9日目:LORD OF THE FUMITAN ~史の帰還~

 前回「ボク」に猛威(?)を揮ったインフルエンザは其の後、一週間近く「ボク」を苛み続けたのだったが、ようやっとその猛威(主に腰痛の悪化)から立ち直りかけていた2月の某日。ついに、いや、ようやっとその時は訪れようとしていたのであった。

 『 明日お迎えに行ってきます!』

 と、少し元気な「おかたん」の声がスマホから響いてきたのは、ようやっと病休も解除されようかというとある夜。スマホのゲー、、、もとい高尚な遊戯を中断させられ、ちょっと不機嫌な「ボク」ではあったが、まぁ、それはそれ。もちろん、不機嫌だ、などという心境はお首にも出さずに受け答える。

 『 へー、よかったじゃん。これで安眠できるのも今日までになったね。』

 実はそう、この時点でもまだ「おかたん」と「史たん」は遠距離育児の間柄のままなのであった。「史たん」が生まれてから一週間以上、本当に大丈夫なのかと疑いたくなるきかんである。

 それというのも、前にも書いた通り、「史たん」はちびっこだったのである。それはもうちびっこで体重が2500gを超えるまでは、保育器から出してもらえないくらいには、ちびっこだった。そういう病院の決まりと言われれば、どうしようもない。結局、黄疸引いても、体温がそれなりに安定しなくては出所を許してもらえなかったのである。

 そんな「史たん」だったが、この日(「おかたん」の退院から遅れること一週間)ようやっと出所の許可が下りたそうなのである。「おかたん」が血のにじむような努力(搾乳機で母乳をストックしては毎朝病院に届け、届ける時間が遅いと怒られ、授乳時間がずれた所為で病院に長時間拘束され、早くしようとしても「じぃじ」「ばぁば」はなかなか思うようには動いてくれず、そしてその愚痴はすべて「ボク」にぶつけられ、、、あれ?一番の被害者は、まさか「ボク」か?)が報われた日なのであった。

 「おかたん」はたぶん、期待半分、不安半分くらいなのだろう、いつもより少しテンションが高い。そんな「おかたん」のお話に耳を傾けながら、いい感じのところで冷や水を浴びせてみることにする(そう、「ボク」は性格が悪いのだ。うっしっし)。そんなこととはつゆ知らず、「おかたん」は話し続ける

 『 「史たん」のね、ベッドメイクをしたの、寒くないようにデロンギヒータをつけてもらって、おむつやおしりふき、肌着もちゃんと準備したんだよ!多分完璧だと思うんだ!(むふぅ!鼻息が荒い。)けど、あと何かたりないのあるかなぁ?どうかなぁ』

 などと、話しかけられているのか自問しているのかわからない語り口調である。そんな、「おかたん」のブレスの位置で、この小悪魔、もとい小坊主は口をはさむ、

 『 ま、最初は免疫高いらしいから、多少なんかあってもだいじょぶなんじゃない?』

 とか。また「おかたん」が

 『 あとね、母乳も結構出るようになってきて、昨日なんか80mlも届けたんだから!(むふぅ!鼻息が荒い。)でも直接だとなかなか「史たん」上手に吸ってくれなくて一緒に暮らし始めたらどうなのかなぁ?哺乳瓶なら結構飲んでくれるんだよねぇ。一応ミルクの準備もしているんだけど、母乳を飲んでくれないと困るよねぇ。』

 と言ったタイミングでは、

 『 ま、安眠も今日までってことなんだからちゃんと寝るのよ?睡眠不足になると母乳も出なくなるらしいからね』

等。やる気と自信をそぐ、どうにも意地悪な言い回しである。でもさ、高尚な遊戯の時間を邪魔されたのだから、少しくらいの腹いせは許してもらえないものなのかしら?なぁんて、内心ほくそえみつつ、自分の性格の悪さに辟易していたりもしたが、そんな「ボク」の内面なぞ「おかたん」はしらず、結局高めのテンションも相まってか「ボク」の皮肉には気がついていなかったようではあるが。

そんなこんなで、明日の準備状況や日程を報告され、その他雑談をすること1時間。出産後はなかなか長時間電話はできなかった(お腹の痛みがあったり、疲れ易かったりとやはり人を一人生むというのは大変な力を使うものなんだろうね)のだが、この日はかなり饒舌にお話をしていた「おかたん」。晩御飯のお呼びがかかるまで、お話が途切れることはなかった。


 そして、次の日。こちらも病休が明け、仕事に行っていたこともあり、なかなか気に掛けることができていなかったが、お昼前に写真付きのL〇NEがきた。

 『 無事に退院できました。』

 だそう。これはきっと、今晩は長い電話になるんだろうな~その時から覚悟を決めつつ、

 『 よかったね~。お疲れ様。』

 と流石にここは無難に返す。スマホになってからというもの、フリック入力がいまいちしっくりこず、短時間ではそっけない文章しか打てない「ボク」。心の中で誰か、ボタンか、キーボードをオクレ!と思いつつも、それなりに時間をかけて、

 『 おうちにつくまでが遠足なんだから、「史たん」のことをしっかり持って帰るんだよ!まずは一つ目の大仕事だよ!』

 と、愛のある長文を送ってみる。それについては、すぐに

 『 は~い』

 の返事と思われるスタンプがくる。くそぅ、あいつ使いこなしていやがる。そんなやり取りを経て、今日は早く帰ろうと心に誓う「ボク」なのであった。

そして、首尾よく、定時に逃げ出し、お家にたどり着くと、少ししてから電話がかかってきた。予想通り「おかたん」である。

 『 今、大丈夫?』

 の声を皮切りに、画面がLINEのテレビ電話へと切り替わる。するとそこは見慣れ…てはいないが、何度か見たことのある「おかたん」の実家のリビングルームが映し出された。そして、

 『 見えるかな?』

 の声とともに画面の動いたその先にいたものとは、、、子供服だった。いや、よく見ると、赤みのさした人間の顔のようなものが洋服の真ん中に埋もれて見える、そう皆様もお気づきのこととは思うが、何を隠そう「史たん」である。

 眠っているのか、目を閉じて動かないその様はまさに子ザル。心なしか病院で見た時より、人間の顔に近づいているような気がしなくもなくもない。そして、決定的に違うのは肌の色が肌色に近くなっていること。生まれたばかりの時はどちらかというと赤黒かったが、今は赤い肌色くらいになっている。よく見るとかわいい?もうちょっとアップで、、、などと思っていると、

 『 見えた?かわいいでしょ?』

 と一言。これにはさすがに

 『 かわいいね』

 といえるかと聞かれればいえるわけもなく、

 『 な、なんかさ、子ザルだよね、子ザル。』

 と一言。そう「ボク」は基本天邪鬼なのである。

 『 もう、可愛いでしょ!帰ってきてから母乳あげたんだけど、あんまり飲んでくれなくて、結局ミルクをあげちゃった。そしたら、満腹になったみたいで、やっと寝てくれたの。でも母乳あげ始めてからはもう二時間たつから、そろそろ起きるかもしれない。』

 そういう「おかたん」の顔は昨日よりも疲れているように見える。そんな天邪鬼だが労りの心は持っているわけで、

 『 君も「史たん」も新しい生活になったばかりなんだから、徐々に慣れていかないとね。焦りは禁物だよ?』

 と言ってみるが、「おかたん」の表情は優れない。

 『 うん、わかってる』

 と返す力のなさに、どうした?と聞く間もなく、

 『 めぇーめぇー』

 と泣き始める「史たん」。

 『 あー起きちゃった。はいはい、今行くからね~じゃぁ、これから「史たん」ご飯だから切るね、またね~』

 なんという慌ただしさ。女は子供ができると母になるというが、もうすこし旦那にかまってくれてもいいのではないだろうか?旦那サイドはまだ父になれていないのであるよ?と、一抹のさみしさを覚えつつ、しかし、最後の元気のなさはどうしたことかというもやもやも抱えつつ、切れた電話を眺めるしかできない無力。基本、男親は心配くらいしかできないのである。しかも離れていては、どうしようもない。不安と心配を抱えつつも、この日は静かに眠りにつくのであった。

 だが、この後、電話の度にどんどんげっそりしていく「おかたん」の姿をみるにつけ、、更に心配を募らせることになることをこの時の「ボク」はまだしらない。

 そんな子育ての、これから続く、長い長い日々の第一歩目を踏み出した日の話であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る