プロトタイプ・アカナ

プロトタイプ・アカナ

作者 ねこまるⅣ

https://kakuyomu.jp/works/16817330660860264520


 ギルトとアルゲンの戦争から寂しい思いをする人をなくしたい思いで入隊した第二十三分隊隊長ティファ・アメトンは戦場でアルゲンの幼い少年と妹を重ね見ては拾い、幸せなひとときを過ごした後、少年を逃すべく敵の銃弾に倒れる話。


 誤字脱字なとは気にしない。

 ファンタジー。

 見せ方、描写にこだわりを感じ、心情がよく伝わる。


 三人称、少年視点と第二十三分隊隊長ティファ・アメトン視点、神視点で書かれた文体。現在→過去→未来の順に書かれている。

 読者の波をさそう型、苦しい状況→さらに苦しい状況→願望→少し明るくなる→駄目になる流れになっている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 十数年前、ティファ・アメトンが生まれた頃に始まった二国間の戦争は二年で終了し、三年前に再び勃発、今に至る。物心がついた頃には平和な世の中へ時代が移り変わっていたティファにとって、戦争は歴史書に登場する遥か昔の御伽噺だった。『寂しい思いをする人を無くしたい』思いから、ティファは陸軍に入隊した。

 雪が降る空の下、銀髪で右腕に大きな義手をつけた七歳くらいの少年が目覚めたのは川のほとりだった。何もわからず、不意に聞こえた銃声の大音響に生存本能のまま裸足で数日、不眠不休で走り続ける。銃声が聞こえる度に、逃げなければと足を進めるも木の根に躓き倒れる。体温が奪われていく。

 大陸西側を占める大国ギルトの陸軍第二十三分隊隊長ティファ・アメトンが少年を見て逡巡する。現在敵対関係にある大陸東側の大部分を占める大国アルゲンの人々特有の銀髪だったから。だが、戦場での寂しさと昔の生活を思い出し、少年と自分の妹を重ねたため、連れて行くことを選んだ。

 翌朝、目覚めた少年に「おはよう。私はティファ・アメトン。君は?」円筒形ヒーターを迂回して少年の前に立った。名前も知らない少年に言葉がわからないのかと気づき、だれが言葉も知らない人間に育て上げたのかと思いを馳せる。 ティファは夜通し、少年を守るよう抱き締め続けた。名前も知らない少年の寝顔を見る度に、ここ三年程で刻まれた心の傷が癒える心地がした。

 夜が明け、屈んで通るのが精一杯の出入口から、僅かな光が差し込む。穏やかに上下を続ける白い胸を見て、この華奢な体が命を持っていることに安堵する。毎朝訪れる一瞬が無ければ、自殺していた。

 昨日まで数日を費やして近場の敵兵は一人残らず駆逐したため、比較的安全地帯のはず。先に陣を敷いて正解だったと心の中で思う。

 ギルトの陸、海、空軍、看護も含めて九割九分が男。ティファのように兵士として戦場へ赴く者は稀。たった十人ほどで構成される分隊を指揮する立場にいる者は限りなくゼロに近く、その上誰一人として女の名前はない。

 彼女が率いていた分隊の構成員十人の内、七人が銃撃戦で死亡。瀕死一人を連れて自陣へ帰ろうと試みたが、道半ばで息絶えた。

 現在の第二十三分隊はティファとガラサだけ。他の分隊も生存者は一人か二人。三人だとしても、最低一人は瀕死状態。

 撤退か否か。昨夜、生き残りの分隊長と束ねている小隊長が集まり会議を行った。分隊長は口を揃えて『撤退』を出すも、小隊長だけは『臨戦』と口にした。五日もすれば応援が到着するため戦線を下げるわけにはいかない、と。結局、臨戦が決定。

 ティファは国へ帰り平穏な日々を過ごそうかと何度も考えたが、彼女の中に沈んだ記憶が拒んだ。

 翌朝、ガラサがティファの自陣へやってくる。中に招き入れ、少年を殺そうとするのを「だめだよ。ガラサだって、同じ時期があったでしょ?」と辞めさせる。彼は十数年前の戦争で両親をなくし、ギルトとアルゲンを隔てる樹海に隣接した村で発見。身元特定もできず、運よく入れた孤児の養護施設でガラサと命名された。

 卑怯といった彼に、「別に卑怯じゃないよ。私もガラサも、こういう子を無くすために兵士になったんだから」と答える。

「命令なら俺は殺しませんけど、他の隊の奴に見られたら結局殺されますよ? それに、四日後には応援も来ますし、その間に何処かへ逃がせるかって言われたらそんな場所なんてありませんよね?」

 自分では守りきれない事をわかっているティファは、四日くらいは幸せに生きてほしいというと、彼も手伝うという。「ただし、期限は三日後の夜まで。四日目は応援で来た奴らに見られるかもしれないですし、もしそうなったらそのガキだけじゃなくアメトンさんも俺も殺されます。貴方も、こんな辺境の地で死ぬつもりはありませんよね?」期限が来たら森へ逃がすことをガラサが言い出し、彼にしては珍しく優しいと小さく笑った。

 二日後の朝。雪玉作りをする三人。少年は義手の使い方を覚え始めていた。幸せな時間を終えて戻ろうとすると、少年はアメトンと、ティファの名を呼ぶ。「名前呼んでくれた!」ティファは何度も同じ言葉を連呼しながら少年を天高く掲げて、泥酔したような足取りでクルクルと回った。

 三日目の朝。銃声で目を覚ますティファとガラサ。様子を見に行く柄差は、他の穴から生き残りの同胞が顔を出し、的に引き金を引いている。一人、二人と減っていくも、この前の残党と応援合わせて二十人弱がいる。

 手榴弾の爆発音に少年は起き、「アメトン」をくり返している。抱きしめて慰めるティファ。「耐えられて数分……五分ぐらいかな……」

 その姿にガラサは、今見た光景が愛と呼ぶのだと思い、「逃げてください! 貴方なら、木を遮蔽物にして逃げられます。何のためにそいつのこと守ったんですか! 何のために! ここにいるんですか!」ここでティファを死なせたくない、「『寂しい思いをする人を無くしたい。そのためにここにいるんだ』って。ギルトにいる妹さん、一人にさせていいんですか?」彼の言葉に唇を噛み締め、頭を二度左右に大きく振って立ち上がった。「ガラサ……私を守れ」

 少年をかばいながら銃弾が飛び交う樹海を駆ける。木に身を隠しながら呼吸を整え駆け出すも、右足に直撃し、肩と背中、横腹、足に数発の銃弾が襲う。雪に顔を埋める。

「アメトン……」ティファの下から這い出た少年は彼女を見て何処か寂しそうな声音で名前を呼んだ。無知な少年に行き先を示し、「生きて」と絞り出す。言葉がわかったのかは知らないが、少年は這いながら前進し徐々に立ち上がって駆け出した。「結局、私も同類だったよ……」一言寂しげに呟いたティファの脳天を、銀の弾丸が貫いた。

 何もおぼえていない少年は、真冬の樹海を一人、歩き続けるのだった。


 少年の謎と、主人公に起こるさまざまな出来事の謎が、どのように関わり、視点を変えながら寂しさを感じさせるところが良かった。

 SFっぽいような雰囲気のある、戦場で戦う兵士がみた束の間のやすらぎを少年と少女の視点を変えて描いて見せていくところにこだわりを感じた。


 タイトルの『プロトタイプ・アカナ』が少年の名前なのでは、と考える。ティファたちを銃撃してきた敵アルゲン達は、少年を見つける命令を受けているのだと邪推する。

 ギルトと戦争をしているアルゲンが開発した戦闘兵、それが少年だったのだろう。なんらかの理由で逃げ出し、それを捕まえに来たところ、ティファたちの分隊と交戦になり、ティファが偶然拾ったところなのではないか。

 アルゲン側としては見つけたら連れ帰るけれども、敵側であるギルトの手に渡っていれば殺しても構わない、という命令もあったのではないかしらん。


 冒頭の少年視点は、何が起きているのかを客観的に状況説明をする導入。数日前の出来事を回想するところから、本編がはじまっていく。本編がはじまっても少年視点なのは、読み手に対して、過去回想の中での客観的に状況説明をする必要があるから。

 過去回想内の本編は、ティファ視点の主観になってから。

 アルゲンの残党が現れてからの結末は、ガラサ視点になることで客観的視点からのまとめにっ入っていく。最後ティファの視点なのだけれども、ティファの客観的視点で少年を描いている。

 本作はどこに視点をもって描いているかを見ていくと、文章のカメラワークを考えて作られているのがわかる。一見すると、視点がコロコロ変わって読みにくいと感じるけれども、視点を変えるには意味があり、意味がわかると読み手に伝えようとする工夫が見られて、よく考えて書かれているなと感じた。


 書き出しが「身の丈に合わない右腕の義手が奏でる金属音が、ただただ広がる樹海の夜に静かに鳴り響く」とはじまり、なんだろうと思わせる。アンドロイドみたいな感じなのかなとか、どうして義手なのか、この人は何者なのかなど、いろいろ想像し、興味を惹かれる。

 遠景では、音だけが樹海に響き渡っている。さらに詳しく「夜の静謐が空間を満たし、視界全てに広がる木の幹、葉の間から差し込む月光、梟の不気味な鳴き声だけがこの世界の総てだと錯覚する」とかかれてから、

 近景で「流れる血潮を瞬時に冷却するような真冬の冷たさが容赦なく肌を覆った」義手をつけている人にクローズアップされ、吐息の白さはもう見えなくなり、すっかり体温が下がっていることを感じさせ、重い足を前に動かしては感じることを描いて距離感を表現してから、主人公の心情「少年は、何も覚えていない」が描かれていく。

 こうすることで、どこかから逃げているのか迷子になっているのか、状況は何もわからないけれども読み手は少年に興味を持っていく。そんな書き出しがいい。


 少年は何もわからないところからはじまっている。

 読み手を感動させる一つには、わからないことがわかるようになることが大事。数日前に起きた出来事を回想することで、少年がどうして真冬の樹海を歩いているのかがわかっていく。

 特異な世界の話が描かれているけれども、「物心がついた頃には既に平和な世の中へ時代が移り変わっていたティファにとって、戦争は歴史書に登場する遥か昔の御伽噺のような内容だった。が、その戦争に直接関わったガラサを目の当たりにして噺は現実だと知った」というところから、現実世界で起こっている読み手である自分にも関係があると思えることが書かれていたり、「寂しい思いをする人を無くしたい」思いで行動することは自分にもできる、そういうことも書かれているところなどから、なにかしらの感動を得ることが出来るところがいい。


 各場面を具体的に描いていることで、想像しやすく感情移入できる。起承転結のながれで、5W1Hに五感を交えた表現をしつつ、登場人物の心の声や感情の言葉、表現や動作、声の大きさなどをいれて、緊迫感や穏やかな様子の差を描きつつ伝えているところが良い。

 抱きしめたり話しかけたり、関わり合いを重ねていくことで、ティファの名前であるアメトンを口にする流れも良かった。

 命の奪い合いをしている戦場で、ガラサが二人の姿から愛を見出す展開も、胸に迫るものがある。


 クライマックスへ向かう前の、早朝三人で雪玉を作り、名前を呼ぶなごやかなシーンからクライマックスの銃撃戦のところ、緩急をつけている展開もよかったし、それぞれのシーンの描き方が想像しやすいように書かれえいる。

 それぞれの強い思いが現れるよう、必要な行動や必要な表情から想いをみせるから、読み手の胸を打つ。


 ウィスタリアは色名の一つ。ウイステァリアとも表記。

 JISの色彩規格では「あざやかな青紫」。

 ウィスタリアはマメ科のつる性落植物でフジのこと。春に房のように連なった花を咲かせる。一般に、フジの花のような薄い紫色をさす。和名では藤色と訳される。JISの色彩規格の色味と比較すると、ウィスタリアよりも色が薄い。

 読み手に知識がないと、色名とわからず想像しにくいかもしれない。


 西と東を二分する大国同士が戦うので、国境沿いが戦場になる。

 樹海が国境沿いになっていて、ガラサはその近くの村に住んでいたから攻撃に巻き込まれたのだろう。

 戦争が起きると、戦場となるのはいつも樹海だと思われる。

 つまりティファは最前線にいる。

 まさに、死線上にいる状態。

 どうして彼女は、最前線にいるのかしらん。

 

 妹を残して、『寂しい思いをする人を無くしたい。そのためにここにいるんだ』と、陸軍に入って戦場で寂しく戦い、「結局、私も同類だったよ……」と孤独のなかで死んでいくティファ。

 男がほとんど兵士になる中で、しかも過酷な前線で戦うことになった理由がわからない。

 自ら志願したのだろうけれども、妹を残していくだろうか。親はなんといったのだろう。もし親が兵士として駆り出されて死んでいるのなら、妹は母と一緒なのだろうか。それとも両親ともいないのなら、妹は一人で暮らしていることになる。

 ほかの女子も、同じように戦場に駆り出されているならわからなくもないのだけれども。

 ティファは、「辞めようと決意する度に、そこに生まれた一点の綻びを湧き上がった記憶が的確に突く。何度思ったことか」と何度もやめようと思っている。そのたびに、「どれもたった一つの記憶に一突きされ水泡のように虚しく弾けるだけで、一度も形を保ったままティファの眼前に姿を現さなかった」とあり、何かしらの出来事があったから、いまだに戦場にいる。

 しかも、寂しい想いをする人をなくしたいとおもっている。

 部下になったガラサの話を聞いて、噺が現実だと知ったとあるので、それまでは遠い世界の話だったといいたいのだろう。でも、軍に入るということは、人殺しの戦争をすることなので、入隊は軽いノリだったのかなと思えてしまう。

 ティファは、いい子だったのだろう。こういう子は臆病者であってほしかった。

 

 読後、少年の名前がタイトルなのだろう。少年兵として使うためにアルゲンが義手を取り付けたにちがいない。

 ラストが冒頭に繋がるように書かれている。

 夜、真冬の樹海を彷徨いながら、少年はどこへ行き、どうなってしまうのだろう。それは読者の想像に委ねられている。


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