わせているのは事実だ。
理由はそれぞれあるのかもしれない。
でも、痛い思いをして産んで、世話を焼き、数年とはいえ頑張って育てた子供、、、それでもだめになってしまうこともあるらしい。
子供は手がかかる。
そりゃあ、当たり前だ。
でも、そんな当たり前は、子供ができてみてからじゃないと、本当の意味では分からない。
「史たん」だって、手はかかる。
そりゃぁもう、びっくりするくらいに。
こんなちっこい体のどこにそんなパワーがあるのかと思うほどよく泣く。
寝れないし、もう通りになってくれないし、その所為でイライラしたりもする。
でもさ、体力があるはずの親がそうなのだから、ちびっ子はもっともっともっと、何かを伝えたくて、必死なんじゃないだろうか?
それを分かってあげられるのは世界で立った二人だけ。
まぁ、餌をやれない男親は戦力外になることも多々あるけど、それでもみんなで少しずつ前進することに喜びがあったり、楽しみがあると「ボク」は思う。
(ただ、戦力外を実感する度にしょぼんとすることもあるけど。)
でもさ、この繋がり、情ってものが少しでも芽生えてしまったらさ、この子の居ない生活なんて考えられなくなるんじゃないかしら?
と、家までの数十メートルを鬱々と考えながら、歩を進める。
さっきまで、
『 へげっへげっ』
と暴れていた「史たん」は、心なしか大人しく、気遣うように「ボク」を見ていた。
そんな、モンスターに声をかけられた日の話。
我が家に着くと、「おかたん」が起きていて、
『 おかえり~寒かったでしょ~?』
とお出迎えしてくれた。
不思議とこの声に少し救われた気がするんだから、惚れた弱みというやつなのかしら?
まぁ、寒くはないので、見当違いもいいところではあるのだけど。
だからか、少し元気が出て、
『 ・・・っていうことを言われたんだよ~春だしね~虫もわくけど、そういう変なのもあったかくなったから湧いてきたんだろうねぇ』
と、小粋なジョークを挟みつつ、モンスターに絡まれた話をする。
そんなやり取りだけなのに、「ボク」の心は平穏を取り戻すことができたのだった。
家族ってさ、悪いもんじゃないと思うよ?
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何とかかんとか週一投稿。
更新遅くてすみません。
こんなでも読んでいただけるだけで、力になります。
本当にありがとうございます。
忙しいのも徐々におさまってきましたので、またへげへげの頻度を上げつつ、新作の方も頑張っていきたいと思います。
今後とも、ご声援頂けるととてもうれしく思います。
~ほむひ~
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