奨励賞

きっと繋がる

きっと繋がる

作者 亜里沙

https://kakuyomu.jp/works/16817330658642155904


 高校二年生の秋、腎臓がんになった作者の体験談。


 誤字脱字、数字は漢数字云々等々は気にしない。

 エッセイですが、感想を書くことにしました。

 九死に一生を得た喜びと若さ、作者の性格による明るさと楽しさに満ち満ちている。


 主人公は十七歳女子高生の作者、亜里沙。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られたエッセイ。

 とはいえ、「日常から非日常、そして日常への帰還」といった小説の流れで組まれており、「発端→葛藤→危機→クライマックス→結末」の順に書かれている。


 女性神話の中心軌道に沿っているように書かれている。

 部活は高二の秋で引退し、高三は受験勉強に専念する進学校スタイルの高校に通っている主人公の作者は、合唱部に所属、パートリーダーをしている。

 高二の夏から秋にかけて行われる最後の大会にむけ、パートの後輩に連絡をしたり、同輩同士での情報共有をしたり、音取りに自主練。そんな忙しさからか、定期的に体調を崩すようになった。季節の変わり目には熱を出し、食べる量も減った。

 家に帰ると夜ご飯も食べず宿題を終わらせ、即就寝。朝は早く起きて自主練、休み時間は夜にできなかった勉強時間に充て、好きだったゲームもユーチューブもアニメも本も、全く手をつけなくなった。

 そんな生活を続けていくうちに、高二の春まで四十九キロあった体重が夏休み前には四十三キロ。みるみる痩せていった。

 これはおかしい、と練習の合間を縫って耳鼻科、脳神経外科、スクールカウンセラー、心療内科と診てまわるも、「ストレスかなぁ」と言われ、理由はわからないままだった。

 夏から秋への変わり目に体調が悪くなった。

 合唱部の部活を休みたくなくて、風邪薬をもらいに、かかりつけの病院で小学生の頃から見ているおじいちゃん先生の受診を受ける。

 左の下腹部が拳大くらいに膨らんでいた。「ちょっと大きい病院行ったほうがいいんじゃないかな。紹介状書くよ」

 紹介状を書いてもらったものの、部活も学校もあってそんな暇はなかった。

 修学旅行も全国大会も無事に終え、定期演奏会まで束の間の休息期間。部活はあれど大会のような厳しさはなく、比較的穏やかな練習が行われている。

 部活のない十一月初頭の朝、母と大学病院に向かう。紹介先は消化器外科。担当医は優しそうな三十代くらいのお兄さん先生だった。

 レントゲンとCTを撮影すると、「すみません、もう少し待合室でお待ちください」と待合室で待たされること五分。

「左の腎臓に腫瘍があります。これは消化器外科の範疇じゃないんですよ。泌尿器科に今連絡を入れたんで、早いうちに予約を取ってもらいます」

 部活のない日を選んだ予約日。泌尿器科の受付をすませ、順番が来て診察室に入る。座っていてもわかるくらい背が高い、切れ長の目の賢そうな先生が主治医となる。

 フィーリングから、「おかぴ先生」とあだ名を付ける。

 おかぴ先生は素足に運動靴を履いていた。机の上にはザバスのプロテイン(ヨーグルト味)がひとつ置かれていた。

「このままだとどこに腫瘍があるかわからないから、造影剤使ってCTを受けようか」「造影剤を使う時は食事制限があるから、今日はできないよ。今日は看護師さんから説明を聞いて終わりね」

 看護師からCTと造影剤についての書類を貰う。CTを受ける時は毎回「CTでの被ばくについて」の説明と同意書が渡される。これを家で書いた上で、検査の日に受付に出す。

「あと、CT受付に行く前に、採血もしてきてくださいね。採血室はここのエスカレーターを登って二階右手にあります」と聞いてその日は帰宅。

 数日後。採血室で担当してくれたのはクリアブラウンのメガネをかけた優しそうなおばあちゃん。名札には『医師』だけじゃなく長い肩書きが載っていた。名前と生年月日を答えて、十分も立たずに採血が終わる。採血の後に泌尿器科に戻ると、案の定混んでいた。待合室はもちろん満席。看護師さんが間に合わせで出してくれるパイプ椅子も埋まっていて、立つしかなかった。

 母がお手洗いに席を外したついでにスマホを見ると、予約時間は過ぎていた。母が戻ってくる頃には、廊下まで立っている人でいっぱいになってきたとき、息ができなくなる。

 足が震えて立っていられず、その場に座り込む。視界はシャットアウト。周りの声だけがやけにクリアに聞こえ、頭も手も足も妙に冷たい。空気を吸いたいのに吸えない、耳鳴りもする、真っ暗で見えない。

「大丈夫ですか〜‼」

 母がつれてきた看護師に車椅子に乗せられて処置室へ運ばれるるとベッドに寝かせてもらい、血圧を測定。

「血圧低くなっちゃってるね。もしかして次の造影剤緊張してる? それとも採血後だからその影響かな」

 しばらくしてめまいも落ち着き、再度測定するもまだ低い。「ちょっと血を作るために点滴しよっか」

 一時間後。点滴が終わって正常になってからおかぴ先生の診察室に行き、CTが終わったらそのまま帰宅。結果が出しだい電話する旨を伝えられる。相変わらずおかぴ先生は素足に運動靴、机にプロテイン(ヨーグルト味)を置いていた。

 CT室に入ると、ちょっと米津玄師似のもじゃもじゃ頭の放射線技師のお兄さんから説明を受け、造影剤の入ったパックをつけてもらうも血圧が安定しない。安定してから、造影剤が入ってくる痛みに絶えながら撮影終了。おかぴ先生の元へ向かい、再び診察。「普通大きくても四センチくらいなんだけど……亜里沙さんの場合八センチはあるね。良性か悪性かは、中身がどうなってるかわからないのでMRIを緊急で撮って帰りましょう。結果が分かり次第ご連絡します」すぐに順番が回ってきて、ドーム状の筒の中に仰向けになって三十分ほどで終わる。

 翌朝八時過ぎ、おかぴ先生から「今日来れますかね?あ、午後3時以降ならいつでも大丈夫なので」と電話が入る。採血と検査漬けで疲れてフラフラで、学校を休んでいた主人公は、午前中はやすんで、昼ごはんを食べてから病院へ向かう。

「十七歳の女の子にこんなこと言うのは酷なんだけど……手術しないとまずいです。昨日の検査で中身が水みたいになっていることがわかりました。このままだと破裂しますね」

 おかぴ先生によると、腫瘍が悪性か良性かはまだわからないらしい。良性でも、四センチを超えると切除対象になる。

 左腎臓全摘。入院して手術し、退院まで二週間はかかる見込み。

「十一月中旬にキャンセルが出たので、そこにしましょうか」

 カレンダーで示した日付は十日後。この日程だと確実に部活に出られないし、最後の定期演奏会にも参加できない。十二月の空きはないか尋ねるもないらしく、年明けになってしまうという。

「たぶん年明けまで待つと破裂しますよ。腎臓は重要な血管がたくさん集まってる部位なので、破裂したら相当危なくなるかと」 

 手術は年内に決まった。

 この日、おかぴ先生の机にはザバスと共に綾鷹が新入りとして加わっていた。

 待合室に戻ると、造影剤CT時に涙を拭いてくれた看護師Aちゃんに声をかけられる。今日の診察時もおかぴ先生の後ろに控えていた。

 提出する同意書やこれからの検査、手術方法など、軽くおさらいしてもらう。母が父に入院することになったと連絡してる間、Aちゃんさんと雑談。部活は何をやっているか聞かれて答えると、

「今と同じくらい声は出せなくなるかもね。お腹の手術だから」と残念そうに言われて、すごく悲しくなる。

 後日、PCRとエコー、採血、心肺機能の検査、入退院センターで手続きし、入院前相談も受ける。先生や友達、後輩にもお話をしなければいけなかった。特に部活については、入院期間に練習に出られないのがつらかった。

 手術日前日。朝九時に病院に入り、荷物などを搬入。無事に病棟に着いて病棟内の食堂で母と一緒に手続きをし、「ばいばーい!」キャリーケースをゴロゴロと弾きながら食堂を出ていく。手術の日の明日も来てくれるから、また会える、と言い聞かせて笑顔で手を振るも泣きそうになる。

 荷物が入らないと思い、部屋は四人部屋。鍵付きのロッカーの場所や貴重品入れなどを説明してくれる看護師さん。今日の予定は手術の確認のみ。明日に備えてしっかり寝てね、とのこと。

 昼食が運ばれる。給食を彷彿とさせる黄色のお盆の上に、ご飯、サラダ、お漬物に厚揚げ炒めが綺麗に乗っかっている。しかもオレンジジュースまで付いている。味が美味しく、給食気分が味わえて嬉しかった。高校はお弁当なため、小中学校の給食が懐かしい。難点は、お米の量。一食に付き二四〇グラムを頑張って食べる。

 食後、看護師から手術の確認と左右を間違えないように左手の甲に油性ペンで◯を描いてもらう。その後、Aちゃんと話をして気分が晴れる。

 眠れないと思っていたがすぐに寝落ちし、手術日の朝を迎える。

 不安ながら今日のメニューが気になる。部活の同輩と後輩からのメッセージを見返して元気をもらったり、母と連絡を取り合ったりして気を紛らわす。知らない看護師がやってきて、主人口の学校の卒業生らしく仲良くなり、手術室まで案内してもらう。エレベーターホールで両親と合流。手術室一歩手間で、遊園地に行くような気軽さで手を振って両親と別れる。

 手術室の手前の部屋でもう一度名前と生年月日、手術部位を聞かれ、リストバンドをスキャン。銀色の扉の中へ入る。青い手術服に身を包んだ医者や看護師がたくさんいた。

 左側を上にして手術台に猫のように横たわる。あったかいタオルをかけてもらい、ペタペタと機械やらを貼り付けていく看護師たち。「じゃあね、背中に注射入れるね〜」

 痛み止めの役割を果たす注射を背骨のあたりに入れてもらうが、今回一番痛かった。人間じゃないような悲鳴をあげてしまい、また涙を看護師たちに拭いてもらう。

「今日はよろしくね。じゃあ、これから麻酔入れてくからね」

 おかぴ先生と本日初対面。今日はプロテインも綾鷹も持ってないし素足じゃない。だけどおかぴ先生だと謎の安心感。

「大丈夫だよー」「ね、注射頑張ったから手術も大丈夫だよ〜」

 周りにいる看護師たちが優しく声をかけてくれる。ありがたい。

「大丈夫です!私たちに任せればね!!」

 ドヤ顔でそう宣言してくれる眼鏡のおじさん──手術を手伝ってくれる、同じ科の医者がいた。

 そんな自信満々に「グッジョブ!」ってされても困るし、というか誰? この先生は誰なんだ?

 ばっちり自信のある顔でサムズアップする医者。のちに泌尿器科の偉い先生だと知るのだが、その時は不思議なドヤ顔をしてくる人としか思っていなかった。

 それが手術前最後の記憶となる。

 気がつくと目の前に父と母がいて、自奥を尋ねるもよく聞き取れない。とりあえず生きている。「自分の取ったやつ見た?」と母に聞かれるも何のことやらわからない。夢見ごごちで両親とバイバイして、ふわふわとした気持ちのまま眠り、夜中に目が覚める。前にいたところとは別の場所だとわかるも全身が管に繋がれていて身動きが取れないし、ずっとシュコーッ、シュコーッだのピッ、ピッだの色んな音が聞こえる。頑張って目を瞑って羊さんを数えて、なんとか朝を迎えた。

 新垣結衣や広瀬すず似のショートカットのかわいい看護師に体を拭いてもらい、新しいパジャマに着替えさせてもらう間、ドラマ『Silent』とジャニーズの話題で盛り上がりながら今後の流れを説明される。今朝の検診で異常がなかったら元の四人部屋に戻ることができ、今日は絶食だが水だけが飲める。ただの水が美味しく生き返った心地になる。

 しばらくしておかぴ先生と麻酔科の先生がやって来て、点滴や背中の痛み止めの確認をして、部屋移動の許可が出た。看護師に車椅子の乗せてもらい移動後、ひたすら睡眠。夜に目が覚めるも、寝返りが打てず背中が痛い。ナースコールで看護師を呼び、寝返りを打たせてもらう。今度は喉が渇く。ペットボトルまで手が届かない。もう一度ナースコールをするか、さっき呼んだばかりだからと逡巡しているうちに朝を迎える。

 見回りに来てくれた看護師に「あの……お水をとってもらえますか……?」と、からっからに乾いた口でお願いし、水が飲めたのは術後二日目の朝だった。

 傷が痛すぎて、ご飯の写真を家族に送るのも無理だった。車椅子には十分も座っていられず、立つのもひと売ろう。気合を入れていた割に箸も進まず、食事は一割食べれたかどうか。

 三日目は車椅子に、少し長く座れるようになった。昨日よりは食事も取れるようになり、看護師が院内を車椅子で散歩してくれた。

 四日目、昨日より歩けるため、車椅子はいらなかった。食事も普通のご飯になり、朝昼晩感触。動けるようになってから管も結構取れて、あと背中の麻酔だけ取れば完璧に自由の身になる。日中も起きていられるようになったので、動画を見たり、本を読んだりして入院生活を楽しんでいた。が、コロナ対策で面会が一切禁止なため、家族とはメッセージアプリでの連絡しかできない。専用の部屋でなら電話で話せるが、術後の痛みから歩きたくなかった。

 夕食の時間に一枚の写真が送られて来た。久しく座っていないダイニングテーブルに、自分を省いた家族三人分のシチュー。

 対して、ご飯は美味しい鶏の変り揚げ、ルームメイトはいるといえ、カーテンで仕切られている中ひとりぼっち。ホームシックに陥り、涙も鼻水も止まらずあっという間にゴミ箱がいっぱいになる。

 夕方の担当看護師に目撃され、落ち着くまで一緒にいてくれた。

 翌日の午後の回診で、「ねえ亜里沙さん。明日退院しよっか」おかぴ先生に突然告げられる。

 二つ返事でOKすると、「じゃあ、明日の八時から九時くらいにお母さん達にお迎え来てもらえるか連絡してもらえる? ダメだったら午後にしよう」

「あ、たぶん午前中で大丈夫です……」

「じゃあ決まりね」

 話がすぐ決まり、翌日の午後九時頃、食堂で待っていた母と無事再会。久しぶりに戻る家は、木の匂いがして懐かしかった。夢にまで見た美味しい家での昼ご飯と夜ご飯を食べ、その日は就寝。

 退院後の翌日、部活の定期演奏会に行った。

 出るはずの舞台だった、一週間ちょっといなかっただけで、驚くほどの仕上がりに、同輩と後輩の成長と尊敬、有り難さに終始泣いてばかり。終演後、ちゃっかりお花も写真撮影にも参加。退院後すぐでゆっくり歩くしかできなかったが、最高の一日だった。

 自宅療養を経て、毎日学校へ通えるようになたのは年明け。その後も、傷を形成外科で診てもらったり、CTをとったり、通院して一カ月が過ぎたころ。

 奥に看護師のAちゃんも控えている中、「いや、本当に17歳の女の子にこんなこと言うのは酷なんですけど……」神妙な面持ちのおかぴ先生と向き合い、「病理検査にかけた結果、腎臓がんでした」告げられた言葉が予想の上を行き過ぎていた。

「腎臓がんってね、非常に面白いがんで、腫瘍マーカーはないし、十年後にポッと再発したりするんです。だから今後もCTを定期的にとりましょうね」

 あっけにとられていると、「じゃあ、三カ月後にまたCT撮って再診ね」と約束して診察室を出る。

 そのあと看護師のAちゃんさんに呼び止められた。がん患者の緩和ケアのプロらしく、罹ったガンは希少で若い子のがんを『AYA世代のがん』と呼んで分類することを教えてもらった。

 帰宅後、がんのことを調べると、オーソドックスながんの情報よりも希少がんの情報は、あたりまえだけど少なかった。

 そしてカクヨムに出会い、「情報がないなら自分が書けば良いじゃないか」と執筆をしたのが本作。

 なぜ、がんになったのか、原因はいまだにわからない。神さまか誰かが、「よし! ドラマみたいな人生をプレゼントしてやろう☆」とやったことだと作者は思っている。

 病気をしたからこそ、家族や友達の大切さはもちろん、自分が健康でいることの大切さがよくわかった。

 今まで知らなかったがんのことも勉強できた。しかも、九死に一生を得たようなものなので大抵のことはもう笑い飛ばせるし、なんならネタにしちゃう。

 元気に笑顔で、今を一生懸命に生きようと思う作者は読み手に対し、健康には気をつけて、一日いちにちを悔いなく楽しく過ごし、自身の経験が、読んでくださった貴方の人生のどこかに繋がりますようにと願って締めくくられている。


 本作は小説ではないけれども、読み手を意識した構成で書かれている。

 書き出しの「十七歳の子にこんなこと言うのは酷なんだけどね……」といった、意味深で衝撃的な言葉からはじまる前書きからはじまっている。

 早々と、「十七歳の秋、私は腎臓がんになった」と告げられている。

 さらに「正確には手術して摘出したあと、検査でがんとわかったから、がん自体がいつからいたのかはわからない。左にあって、希少ガン(追って説明する)で、大きさはだいたい八センチ。けっこうな大きさで、このままでは破裂する。すぐに手術して取り出さないといけない」と具体的な内容を綴ったあと、時間は半年前に遡って日常が描かれている。


 作品全体は明るいのは、手術が成功して生還し、現在元気であるのはもちろん、作者が十代であり、部活を頑張る現役女子高生で、性格が明るいからだと考える。


「きっかけは、かかりつけ医の受診だった」とある。

 このかかりつけ医が紹介状を書かなければ、おそらく腎臓が破裂して大変な状況へと陥っていたに違いない。

 大事なのは定期検査と、持つべきはかかりつけ医である。

 

「早めに大学病院行ってね」と言っている。

 ここで、明日にでも行きなさいといっていれば、腎臓全摘しなくても済んだのではと邪推する。

 検査しないと進捗状況はわからないけれど、夏前にかかりつけ医のところへ来ていたら、状況は全然違っていたはず。

 みるみるうちに痩せていったとき、「これはおかしい、と練習の合間を縫って病院を転々とした。耳鼻科、脳神経外科、果てにはスクールカウンセラーの先生」と回り、心療内科まで探したという。

 どうして内科に行かないのかしらん。

 病院の選択を間違えている気がする。

 そもそも、かかりつけ医がいるなら、まず最初に訪ねなかったのだろう。


「お医者さんには修学旅行も部活の全国大会もやめておけと言われたけれと、大好きな部活を諦めきれず、貰った薬をフルに使い乗り切った。あ、みなさんは大事になる前に言われたらすぐ病院に行ってね! まあ、言いつけをガン無視した私が言えることじゃあないんだけど」作者の行動が軽率ではあるものの、コロナ禍だったし、修学旅行をする学校もあればやめる学校もあったし、いろいろ制限がある中での部活動だったので、青春の真っ只中を生きる作者としては、優先事項は自分のしたいことになるのは当然である。

 病気を治すために生きるのではなく、人生を楽しむために今を生きるのだ。

 だから本来医者というのは、患者が望む生き方をできるようサポートすることが理想なのだけれど、それは末期がんの場合だと考える。

 そもそも、この段階ではがんなのかもわかっていない。

 今を一生懸命楽しむことを、選んでしまうのは仕方ない。

 若い場合、進行も早いけど。


 看護師の対応に、「私もこんな素晴らしい大人になれる日が来るのか。プロフェッショナルとはこういうことだなあ」と感銘を受けている場面が書かれている。

 看護師は献身的に接してくれるけれども、とっても大変な仕事。

 ストレスもすごいし、看護師内の軋轢とか……仕事終わって車飛ばして温泉入りに行くけど疲れなんてちっとも取れないねとか、休日はとにかく寝るとか、いろいろと……いやなんでもないです。


「じゃあ看護師を増やしてくださいってアンケートに書いてください!」

 現場はつねに、人手不足なのだ。

 シフト表見るとすごいから……。

 看護師になった人からは、入院したり家族の見舞いにいったりしたとき、献身的に優しく接してくれたのがきっかけ、という話をよく聞いたけど、作者は「看護師さんは本当に凄いし、強い。私じゃ絶対できないことだ」と、将来の仕事には選ばなかったみたい。

 それでも、「看護師さんにも、看護師さんを目指すひとにも、優しい環境があればいいのに」と憂いている。

 退院するとき、アンケートに「看護師を増やしてください」「看護師に優しい環境を」と書いたのかしらん。


 おかぴ先生に診察をしてくれるときに「机の上にはザバスのプロテイン(ヨーグルト味)がひとつ」と毎回、置かれている飲み物が書かれているところが興味深い。

 病院食も、どんなメニューなのか詳しく書かれ、給食の懐かしさをおぼえたことや、御飯の量が多いけど美味しいといって食べているところも面白い。

 作者が女子だからだろう。

 これが男子だったら、机の上になにがあったのかおぼえていないし、食事シーンをこだわって書かないのではと思う。

 術後は食べられず、おかゆから普通の食事になって食べられるようになるも、さびしさをおぼえる展開から、何気ない物を描くことで作者自身の体調や心情の変化を描いている。

 こういう部分を読むと、本作は小説寄りのエッセイだと思う。


「採血前に湯たんぽで温めてくれた」とある。

 温めることで、血管を拡張し採血しやすくしているのだろう。

 採血の担当がプロだったのが、羨ましい。

 わたしは血管が細く、採血担当泣かせで、一度で上手く行ったことがなかった。二度三度やって失敗し、手首の血管から取ろうとなるもそれでも駄目だったことを思い出す。

 献血ルームの人の方が上手いし、いろいろと話しをしてくれているうちに終わったことがある。


 採血とCT撮影が詳しく書かれている。

 採血後に血圧低下して、めまいを起こして息が吸えなくなっている。たしかに、空気も吸えなくなるのは辛い。

 採血後ではないけれど、十代のころは激痛から呼吸ができなくことが数カ月おきにあったことを思い出す。

 大丈夫ですかと声をかけてくれた看護師が「救世主」にみえる気持ちはよくわかる。窮地に陥っているときに助けてくれる人がいることが、どれだけありがたいか。わたしのときは誰も助けてくれなかったから、よくわかる。


 車椅子に乗せられたときの体験が綴られている。

「脳を揺さぶられる感覚があるのは初めて」

 普通のときは、自分の筋肉で体を支えているので、よほど大きな振動でない限りは、あまり気にならない。

 でも、脱力している状態はささいな振動がすべて来るので、かなり揺さぶれる感覚を覚える。

 子供をおんぶするとき、しがみついてくれていると楽だけれども寝てしまうとしがみついてくれなくなるため、全体重が背中にのしかかってくるのに似ている。

 また、パックに入っている豆腐を脳だと思って、軽く揺さぶってみるといい。かなり揺れるのがわかる。


 CTはMRIにくらべて時間がかかる。

 だから、CTを受けてからMRIをすると、楽なのがわかる。

 しかも「すごく眠くなる! リラックスはできるんだけど、こりゃ寝落ちるぞ⁉」と、別な問題がでてくる。

 こういうところが面白い。

 寝ると怒られるんだよね。


「イチャイ……」「イチャカッタ……」の書き方が可愛らしい。

 痛くて本人はつらいのはわかるけれど、読み手は笑ってしまう。

 辛い場面をつらく書かないように、「ここでもカオナシのようなか細い声が出てしまう」といった表現の工夫がされている。

 読み手がつらくならないよう、バランスを取って書いているのが良い。


「『あ、私今ドラマみたいな台詞言われた〜』『破裂ってなんだ、お腹に水風船でも入ってるのかな?』など幼稚園児みたいなことを考えて知能レベルを下げないと受け止めきれない」はよくわかる。

 衝撃的なこと、ストレスが掛かると人は、難しいことが頭に入ってこなくなるものだ。病気はもちろん、日常のあらゆることでも同じ。だから知能指数を下げなければ理解できない。

 このあたりの表現が、端的でわかりやすく、しかもユーモラスに書けている。深刻な場面なのに。

 作者が読み手を意識して、バランスを取ろうとしているところが上手い。自分は大変だけど、この大変さを楽しんでもらおうとしているかのようである。


 破裂するかもしれないと聞いても、部活を優先に考えている。

 いかに部活が楽しく、自身の人生をかけているのかが伝わってくる。


 辛い話の後、Aちゃん看護師が話をしてくれるところがいい。

 実際にあったことを書いているのだろうけれども、重い展開の後、上向きになることを挟んでおかないと、全体のお話として盛り上がっていかない。

 エッセイなのだけれども、小説に近い構成になっているのがよくわかるし、だから読み進めていける。

 ただの体験談は、起こったことを時系列に並べているだけのものが多いので、読み進めていくのが難しいものもある。

 実に、上手く構成されている。


手術室へ行くときの「ばいばーい!」の軽さが、よく性格が出ていてよかった。子供らしさがでている。

 女子高生であっても、親の前では子供。

 親は心配しているだろうけれども、当人はどこか気楽なところがあるもの。こういうところからも共感が持ててしまう。


 手術前の様子がよくかけていて、医者も看護師も、携わるすべての人が作者が元気になるために励んでいるのがよく伝わってくる。

 サムズ・アップしたのが泌尿器科の偉い先生とのちに知るとあるけれど、いつ知ったのだろう。その辺りはよくわからなかった。

 

 ホームシックになってからの、「ねえ亜里沙さん。明日退院しよっか」の展開の速さ。本人だけでなく、読み手も突然で驚く。

 いまは、いつまでも入院させておかないので早く退院させるようになった。ふた昔ほど前は、なかなか退院させてもらえなかったのに。

 

「久しぶりに戻る家は、木の匂いがして懐かしかった。病院はなんとなくエタノールの匂いがする気がするんだよね」の書き方が良い。

 些細な変化を書くことで、帰宅の実感を描いている。

 とくに、匂いがよかった。

 その家その家、独特の匂いがあるので、より帰ってきた実感が伝わってくる。

 帰宅して、定期演奏会にもいって、めでたしめでたしで終わるのかと思いきや、「いや、本当に十七歳の女の子にこんなこと言うのは酷なんですけど……」と、冒頭の文言と同等のおかぴ先生のセリフがはじまる。

「病理検査にかけた結果、腎臓がんでした」

 上げて下げて、主人公の感情や葛藤の起伏が交互にくる構成は読み手を飽きさせない。

 

 若い子のがんをAYA世代のがんと呼ばれることはわかる。

 ただ、罹ったのが希少ながんの説明が、「腎臓がんってね、非常に面白いがんで、腫瘍マーカーはないし、十年後にポッと再発したりするんです。だから今後もCTを定期的にとりましょうね」くらいしかない。

 冒頭で、「希少ガン(追って説明する)」というのは、腎臓がんだったことを指すのか、若い子でがんになることなのか、作者の腎臓がんが希少なものだったのか。もうすこし具体的な説明が欲しかった。

 

 AYA世代とは、Adolescent and Young Adult(思春期・若年成人)の頭文字をとったもので、十五歳から三十歳代までの世代を指している。

 親から自立したり、生活の中心が家庭や学校から社会での活動に移行したなど、大きな転換期を迎える時期。この時期にがんと診断されると心身にさまざまな影響を受けたり、成人のがんにくらべて情報が少なく見つけることが難しかったり、不安を抱く人も少なくない。

 十五歳から十九歳をA世代、二十歳代以降をYA世代としてわけることがある。

 作者はA世代にあたる。

 希少がんとは、『人口十万人あたり六例未満の「まれ」な「がん」、数が少ないがゆえに診療・受療上の課題が他に比べて大きいがん種』の総称である。

 二百種類近い悪性腫瘍が希少がんに分類され、小児にも発症しやすい白血病、リンパ腫、骨軟部腫瘍、脳腫瘍といったいわゆる希少がんが多い一方、二十代では徐々に減少し、三十代では特に女性の乳がん、子宮頸がんや消化器がんが増えていく。

 作者の腎臓がんは、AYA世代が罹る希少がんの中でも、前例の少ないものだったと推測される。


 読む前からタイトルが気になっていた。

 なにに『ずっと繋がる』のか。

 読み終えて、いろいろな意味が含まれているのだと思った。今回の体験を通して、家族や友達はもちろん、病気を治すことに尽力した病院関係者たちとも繋がっているし、無事に手術を終えることができたから人生を繋ぐことができた。体験談をまとめ上げることで、自分と同じような人や読者の人生のどこかと繋がる。そういった意味合いを含んだタイトルなのだ。

 書かれているとおり、人生は一度きり。

 元気に笑顔で、今を一生懸命に生きたいものである。

 

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