11日目:Theお役所仕事

 いよいよ、引っ越しが差し迫ってきた3月初旬のある日。「ボク」の次の職場から突然、所属が本決まりになったとの連絡が来た。

 どうやら「ボク」の新しい職業は、下水道関係らしい。

 ん?知ってて就職したのじゃないのかって?ノンノン!そんなことはないのである。何故ならそう、「ボク」の新しい職業は公務員様。その中でも理系総合職という何ともふわっとした職だからである。だから、最終面接のときに「ボク」が

 『 主に何をやる仕事につくのか?』

 と聞いた時も、

 『 発電とか、下水とか、学校関係とか色々。まぁ、所謂、3Kと言われるような場所もあるが大丈夫か?』

 と言われた。

 その時はよく分からなかったが、黒よりのグレー企業から抜け出せるなら、、、の一心で、

 『 問題ないです。』

 と答えたものだ。

 結果、どうやらその3K(きつい、汚い、危険)に該当する部署のようだが、、、今一ピンとこない。

 そもそも、下水道ってなんだっけ?マンホールに入っていくと、秘密の大迷宮とか?お城の抜け道が通じていて、鼠がいっぱい!とかのイメージしかわかない。あと、臭そう。

 そんな貧相なイメージしか沸かないものではあるが、結局はプラント系なのだから、間違いなく、このグレー企業で得た6年間の知識は使えないんだろう。それだけは確定しているな。と、「ボク」が相手方の冒頭の挨拶から残念な夢想に耽っていると、

 『 では、時間もありませんし、今後の説明に入らせて頂きます。まずは当事務所の場所はご存じでしょうか?・・・』

 と、連絡をくれたどうやら事務らしき方から、今後についての説明が始まった。

 なんやかんやで要約すると、

・3月は職場に来ても来なくてもいいが見たいならいつでもどうぞ

・4月初日は直接所属に来るのではなく辞令交付式に参列した後、自力で来なさい

 ということらしい。

 そして、最後に住居だが、これが問題だった。

 なんでも、公舎かそれ以外かは選択していいらしいが、当然のことながら公舎の方がお値段は安めになるとのこと。それはそうだろう。だから、当然「ボク」としても公舎を希望するわけで、

 『 でしたら、公舎の一覧を今日中に送りますので、明後日までにどこにするか決めて連絡してください。』

 と来たもんだ。

 え?明後日?ちょっと急すぎて何を言っているのかわからない。わからないけど、とりあえず、

 『 えっと、まずはリストを拝見してからでよろしいですか?』

 といって電話を切った。

 リストが来るまでにはまだ時間があるだろうから、その間にまずは「おかたん」に連絡することにする。

 『 所属決まったよ~』

 とだけメールすると、5分とたたずに速攻で電話が来る。が、まぁ、知らない人と話して疲れていたので、まずは無視を決め込む。ひどい奴だな、「ボク」って。

 そして、暫くすると住居のリストなるものがメールで届いたので眺めてみる。眺めてみるのだが、、、おかしいな?所属から近いところが見つからない?確かに安いことは安いのだが、これではどこに住んでも車で30分以上かかってしまう。しかも、建てられてから30年以上の物件がメインで、新しく街中に近いほど高額。というか、今の家賃より高い?まぁ、車通勤自体は慣れているからいいのだが、、、とリストを一読したところで、とうとう「ボク」のか細い思考の糸が切れる。

 『 あーもういいや、よぅわからん。』

 という訳で、貰ったリストをそのまま「おかたん」にメールで放っておいて、「ボク」は心のオアシスへと足を踏み入れることにする。曰く、

 『 ズダダダ、パン、パン。ドガン』

 と。

 そんなこんなで、小一時間。大分思考の回路も修復されてきた頃、「おかたん」から電話が入る。うーん、この娘は本当にタイミング悪い時は悪いんだが、いい時は監視カメラでもついてるのかってくらいタイミングを呼んでくる。仕方ないので、今度は無視をせず、電話に出ることにする。

 『 もすもす?』

 『 あのさ~リストを見たんだけどさ、こことここがいいと思うんだよね、病院も近くにあるし。「史たん」いても安心かなーって。』

 開口一番、新居の話を始める「おかたん」。「ボク」の渾身の方言ボケは無視らしい。

 そして、なにやらテンションが少し高め?こちとら、その前の引っ越しが面倒くさすぎて、グロッキーだというのに。だから、「おかたん」の怒涛の住居批評に、

 『 あーなるほどねぇ。』

 と、気のない返事だけ返しておく。

 というか、そもそも次の住居が決まらなくては引っ越し業者を手配できない。既に3月の上旬で、3月中旬を過ぎると、引っ越し費用だけで数万円も上がってしまうというびっくり見積をもらったばかりなのだ。新生活に向け、資金は出来るだけ確保しておきたいという思いもあり、引っ越し時期をどうしたものか?と思案に暮れている現在。

 そもそも、ギリギリまで職場に拘束されてはたまらないと、退職時期も3月中旬にしたものだから(この判断は、後の手続きの際に「半月無職」という肩書から、色々と面倒事が出てきてしまい、結果、退職にあたっての最大のミステイクだったと言わざるを得ないのだが、現状の「ボク」にはそんなことは予想すらできていなかった。というか、総務のやつもそこらへんなんかアドバイスできなかったものかね?辞めていく人間がどうなろうが知ったこっちゃないって気持ちはわからんでもないが、そういう少しの配慮ができないことの積み重ねが、ダメ総務といわれる所以になるんだよ!この、ブラック企業が!)、この部屋にも3月中旬までしかいられない。

そんな訳で、いろんな意味で期限が差し迫っている状況にありつつも、作業は一向に進まない。そりゃ、精神的に追い立てられている気持ちばかりが先行して、グロッキーにもなろうというものだ。

 そして、そんな「ボク」の心中を知ってか知らずか、

 『 「おかたん」考えたんだけど・・・』

 と話は続いていく。

 『 こっちはお買い物が遠いよね?』

 とか、

 『 やっぱり街中の方が何かと便利そうだよね?』

 とか、

 『 ここって雪はどうなんだろう?』

 とかとかとかとか。

 そして小一時間、延々と思いを、聞かされ、仕方がないから一緒に考えた末に、なんとか候補を3つに絞ることができた。まずは街中に一番近いところを第一志望、そして立地メインで第三志望まで。

気が付けば、もうそろそろ夕ご飯という頃。無料のテレビ電話ができるこのご時世って本当に素晴らしい、何せ無料やもん!と心から思えるくらいには電話していただろうか?

 『 あ、「史たん」起きちゃった。ほらほら、「おとたん」だよ~見える??』

と、寝起きの「史たん」をスマホの前に掲げる「おかたん」。その問いかけは、どっちに対してしたものだろうかと考えながらも、きっと「ボク」にだよな?と思いなおし、

 『 見えてるよ~』

 と答えてみる。

 「史たん」的には仮に目が見えていても、間違いなく誰?こいつ?だろうし、そもそも生後2か月では見えているのかも怪しい。それに、0歳児に画面の先に人間がいることを理解することなんてできないだろう。

 それでも、頑張ってスマホの前に「史たん」を掲げ続ける「おかたん」。これは「ボク」に「史たん」を見せてくれようとしているんだろうなぁと、温かい気持ちになる。

 「史たん」はというと、見る度にふっくらしてきているような気はする。それに黄色かった肌も、少しずつ肌色成分が強くなってきているようにも見える。まぁ、子ザルの見た目が変わったわけではないのだが。だから、

 『 相変わらず、子ザルだね~「おとたん」だよ~わかるかな?わからないよね~さぁさ、「おかたん」、起きたら、おむつとご飯でしょ!「史たん」が待ってるんだから、いつまでも僕と遊んでないの!』

 と「おかたん」に発破をかける。「おたかん」も渋々といった面持ちで

 『 もう、わかったよ~ほら、「史たん」もバイバイだよ~』

 と途中から泣き始め、今では結構な勢いで泣きじゃくる「史たん」に画面を見せている。

 いやいや、今、バイバイできたら天才だわな!そう思いながら、

 『 はいはい、バイバイ、ちゃんとご飯貰うんだぞ~』

 といって、電話を切る。

 いや~泣かなければ可愛いようにも見えるんだがなぁ、などと独り言ちつつこの日は更けていくのだった。


 そして日は変わって、翌日。

 二人で選んだ公舎を先方に伝えてみた。

 まぁ、第三希望くらいには滑り込めればいいなぁなどと、淡い期待を持ちつつだったのだが、ここでまさかのサプライズ。

 なんと、街中は管理職専用だと?じゃぁ、リストに入れとくんじゃねぇよ!結局、「おかたん」と話し合った候補は箸にも棒にもかからずじまい。その上、基本公舎は車を一台しか置けないだと?

 もうこの時点で「ボク」はげんなりである。

 というか、車社会の田舎で、自家用車を一台しか置けない公舎ってどうなのよ?しかも「ボク」の田舎への転職を機に、今年「おかたん」も車を購入した(「おかたん」は交通の便が悪くなることを想定し、初のマイカーを今年購入していたのだ。しかも既に先行してご実家に納車済みという手回しの良さ)のである。それが置けない、だと?まだ自分で運転してもいないのに、「おかたん」カーがまさかのご実家専用カーになる危機である。

 とまぁ、ここまではいい、ここまでは。んなとかうまく回しつつ、どこかに駐車場を探せばいいのだから。

 だが、それ以上に致命的な情報が齎される。

 『 それと、入居時期は3月の最終週になります。』

 は?一瞬何を言われているのかわからず、思考が止まる「ボク」。

 『 前任の移動日程が決まらないと、部屋自体が決まらないので、現状何とも言えませんが、決定の通知は概ね半月後となります。希望にもよりますが、三月の最終週の土日の引越しとなると思います。』

 えーと、これはもう関東からの移住者は公舎に住むな、という決まりなんだと思うしかないわな。もうこれは無理だよね?

 もう、ここからは愚痴でしかない。そも、引越し補助も出さないくせに、引越し最盛期に日程を指定してくるって何なの?というか、希望は数日以内という鬼のような日程のくせに、結果は半月後って、どういうこと?住む場所はところてん方式で3月最終日の決め打ちだけど、出社は4月1日からって物理的に可能だと思ってんの?こちとら単身者じゃないんだぜ?

 ああ、もう、これがTheお役所仕事というやつなんだな。よぉく分かったよ。こんなんで地方に労働世代を引き戻すには?みたいなことを採用試験で聞いて来ているんだからお笑い草だ。戻ってきてもらうにはどうすればいい?って聞いておきながら、いざ戻る人にはとことん優しくないって、どんなデレツン?

 と、いう訳で、結局引越し直前での新居探しが急遽必要になった訳だが・・・もう、「ボク」には頑張る気力がなくなってしまっていた。疲れた、本当に疲れた。

みたいなことを「おかたん」に愚痴ったら、そこからまさかの大活躍!あっという間に新居を見つけ、契約まで漕ぎつけてくれたのであった。

 結果として職場まで徒歩圏内という、良物件(?)に新居も決まり、あとは引越しを残すだけ。この時ほど「おかたん」大明神に感謝したことはなかった。そして、お役所がディスられる意味を理解することも。

 はあぁ、4月から「ボク」もそんな組織の一員になると思うと気が重いぜ。

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