第3話
「私、実は、付き合った男性には酷いことをしたいタイプなんです!」
「なんだって!?」
「罵声も浴びせたいし、縛りたいし、踏みつけたいんです!!!!!」
「なんだって!?!?!?」
このフローラの衝撃的な宣言を聞いて、咄嗟に飲んでいた紅茶を吹き出さなかった自分を褒めてやりたい。
フローラが結婚に乗り気でないことには、前から気付いていた。
当然だ。
この僕が彼女の変化に気付かないわけがない。
僕がフローラと出会ったのは、まだほんの小さな子どもの頃。
もじもじと人見知りをしながらも、親に促されて懸命に僕に話しかけてくる健気な彼女に、一目惚れをした。
お菓子を食べるとこぼれるような笑顔を見せる彼女は、名前の通り花のように愛らしかった。
だから僕はフローラが遊びに来るたびに、たいして好きでもないケーキやクッキーをお茶菓子に出した。
僕は別に甘い物は好きではないが、甘い物を食べて幸せそうにしている彼女を見ることは大好きだったからだ。
そんな愛らしいフローラが、ある日から僕との結婚に消極的になった。
臣下を使って理由を探らせると、どうやら彼女は王宮で暮らすことに怯えているとのことだった。
僕が嫌われたわけではなかったことには安心したが、僕が王族なことは変えようがない。
すべてを捨てての駆け落ちも検討したが、彼女の性格を考えるとこれは愚作だ。
きっと僕に王子の地位を捨てさせたことに責任を感じて、病んでしまうだろう。
どうしたものかと悩んでいたところで、これだ。
すぐに気付いた。
これはフローラなりの、僕に婚約破棄をさせるための作戦なのだ、と。
とんでもない性癖を持っていると宣言すれば、ドン引きした僕に婚約破棄をされると思っているのだろう。
ああ。なんと浅はかで、可愛らしいのだろう。
僕が今さら性癖一つでフローラを手放すはずがないのに。
彼女の宣言した性癖は僕に婚約破棄させたくて言ったでまかせだろうが、もし本当にそういった性癖を持っていたとしても、そんなことで僕が彼女と婚約破棄をするはずがない。
僕はどんな彼女でも受け入れるとも。
だから。
今、僕が彼女に返すべき言葉は。
「たとえば」
「へ?」
「たとえば、僕に浴びせたい罵声とはどんなものかな」
「罵声ですか!?」
「怒らないと約束するから、僕を罵倒してみてほしい」
「今からですか!?!?」
目を泳がせながら焦るフローラは大変に愛らしい。
彼女は笑っている顔が一番だが、どんな表情をしていても魅力的に見える。
特にそれが僕によってもたらされた表情となれば、格別だ。
「えっと、その…………ジュリアス王子殿下のバーカ」
フローラがやっと絞り出したのは、恋人同士のじゃれ合いででも言うであろう、可愛らしい言葉だった。
……そう、恋人っぽい!
いつもの少し距離を置いた口調よりもずっとフローラを近くに感じる。
彼女の口から飛び出す恋人のような気安い言葉を、もっと聞きたい。
「そんなものか?」
「いいえ! うーん、と……ジュリアス王子殿下の女顔! 甘党!」
もはや悪口にもなっていない。
確かに僕の顔は、ゴツゴツはしておらず女のようにしなやかで肌もきめ細かいが、それは長所だ。
騎士のようなガタイの良い男に憧れた時期もあったが、それは隣の芝が青いだけだった。
今では、僕の整った顔に憧れている人が多いことも知っている。
それにこの顔が外交でも役に立つのだから、僕の女顔は長所であり武器にもなる。
あとは、甘党。
甘い物が好きな男性を奇異の目で見る人もいるが、味覚など人それぞれだと思う。
きっとフローラもそう思っているのだろう。
今はこうして罵倒の言葉で甘党を使っているフローラも、僕を奇異の目で見たことは過去一度も無い。
奇異の目で見るどころか、町で人気の菓子店の情報を楽しそうに話してくるくらいだ。
それに、そもそもの話だが、僕は甘党ではない。
しかし……懸命に言葉を絞り出そうとするフローラは、なんて可愛らしいのだろう。
彼女にこの表情をさせているのが僕だという事実も相まって、とても魅力的だ。
だから彼女のこの表情をもっと見たいと思った僕は、さらに彼女を煽ることにした。
「もっとやれるだろう?」
その瞬間、彼女の目つきが変わった。
これは、彼女のスイッチが入ったときの目だ。
いつもはのほほんとしているフローラだが、スイッチの入ったときの集中力は、他の追随を許さない。
過去に一度だけ、彼女の勉強風景を覗いたことがある。
それはもうものすごい集中力で、僕が来たことに気付きすらしなかった。
その目を、今のフローラはしている。
「王族だからと言って誰もが自分のことを好きだと思ってるんじゃないよ、この自意識過剰の豚が! 偉そうに人間様の真似をして椅子に座って菓子なんか食ってないで、早く豚小屋に帰ったらどうだい!?」
…………あ、あれ?
フローラの特殊な性癖は、婚約破棄をされるための嘘、じゃなかった!?
フローラは本当に特殊な性癖の持ち主だったのか!?
正直なところ、予想以上の罵倒が飛んできたことに驚いたが…………うん。悪くない。
何が良いって、いつもの敬語が抜けているところ。
それにフローラのこの姿を知っているのは、きっと僕だけだ。
そのことに優越感のようなものも感じる。
「……いいかもしれない」
「へ!?」
「僕を罵倒するフローラ、アリだな」
「へ!?!?」
結局のところ、フローラになら何を言われても僕は嬉しいのだ。
彼女の口から出てきた言葉なら、どんなものだって愛せる自信がある。
それほどまでに、僕は彼女に惚れている。
そうだ、次に会うときには道具を用意してみよう。
そうすればフローラと自然に接触できる。
僕はこういった性癖に詳しくはないが、フローラによると縛ったり踏んだりもするらしい。
相手が別の誰かなら絶対にごめんだが、フローラになら何をされたっていい。
何をされても、僕は『愛』を感じることが出来る。
それに彼女の焦った顔も集中した顔も戸惑った顔も、全部見たい。
残念だったね、可愛いフローラ。
君が何をしようとも、僕は決して君を手放してなんかあげないよ。
【完】
悪女を演じて婚約破棄してもらおうと思ったのに、罵倒すればするほど王子が喜んでる気がするんだけど!? 竹間単 @takema11
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