in the Mirroring World
in the Mirroring World
作者 水神鈴衣菜
https://kakuyomu.jp/works/16817330650198002966
ある夜、できないこととできることが逆さまの鏡世界に入ったみらいは人知を超えた世界と気づいたとき狐に出会い、元の世界に戻る方法、唯一の鏡を探し出し帰還する話。
少し不思議なSF。
本作での体験から、新しいことを成す人は発見する人であり、あたりまえのことをあたりまえとせずに疑うことができるからだと教えてくれる。
主人公は女子学生のみらい。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。
主人公の体験を優先し、人物や状況描写は少ない。
日常から非日常に入り、冒険して日常へと帰還する。
それぞれの人物の思いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感を得るタイプの中心軌道に沿って書かれている。
人知を超えた世界と気づいた者だけが、元の世界に戻ることができる資格を与えられる。戻る方法は、この世界にある唯一の鏡を探すこと。鏡の世界に迷い込んだ者に告げるため、狐は存在していた。
ある夜、自分の部屋の鏡が光り、鏡の中の世界へ入った私。鏡世界は上下左右が反転しているけど、すべて逆になっているわけではなかった。
制服に着替えて学校へ登校。水曜日は苦手な教科が多い日で根っからの文系なのに、数学はスラスラ解ける。国語も調子がいい。体育のバスケは苦手なのに簡単にゴールに入れることができた。
調子良く学校が終わり、好きで七年も続けているピアノ教室へ行くも、なぜか指送りがわるい。できること、できないことまで逆さになった普通ではない世界と気づいたとき、こじまりとしたお社にいる真っ白い狐と出会う。
唯一の鏡をさがせと言われた私は、狐にシロと名付け、場所を聞くも『何度も案内しているはずだが、その度に記憶を消されているのかもしれないな』と言われる。鏡世界は、元の世界の存在が反映されたパラレルワールドになっているが、鏡世界の出来事は元の世界には反映されていないという。
洗面台の鏡は真っ黒に塗りつぶされた闇のようになっていた。
風呂場で水鏡を作ってみるも、すぐに底しれぬ闇に包まれてしまう。外に水をまいて水たまりを作っても同様だった。
『元からある水鏡ではダメなのか?』とシロに聞かれて地図から鏡池を見つけだし、さっそく出かける。歩きながら『なぜ元の世界に帰りたいと思ったんだ?』と問われ、「嫌いなことができるより、好きなことができない方が嫌だって思ったからかな」「私は音楽が大好きで、でもこの世界だとそれが思うようにできない。それが嫌だった」と答える。
一時間かけてたどり着く。鏡世界は夜なのに、池には青空が写っていた。スマホで風景を取り、ついでにシロも撮影する。
別れ際、名前を聞かれ「みらい」と答えて元の世界へ。
スマホには夜空と水面に映る昼空の写真は見つかったが、シロだけが写っていなかった。シロは何だったのかわからないが、鏡世界で身につけた自身を胸に立ち上がり、良しと小さく呟くのだった。
書き出しから、すでに不思議な世界へと入り込んでいる。
「目の前の景色を、何度疑ったことだろうか。ある夜私の部屋の鏡が光ったと思ったら、不思議な世界が見えて、そして鏡の中に手が入っただなんて」
夜とあるけど、夜中かもしれない。
起きているときなら、部屋の明かりもつけているから、鏡が光っても気にならないかもしれない。
でも、主人公は気になったのだ。
気になっても、気のせいだとおもって、それで終わり。
鏡単体では光る訳はないので、たとえば窓の外、車のヘッドライトが差し込んできて光ったのかもしれない。そう考えたら、確かめようとも思わない。
だけれども、主人公の彼女、みらいは確かめようと行動した。
あたりまえを疑ったのだ。
「よくある夢かどうかの確認のための頬の抓りをしてみて、その痛みに顔をしかめること何度か」
抓りと狐、漢字が似ている。
おそらく、鏡世界で出会った狐とはこの時に出会う資格を得たのだろう。
顔をつねったことで、存在するはずのない鏡世界は確かに存在していると気づき、同時に元の世界に戻る資格も与えられて、鏡世界に入ったのだ。
入場するときに帰る資格を与えてくれた。
実に親切である。
ピアノを弾いたとき、「この世界では鏡の中のように、世界そのものが上下左右逆になっているだけではなく、できること、できないことまで反対になっているということに」とある。
根っからの文系の主人公は、「私は根っからの文系人間なので、やはり国語の授業は楽しい」とある。
逆になっているなら、国語の授業は苦痛に感じなければならない。
でもそうなっていない。
つまり、心の中までは逆転しないのだろう。
あるいは、国語の授業が逆転するなら、難しい漢字がひらがなになっているのかもしれない。読みやすくなっているから、楽しかったのかもしれない。
動作や動きを必要とするピアノは、好きな気持ちはあっても、思うように弾けなければ、楽しくなくなるのも無理はない。
鏡が底なしの暗闇になるのなら、スマホのミラーリングはどうなるのかしらん。画面が真っ黒になるのだろうか。
水面が暗闇になるのなら、窓ガラスの反射はどうなるのだろう。
きっと、窓ガラスは真っ黒のはず。そいう描写はない。
透過率が高すぎて、反射しなくなっているのかもしれない。
下敷きなど表面がツルツルした素材のものも、鏡のように映し出してくれる。これらも、真っ黒になるのかしらん。
狐のシロにヒントを聞いて、『ほう。知らんな』と言われたのに、『今までお前は鏡を作ることしかしていないだろう。元からある水鏡ではダメなのか?』とヒントをくれる。
シロは優しいと思った。
ヒントの意味を知らなかったけど、助言をしてくれるのはありがたい。
探しに行くとき、『もし違かったらどうするんだ』と否定的なことを言われても、「もっと遠くまで行くしかないでしょ」「忠告ありがとう、でもきっとここが私の探す鏡だと思う」「そんなの無いよ。勘と感覚」と突き進んでいく。
この発想、考え方は見習うべきところ。
多くの人は、あたりまえを信じようとする。
遠いと言われたら、諦めてしまうかもしれない。
そんなふうに思い込むことなく、主人公は、自分で調べ、確かめようと行動する。そうすることで、新たな発見をもたらすのである。
「嫌いなことができても、好きなことができないのであれば、関係ない」それが、彼女の帰る理由だった。
好きなものは生きる意欲につながる。
好きを選んだ彼女は、生きようとする現れなのだ。
写真は撮れる。
同じ写るであっても、鏡ではないからだろう。
一番いいのは、主人公の名前がみらいであり、帰る時に明かされるところ。
現実世界は生の場所として描かれている。
できないことができるのは嬉しいけど、できること、つまり生きることはできない場所が鏡の世界だと考える。
つまり、鏡世界は死の場所なのだろう。
現実世界に戻ったときシロが写っていなかったのは、シロは鏡世界の住人であり、あの世の存在だからだと想像する。
戻ってきて、「あの不思議な世界でなんだかついた自信を胸に、勢いをつけて立ち上がり、よし、と小さく呟い」て終わるところが良い。
彼女は体験から、自分のやりたいこと、好きなことをするために頑張って生きていこうと再確認したのだろう。
なかなか素敵な話だった。
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