10日目:どこもかしこもシックハック症候群

 2月末日。

 「ボク」はやっとのことで仕事を辞めた。

 そして残すは引っ越し作業だけ!となったのだが、そこからがまた遅々としてすすまなかった。なぜなら・・・


 まず第一に「おかたん」の物が多い!

 プリントやら雑誌やら、よくわからない道具やら、出るわ、出るわ、押入れやら、未開封の段ボールやらカラーボックスの奥からやら。一度開けた押入れや段ボールを何度(見なかったことにするために)閉めたことかわからない。もう1年以上使っていないものは処分してもばれないのではないだろうか?そう思い、ここ数日間で何度正義の制裁を下そうとしたことか?だが、その度に魔王こと「おかたん」の反撃あり、あまりのめんどくささから制裁は断行できないままとなっている。そも、実際開けてすらいないのだから、なくなっていたってわかるはずはないのだが、何かの拍子に気が付いた時が面倒くさいので、どうしても許せない物だけを処分するということで平静を保つようにしている。

 ってか、試供品で配られた保湿液だとか、化粧品の類、いつのものかもわからない救急用品の類など、どう考えても要らないでしょ?ねぇ?


 そして、第二に腰痛が痛い!いやもう、痛いってか、動くことすらままならん。このかつてないほど悪化した腰痛のせいで日常生活すら危うい状況となっている。

インフルエンザに罹患してから半月、病魔は去ったが、何故か今や歩くことすら満足にできない体になってしまっている。

 もう、立つも地獄、座るも地獄、なんなら寝転んでいてすら地獄という極悪ぶり。座ったら、激痛に耐えて腰のストレッチをしないと歩くことすらままならないので、基本立ち。腰さえ曲げなければある程度活動できるのだが、引越し作業の性質上そうは問屋が卸さない。立ったり、しゃがんだりの繰り返し作業の度、ストレッチを要するのだから、どのくらい進まないのかはご想像いただけるだろう。

色々試した結果、中腰で移動するのが一番楽、ということに気が付いてからは、必要最小限の痛みで効率的に活動できるようにはなってきた(といっても、背筋を伸ばし、20°位腰を曲げた状態で移動しているため、はたから見るたらただのお爺さんにしか見えない。普段は一人だから気にもしていない姿だが、一日だけ手伝いに来てくれた「ボク」の実父母からは大いに心配されることとなった。)。そんな経緯を経た最適行動として、引っ越し用の段ボールを一つ作っては中腰移動、限界になったら広い場所まで這って行き、ストレッチをし、回復してから段ボールを積み上げるというルーチンを見出したのだが、これがまぁ進まない。肉体的な疲労以上に、精神的な疲労が大きい。痛みに耐えなくてはならないストレスももちろんなのだが、満足に動けない自分と、その諸悪の根源である腰に対する怒りでもう本当にどうしようもなく腐っていた。

 結果、大して進みもしていないのに、やり切ったつもりになって、ゲームに走るという悪循環。そりゃぁ、進むわけもない。その上、引っ越しの日にちだけはじりじりと迫ってくるのだから余計精神的には宜しくない。今思えば、完全に負のスパイラルにはまり込んでいたわけなのだが、腰痛の所為の寝不足も相まって、冷静な自己分析なぞ当時はできようはずもなかったのである。


 そんなこんなで、「ボク」が「おかたん」の幻影(というなの、不良債権と)と自分の体とに四苦八苦している間、「おかたん」もかなり四苦八苦していたようである。

 というのも、、、


 ある日のお昼過ぎ、今日も唐突に携帯が鳴り響く。

 『 今、大丈夫?』

 もう言わなくてもお判りいただけるだろう、「おかたん」である。

 どうやらまたお買い物に来ているらしい。やめてくれ、もう本当にものを増やすのはやめてくれ!という「ボク」の心の声は果たして届いていないのだろうか?

ただ現状、何故か「おかたん」は、「史たん」と二人で車にいて、休んでいるとのことで、みんなが戻ってくるまでは自由時間になるので電話をしてみたそう。

というか、どれだけお買い物好きな家族なの?ほんとつい先日もこんなんあったよね?というか、もう、本当に、本気で(本気と書いてマジと読む方の!・・・って、古いかな?)お願いだからやめてくれ!これ以上物が増えられたら、発狂するぞ?

 などとダウナーな思考にはまり込んでいると、その沈黙を良しととったのか「おかたん」が話し始める。

 『 それでね、「史たん」のご本を買いにきてるんだ。まだ早いとは思うんだけど、あって困らないからって。でも、うちはあまりにも眠すぎて、「史たん」のご飯に託けて戻ってきたんだ。「史たん」はきっちり2時間の男で、夜も朝も規則正しく『ふぇふぇ』するから大変なの。最近はまぁまぁ飲んでくれるようにはなったんだけど、ミルクはぐびぐび飲むくせに、おっぱいはなかなかなんだよね~』

 との、愚痴なのか近況報告なのかわからない「史たん」小話が始まる。それでも、眠いと言いながら話し続ける「おかたん」である。ただ、大変そうな印象を受けつつも、なんだか少し楽しそうな雰囲気は隠しきれていない。

 『 あとね、昨日「史たん」にセミされたの(セミ:仰向けでおむつ替えをするときに、おしっこをかけられる現象をどうやらそう名付けたらしい)。びっくりしちゃった。ピヨーって、結構な距離を飛んで、慌てておむつで隠したんだけど遅かったの。「おかたん」の肩を超えて飛んでったんだけど、方向が少しずれたたら危なかったんだよ。』

 『 へーそうなのね、「史たん」も徐々に進化してるんだね~凄いね!まぁ、でも「ボク」には関係ないけどね~』

 と、また少し意地悪に返してみる。すると

 『 そぉいうこというんだったら、「史たん」のうんちおむつ投げつけるからな~最近なんか臭くなってきてるんだからね!』

 と「おかたん」。マジでやめてくれ。もう散らかさないでくれ。すでに致死量を大きく超えているんだ、マジで。

 このあとも、「史たん」小話は延々続く。3日程度音沙汰なかっただけだったのに、その間で「史たん」の新しい面がどんどんと見えてきているようだ。楽しそうで何より。だが、こちらも君の謎の荷物がどんどんと見えてきてもう吐きそうなんだ。とは言わない「ボク」。誰かほめてほしい。

 そんなこんなで、とりとめのない「史たん」小話に相槌を打っていると。

 『 あ、帰ってきたからそろそろ切るね。またね』

 と、唐突に切られる電話。

 思えば、「ボク」が「史たん」と一緒に過ごしたのは、もう一月も前になる。当然あの子は日々、成長しているわけで、、、と消えた通話画面を眺めながら考えていると、なぜだか無性に泣きたくなる。

 距離とはやはり育児にとって重要なファクターなようで、「おかたん」の話を聞いていても、「ボク」にはそれが何か人ごとのようにしか感じられない(さっきの返しは、冗談でも意地悪でもなく、実は結構本心だったりするのである)。未だに父親の気持ちがわからない「ボク」は果たして、この先「おとたん」としてやっていけるのだろうか?もしかしたら、次に会ったときは「ボク」自身が「史たん」に人見知りして、満足に抱っこもできないんではないか?

 そんなことまで考えて、少しぞっとしたのは「ボク」の心の内だけの秘密である。

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