2日目:やっほー、二日ぶりのマイファミリー

『 ただいま~って、まだそっぽむいてんのかい!もうこっち向いてよね~いけずだなぁ』


 ・・・まぁ、無理な話である。


 ここは我らが「史たん」の生まれた病院である。

 このガラス越しにぶつぶつ喋っている不審人物は、何を隠そう「ボク」こと「おとたん」である。

 前回から経過すること二日。諸々の行事を終えて、前回より少し元気になって戻ってきた「ボク」は、相方の「おかたん」には目もくれず、まっすぐ「史たん」に会いに来ているのである。

 そして、二日ぶりの「史たん」はというと、劇的な進歩・・・はしていないようで、相も変わらず、そっぽを向いている。この前と違うのは装備品くらいだろうか?前はリンゴの梱包材だった帽子が、ちっこいながらもちゃんとした帽子となり、体に似合わぬ大きなおむつを履いている。ただ、前回と劇的に違うのは目を開けている時間が長いということ。相も変わらず、光の方ばかり見ているので、その顔を正面から見ることはできず、視線もどこか虚空を彷徨っているが、ちゃんと開いている。だから、「ボク」ももしかしたらこっち見てくれるのでは?という気持ちが強くなり、前述の通りの不審人物っぷりを発揮しているのである。

 『 こっち見ろよな~お前の「おとたん」だぞ~』

 なんて言いながら、見守ること暫し。時折、ぴくんぴくんと手足を動かす以外は目立った動きはないものの、その度にこの一人ギャラリーは、

 『 おっ!動いた、動いた!生きてる、生きてる、スゲー』

 と盛り上がりを見せる。

 そんなこんなで、過ごしていると、不意に背後に気配を感じた。ま、まさか、真昼間から出たのか?いや、ここは産婦人科と言えど病院であるし、もしかしたら非業の・・・なんて益体のないことが脳裏を掠めたタイミングで、声を掛けられる。

 『 も~来てるんだったら先にこっちでしょ~』

 振り向くと、何故か少しふくれっ面の「おかたん」がいた。

 力なく不満を口にしてはいるものの、その顔には少し生気が戻ってきたように見える。

 それもそのはずで、何せ歩いてここまで来れているのだ。一昨日はベッドから動けなさそうだったのに、母親って凄い。

 服装は相も変わらずマタニティ洋服(ワンピースというかポンチョというか、上から下までストーンと一貫したスカート?姿。洋服表現のレパートリーが少ない「おとたん」には今一うまい表現が見つからない類の洋服である。肩から全身を覆うようにデザインされており、お腹の膨らみ等が目立たないように全体的にゆったりしたつくりをしたそれは、あとで知ることになるが、服を捲らなくても授乳が出来るという優れものらしい。)姿であるが、足取りはそれなりにしっかりしているようだ。

 『 あ、ああ、ごめん、ごめん。いや、ちゃんと生きてるかな~と思って・・・(ぐふっ)』

 ウィットに富んだ滑り出しを演出したつもりが・・・殴られた。まぁ、よろよろの腑抜けたパンチなぞ、まったくもって痛くはないのだが。

 『 もうっ!すぐそういうこと言うんだから!』

 半分呆れて、半分怒っている顔の「おかたん」であるが、視線を少し下にすると、まさかの第2撃目を準備している。こえぇ。

 『 だって、しょうがないじゃんか~この子ザルは生きてるのかどうなのか今一わからんしなぁ。見る度にずっと寝てるし、やせっぽちだしなぁ。』

 「ボク」だって、馬鹿ではない。当然この発言で「おかたん」がぶーたれることは分っているのだが、言わないわけにはいかないのである。何せ、おもちゃったから。え?それがバカっていうんだ?はい、おっしゃる通りです。

 そんな訳で、素直に謝れない「おとたん」は、準備されていた第二撃目ももちろん貰うことになったわけである。


 『 ・・・(ぐふっ)』


 準備に余念がなかったせいか、今度のはちょっと痛かった。

 そんなじゃれあいを経て、家族みんなと実に二日ぶりの対面を果たした「ボク」であった。が、今日はそんなことよりも、重大なイベントが2件も控えているのである。その為に来たといっても過言ではないのだから。


 その1件目とは、「おかたん」との水入らずのランチである。

 というのは、この病院は無事に出産した妊婦さん向けに、お祝いとして豪華なランチを出してくれる特典のある病院なのである。肉食系女子(もちろん、近年流行った恋愛に貪欲などうのこうのではなく、リアルな意味でのだが)の「おかたん」が病院を選んだ理由もここにある。といっても過言ではない(まぁ、純粋にないってのが一番ではあるが)。

 そしてこのランチ、一部ではなかなか有名になるほど豪華且つ美味らしい。しかも、旦那さん、というか御付の者1名まで無料という太っ腹っぷり。他の病院の事は良く知らないけど、最近は病院1つとってもいろんなサービスに力を入れているんだなぁと感心してしまう「ボク」である。


 そして、2件目は「史たん」を交えての【ドキドキ!親子で一晩、初めての仲良しタイム】である。

 安産ではあるが、ちびっ子の「史たん」は、今に至るも保育器から出してはもらえていない(生まれる直前は、2800gを超えたよ、安心だね!と言われていたのに、産まれてみたら2400g弱だった「史たん」。どうやら超音波検診で見れるのは頭の大きさだけで、体重はそこからの推定になるらしいのだ。つまり、頭でっかちの子は、産まれてみたら実は軽かった、なんて事も往々にしてあるらしい。今回色々と初めて知ったトリビアがあるが、これが一番びっくりしたかもしれん。昨今、進歩しきったのではないのか?と思っていた医療技術だが、まだまだ開発の余地はあるらしいのだ)。そのため、今までは授乳の度に「おかたん」が保育室に呼ばれ、保育器から一時的に出して、その場で吸わせるという事を繰り返していたらしいのだが、今夕からは母子同室になれるのだそう。

 だから、今日が初めての親子で一晩を共にする、記念すべきイベントになるわけだ。

 これはもう、テンションが上がる…のか?と言われれば、うーん、正直微妙だ。何せ、いくら無知な「おとたん」と言えども、夜泣きや授乳、おむつの交換などなど、『大変なんだろうな』くらいの認識は持ち合わせているのだから。

 これはネット知識になるのだが、新生児は2時間おきくらいに授乳が必要なそうな。つまり2時間おきに起きなくてはならないという事だよね?しかも新生児は吸うのが下手で結構時間がかかるらしい。「おかたん」はこの二日間で多少の慣れはあるのかもしれんが、果たして、「おとたん」は耐えられるだろうか?


 でも、きっと「史たん」は「ボク」に似て手のかからない子、だよね?「おとたん」信じてるよ!


 まあ、何はともあれ初めての家族三人水入らずの一夜。本当の長い長い闘いはこれから始まる訳ではあるのだが、その一歩目。ファーストステップの始まり始まりである。


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