第2話


あの日以来、気まずくてジュリアス王子に会いたくなかったのだが、王子に呼ばれてしまっては行かないわけにもいかない。

そう思って呼ばれた王宮の一室で。


「フローラが気に入ると思って用意したんだ」

「これは……」


テーブルの上には、とても令嬢にプレゼントするには相応しくない品々が並べられていた。

いや、唯一、真っ赤なピンヒールだけは令嬢にプレゼントしてもおかしくはないが。

しかしこのラインナップの中に並べられると、別の意味を持ってしまう。


「ロープに鞭にピンヒール。目隠しや猿ぐつわもあるよ」

「あるよ、と言われましても……」

「怒らないから、僕に使ってみてほしいんだ」

「使ってみてほしい!? ジュリアス王子殿下にですか!?!?」


ジュリアス王子は頷きながら期待のこもった目で私を見つめている。


どうしよう。

私、王子の、人には言えない性癖を開花させちゃった!?


「そのヒールを履いて、僕を踏みつけてみてほしいんだ」

「気軽に言われましても……一国の王族をヒールで踏みつけることなど、出来るわけがありません」

「その王族である僕が良いと言っているんだよ」

「それでも出来ません」

「一回だけでいいから」

「すみません、私には出来ません」


あまりのことに怯えた私が断ったのを見て、王子が小さく笑った。


「やっぱり、昨日の発言は嘘だったんだね? フローラ。君は、本当は特殊な性癖など持ってはいないんだろう?」


王子をヒールで踏む申し出を断ると、そうなるのか!?

嘘がバレないようにするためには、ヒールで王子を踏む……?

そんな大それたこと、小心者の私に出来るわけがない!


「君は僕に嘘を吐いた。そうなんだろう?」

「……あの、えっと」


問い詰められてどうしようかと迷っていると、またしても天からの啓示が届いた。

思い付いたままをさっそく言葉として紡ぐ。


「なに言ってんだい! 道具を用意したからと言って、すぐに使ってもらえるだなんて思い上がりも大概にしな! 私は使いたいときに使いたい物を使う。豚が人間様に指示できると思ったら大間違いなんだよ! 分かったら一人で目隠しをして部屋の隅ででもうずくまっているんだね、この卑しい豚が!」

「………………」


…………ああ。また、やりすぎてしまった。


こう、スイッチが入るというか、なんというか。

私は、頑張るぞ!と気合いを入れると、ついやりすぎてしまう癖があるようだ。


「…………なるほど。放置プレイというやつか」


しかし、またしても王子からは予想外の言葉が返ってきた。


「あえて相手に何もしないことで、焦らして虐める上級テクニックがあるのだとか。君はもうその境地にいるんだね?」


その境地とはどの境地ですか。

嘘がバレなかったのはいいけれど、それ以上の何かを失ってしまった気がする。


「僕が目隠しをしてうずくまっているところを、フローラが見ていてくれるのかな?」

「そう……ですね……ええ、きっとそうです。ジュリアス王子殿下の情けないところを、私がじっくりと見ます」

「うん。それはちょっと、恥ずかしいかもしれないな」

「ジュリアス王子殿下が恥ずかしがっていたら、私が罵倒して、さらに恥ずかしがらせます」

「放置と罵倒のメリハリか…………なるほど。それはそれで」


それはそれで、何!?!?

ジュリアス王子はどうして乗り気なの!?!?


「あ、あはは。あのー、私の性癖に付き合いきれないとお思いでしたら、婚約破棄をしてくださっても構いませんよ?」


というか、お願いだから婚約破棄をしてください!

ここまで恥をさらしたのだから婚約破棄をしてくれないと割に合わない。

すでに掻いた恥は我慢するから、目的だけは果たさせて……!


しかし無情にも、王子の目はキラキラと輝いていた。


「婚約破棄だなんてとんでもない! 君の性癖は僕の知らないことばかりで、とても興味深いよ! 結婚までに僕ももっと勉強しておくから、末永くよろしくね!」


婚約破棄どころか、末永くよろしくされてしまった。

もうヤケだ!


「豚によろしくされる覚えはないよ! それにこれらの道具は没収だよ。ピンヒールは私がおでかけ用に使うし、鞭は家の馬に使う。絶対にあんたになんか使ってやらないからね!」


そう言って、赤いピンヒールと鞭を掴んだ私は、逃げるように王宮を後にした。


「次に会うときまでにもっと勉強をしておくよ。近日中にまた呼ぶからね。今度はもっと激しいやつをよろしくね、フローラ!」


そんなジュリアス王子の不穏な言葉を浴びながら。



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