20日目:合宿一日目!

 『 あとはよろしくね~』

 高らかにそう宣言し、意気揚々と家を後にする「ボク」。


 「おかたん」のお陰で公所にほど近い場所に居を構えることができたものの、逆に全体合宿となると集合場所に行きつくまでが遠くてしんどい。

 その上、ほぼほぼ中途入社にもかかわらず、採用は新人枠という謎なくくりの所為で、半年間自動車通勤が禁止されているため、縋る手段が公共交通機関しかない。しかないのだが、件の冒険の所為で若干トラウマ。その上、今日は遅れると置いていかれるという、マジもんの鬼畜仕様である。

 「おかたん」「史たん」に颯爽と手を振ってはいたが、内心は非常にびくびくであったのは言うまでもない。

 とまぁ、そんな出だしではあったが、経過はどうあれ、無事に送迎バスの出発場所までたどり着くことができたのであった。


 というか、ついこの前まで交通量の多い道路を、ドリフト狂い共にもめげずに、車通勤に勤しんでいた人間を新人扱いとして運転禁止にする意味がわからん。掛け合っても、

 『 原則、公共交通機関の使用となります。』

 の一点張りで、こちらの言い文なんて一顧だにしてはくれない。

 そも、そちらの推奨する公共交通機関なるものが発展途上なのかどうかしらんが、時間にルーズで、本数も少なく、発着所の数も壊滅的なのに問題があるから、より確実性の高い乗り物を使わせてくれって言ってんのにさ。あーあ、嫌になる。徒歩圏内にほぼ必ずと言っていい程駅があり、10分待てば大抵電車が来ていた関東での生活が懐かしい。推奨するなら、県として予算取ってあの水準まで整備するくらいのことしろよな、マジで。しかも、料金たけーし。

 と、ほぼ一番に着いた「ボク」はガランとした送迎バスの一席に腰を下ろして、声を出さずに愚痴っていた。

 当然、知り合いなぞ一人もいるわけもないから、イヤホンをしたまま目をつむる。そうこうしているうちに程なく、定刻となり、バスは出発したようだ。そのまま、うつらうつらしてしまい、、、気付いた時には目的地に到着していたのだった。


 さて、着いたここは当県でも屈指の広さを誇る人造湖のほとりにある温泉町。

源の何とかが発見したとされる由緒正しい温泉の湧くこの地は、古くから温泉町として有名、、、らしい。らしいというのは、正直知らないから。だって、「ボク」は確かにこの県出身で、居住歴もそれなりだけれども、この温泉町には一度として訪れたことがない。いや、正直に言うとスキーとキャンプ以外で観光地というものに泊りがけできた記憶がない。そんな訳で、降りたってすぐ、

 『 へ~こんな近場に温泉があったんだ~知らんかったなぁ。でも、今日の宿、ぼろぉっ』

 と、大分失礼な感想を思わず漏らしてしまう。まぁ、ただの新人研修に最新綺麗なホテル何て、望むべくもないのだが。

 さて、着いたはいいが、チェックイン自体はまだできない。ということで、早速会議室に移動させられ、午前の部のスタートと相成った。

 最初のオリエンテーションで知ったのだが・・・

 今日から一週間、4人部屋、だと?今日日なかなか聞いたことがない。

 予算の都合とか、公的機関の制約とかなんとかかんとか、わからんけど、分かるよ?でもさ、一週間も缶詰なんだから、もうちょっといい環境にしてもらえないものなのだろうか?こちとら30過ぎたおじさんだぞ?もう、これだけでテンションダダ下がりである。

 その上、丸3日間はひたすらの座学だと。あーもう、腰痛で座っているだけで、拷問レベルの「ボク」にとっては、これはもう研修などではなく、ただただ精神の修行と言わざるを得ないものなのだと、この時覚悟したのだった。


 そしてスタートした研修。腰痛のお陰もあってか、まぁ、居眠りはほぼしない、や、出来なかった。何せ、座った体制で突っ伏す方向に頭が倒れようものなら、腰に激痛が走るのだから(まぁ、頬杖の体勢で、何回か意識が消えたことは認めざるを得ないが)。

 だが、まぁ、それでも大過なく一日目の講義は無事に終了した。

 座学だしね?

 そして、みんなが部屋に引き上げる直前に、幹事に抜擢された子から

 『 夕食後は懇親会も企画しておりますので、皆さん奮ってご参加くださいね。』

 のアナウンス。

 え~嫌だ。正直言って、嫌で仕方がない。何を隠そう「ボク」はかなりの人見知りである。仕事と割り切れば、まぁなんとかできなくもないが、自分から人に声を掛けるなんてできるはずもない。ジョークの利いた小話?共通の話題探し?雰囲気を盛り上げる合いの手?無理無理。

 だが、こんな社会不適合者の「ボク」ではあるが、それ以上に真面目、なのである。だから思ってしまった、

 『 初回くらいは参加しないとダメ、だよね?』

 と。


 時は流れて、懇親会会場。

 「ボク」は当然の如く出席していた。

 そして、早々と後悔していた。

 それはそうだろう?だって、開始時刻に行ったらもうなんかなし崩し的に始まっていて、すでに顔見知りらしきグループで固まっている。それからはぐれた「ボク」と同じ匂いを感じる人もいるにはいるが、そういう人には逆にもっと話しかけづらい。それらのハードルを飛び越えて話しかけたとして、話題が一通り終わった瞬間の、あのなんとも言えない居場所のない雰囲気を思うだけで、、、つらい。もう嘔吐してしまうほどのトラウマレベルに。

 そういう訳で、誰に媚びうるわけでもなく、壁の華、いや華はないから、もうただの壁の出っ張りとして、開始から数十分たった現在も会場の片隅でちびちびやっている「ボク」である。思うのは

 『 早く終わんないかな~』

 の一念のみ。消化試合にしたって、もう少し成果というものがあるだろう。もう、ただ居ろと言われる飲み会ほど、嫌で嫌で仕方がないものはない。ニュース読むのも、ゲームしているのも違うしな~なんて思っていると、不意に着信を告げるバイブが!

 これ幸いにと、誰にとがめられるわけでもないのに、コッソリと逃げるように会場を後にした「ボク」だった。


 で、案の定

 『 今、電話大丈夫だった?』

 と、受話器の向こうは「おかたん」の声。

 なんというか、救いの女神ではあるんだが、こう、一抹の残念な感が拭えないのは何故だろうか?そんなことを考えつつ、軽く相槌を打つと、

 『 今ね、ご飯を食べて、お風呂に入って「史たん」を寝かしつけたところなんだ!まだ、「史たん」ご飯には時間があるから今ならって思ったんだけど・・大丈夫?』

 と聞いてくる。

 前述の通り、地獄からは脱出できたので、まぁ、何の問題もない。寧ろ、このまま部屋に帰ってお風呂入って寝ようかな?くらいの気分である。

 『 大丈夫だよ~こちらは飲み会だから。』

 と問題ない旨を伝えたつもりだったのだが、「おかたん」が急に焦り始める。

 『 え?それじゃぁ、早く切り上げた方がいい?』

 などと、頓珍漢な回答をしてくるものだから、少しあきれてしまう。

 いつも思うが、「おかたん」は気を使うポイントがずれている。いい加減「ボク」のそういうところにも気付いてほしいものであるが、まぁいつものこと過ぎて、訂正するの正直面倒くさいので

 『 別に~』

 とだけ答えておく。

 『 そ、そう?なら、良かった。でも、手短にね!まずは無事に「じじちゃん」家につきました!「史たん」も「おかたん」も元気です!それでね、明日は例のあいさつ回りをするらしいんだ~うまくできるかなぁ?』

 と早口にまくし立てる。それに対して、極力のんびりと分かるように、

 『 あ~そうね、大丈夫だよ、「史たん」さえ見せて、抱っこさせれば全て丸く収まるから。君は「史たん」のご機嫌だけ取っておけば何の問題もないと思うよ?』

 と答える。

 『 そうかなぁ?「おかたん」初めての人苦手なんだよねぇ。厳密には結婚式に来てくれていた人たちだから、初めてではないんだけど。。。』

 『 大丈夫よ、基本じじばばは自分の話がしたくて仕方ないだけだから、聞き役に徹して、要所要所で「史たん」を水戸黄門の印籠よろしく出しておけば。こっちは印籠がないからもう大変。懇親会に遅れて(?)いったら、もうグループが出来あがっちゃってて、「ボク」のメンタルじゃぁそこには入っていけず、、、結論、もう帰りたいです。』

 と、正直な心境を吐露したりしてみる。結局なんだかんだで、談笑すること20分くらいだろうか?電話口が少し騒がしくなってくる。ろうやら「史たん」のお目覚めが近いようだ。

 『 あ~そろそろ起きそうかな~ミルクの準備しとかないと~』

 と「おかたん」。

 『 そっかぁ、んじゃ、「史たん」をよろしく頼んだよ~どうせ戻っても「おとたん」のことなんざ覚えてやしないだろうけどね。』

 当然、この時期の乳児が母親以外を知覚できるはずはない。ないのだが、覚えていて、再会したら笑顔で抱っこをねだって欲しいのが父心。いくら毎晩子守唄を歌ってあげて、眠るまでとんとんしてあげていたとしたって、幼子にはそんなことが分かる訳がない。そんなことはわかりきっている、そう、分かり切っているともさ。でも、不貞腐れる振りくらいはさせて欲しい。だが、それを聞いた「おかたん」は

 『 そんなことないよ~「史たん」はちゃんとわかってます!』

 と、何故か真面目に返してくる。

 いや、それはないからね?

 そんな訳で、

 『 はいはい、そうだといいね~それじゃぁ、またね。「史たん」をよろしく~こちらは癒してくれる人がいない分、これから温泉で癒されてくるもんね~』

 といって、部屋に向かう階段を上り始める。懇親会?戻らんよ?そんなとこ。

 『 も~そういう事ばっかり言って~おやすみ!』

 そういって、「おかたん」からの電話は切れた。

 『 さぁて、お風呂にでも入りますか。』

 そう気合を入れなおして「ボク」は温泉に向かうのだった。


 因みに、この後は特に何にもなく合宿一日目の夜は過ぎていった。途中抜けもとがめられることもなく(というか、「ボク」が出席していたことを認識していた人が何人いただろうか?)無事就寝となった。幸い同室には恵まれたようで、11時前には皆静かに床に就いていた。悪乗りをする人も、いない、ようだった。

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