ほくほくで満たして

ほくほくで満たして

作者 @pianono

https://kakuyomu.jp/works/16817330662321620155


 一人寂しく公園でおにぎりを食べていた西川天音の前に現れた魔女・藤原千尋が、料理する楽しさや一緒に食べる嬉しさを教えてくれた話。


 疑問符感嘆符のあとはひとマスあけるや誤字脱字等は気にしない。

 現代ドラマ。

 実にいい話である。

 思いは受け継がれる。

 読み終わったあと、ほくほくする。


 主人公は、西川天音。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在過去未来の順に書かれている。


 男性神話とメロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。

 主人公のアマネはおサイコロに父をなくし母と二人暮らし。忙しい母が夜ご飯として用意してくれたの、鮭と昆布の入ったおにぎりだけ。そんな制圧が当たり前だったけれど、咀嚼音と時計の秒針音が苦しくて、大きなおにぎりを持って近所の公園にでかけて食べるのが日課になっている。夜だというのに麦わら帽子をかぶり、白いワンピースを着たスラッとした女性がやってきた。ユーレイだと思ったけれど、彼女は魔女だと答える。人生の一大事、ここぞってときにしか魔法は使ってはいけないルールがあるらしい。

 おにぎりを夢中になって食べていると、お腹を鳴らした魔女に気づいて、まだ食べていないおにぎりを差し出すも突き返される。お腹がいっぱいだからという魔女に無理やり渡すと、おにぎりを半分に割って半分を戻してきた。

 おいしいねという魔女に寂しくないか聞かれ、わからないとこたえる。なんか不思議な感じがしないかと聞いてくる魔女。「なんかね、こう、体の中でむくむくしてるというか、いや、ふぁってしてるような……ああなんか違うかも。じーん、かなあ。それともぶぁっ」

といいながら、わかった時よくよく立ち上がり、「ほくほくだよ!」という。しかも、おにぎりがではないという。その答えを知りたいならまた同じ時間に夜ご飯を持って集まろうという。

 翌日、魔女は自分で作ったおかずを持ってやってくる。一緒に食べて、何がほくほくかわかったか聞かれるも、おしゃべりが楽しくてわすれてしまっていた。その後も毎日一緒に御飯を食べ、そのうち自分でも作ってみたいと思うようになっていった。

 八月半ばに差し掛かる月曜日。公園に行くも魔女は現れない。一週間、公園にはこなかった。

 夏休みになってから初めて、一人でおにぎりを食べた。胸にぽっかりと大きな穴が開いたみたいだった。毎日思い出すのは魔女さんの太陽みたいな、私に投げかけてくれていた温かい笑顔だった。

 一週間後、魔女は突然現れた。「約束守れなくて、しかも何日も。今日もお弁当持ってこれなかったし」といいかける魔女にいそがしかったんだよね、魔法で助けてたんでしょと尋ねも、魔女の表情は晴れない。「魔女さんみたいに料理ができたらいいなって、おにぎり作ったの。魔女さんがいつも作ってくれるみたいに上手じゃないし、すっごいおいしいわけじゃないんだけど」

 受け取る魔女。二人で一緒に食べてほしいと言われて、火花がはじめた感覚に陥る。「私、わかったよ! ほくほくするって、こういうことなんだね。ドキドキして、あったかくて。魔女さんと一緒だから、ほくほくするんだよね? あったかいんだよね?」魔女さんは正解という代わりに、何度も何度も首を縦に振り続けた。その顔は、晴れ晴れとした、私が待ち望んだ笑顔だった。

 その日、紹介したい人がいるといってひまわり食堂に連れていかれる。「アマネちゃんと同じように、夜、ひとりでご飯を食べている子たちが集まって、みんなでご飯食べるの。もちろん、お金はいらないよ」

 店でご飯を作っている安藤美津子と紹介される。魔女も昔はよく、お世話になっていたという。魔女は、修行にでてもっと強くなりたいから、一緒にご飯が食べられなくなると答えた。「だからね、私の代わりに一緒にご飯を食べてくれる人たち、一緒にほくほくしてくれる人たちがいるところを教えてあげようと思って。そうしたら、寂しくないでしょ?」

「さみしくないかも。……でもね、魔女さんの代わりにはならないんだよ」また戻って会いに来てくれると聞くと、「もちろんだよっ!絶対、絶対戻ってくるから!アマネちゃんと、もう一回ほくほくするために」魔女はアマネの手を握り、額を押し付けるように言った。

 歳月が流れる。十七歳になった西川天音は、ひまわり食堂でバイトしている。魔女に紹介してもらった後、親に許可をもらい、通った。魔女の味とそっくりで、美津子さんに話を聞くと、私が教えたのよと自慢げに語っていた。以来、料理に興味を持ち、今では調理師学校に通うほどにまでなった。

 ある日の閉店準備中に、美津子さんは改まって切り出した。魔女のお母さんが来て、もう長くないという。「ずっと闘病していたんだけど、なかなか、ね。それで、何が食べたいか聞いたらここの料理が食べたいって言ってくれたみたいなの」「最後に、アマネちゃんに届けてほしいの。私にはお店があるし、それに・・・・・・もう一度、会うんだって言ってたじゃない? このままじゃ」といわれる。

 病室の前の「藤原千尋」という文字を確認し、ノックする。白いワンピースの魔女、もとい千尋がベッドにちょこんと座っていた。昔よりも一回り小さくなってしまったように感じたが、その笑顔は今日も健在。美津子のお弁当を広げ、九年間のあれやこれやを話しているうちに、ぎこちなさがなくなる。調理師のなろうと頑張れたのは、料理する楽しさ、誰かと食べる嬉しさを教えてくれた魔女のおかげ、魔法をかけてくれたからいまの私があると伝えると、「全部、アマネちゃんが最初から持ってたものだよ」という。「でも、それを引き出してくれたのは魔女さんなの。だから、今日はどうしてもお礼を言いたくて」おにぎりを二つ取り出す。一緒に食べて、ほくほくすると笑いあった。

 あの日から、自然とあの公園を覗くのが癖になっていた。あの日腰掛けていたベンチに、幼い少女が座っているのをみつけた。

 奇しくも白のワンピースと麦わら帽子をいに付けている。ためらうことなく進んでいき、少女の前まで来ると、「あなた、ひとりなの?」と尋ねるのだった。


 おにぎりの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎とが絡まりながら、言葉よりも体験を通して、心の寂しさをお腹とともに満たし、読者の心も満たしてほくほくさせるところが素晴らしかった。


 わからないことがわかる、自分にも関係がある、自分でもできそうが書かれていると、なにかしらの感動を覚える。

 本作は三つとも書かれているが、自分にも関係があり、自分でもできそうなことが書かれていると思う。

 読み手の中には、主人公と同じように一人で食事をした経験がある人もいるかもしれない。経験がなくとも、そんな人が目の前にいたら自分に何ができるだろう、と考えるきっかけになるかもしれない。

 ほくほくする食事を、自分もできるかもしれない。

 そう思わせてくれるところからも、本作の良さは伝わってくる。

 

 書き出しの、「すぅ、と息を吸うと鼻いっぱいに夏の香りが広がっていく」の遠景で五感を使って季節を描き、「燦々と降り注いでいた太陽の残り香が、ひんやりとした空気が肌を撫でるのが、あの人のことを、あの日々を思い出させる」の近景で五感を用いながら、昔のことを思い出そうとしているのを伝え、「小二の夏、ひょっこりと現れた1人の魔女のことを」と主人公の心情を深く書いている。

 これからあの人のこと、あの日々のことが語られていくのだと読み手に伝わり、興味もたせてくれている。

 実に良い書き出し。

 ラストには、冒頭と同じ文が書かれており、ここに繋がってくる。

 つまり、本編で語られてきた魔女との思い出は、公園にたどり着いては覗いた時に、ふと懐かしく思い出していた過去回想であったのだ。


 子供がきちんと書けているのが良い。

 とはいっても過去回想なので、大人のアマネが小学二年の自分を思い出して語っているのが本作。だから、難しい漢字表現をつかって、客観的に状況説明できるのだ。

 それでも、子供の回想部分は、漢字を少なめに抑えているように見受けられる。


 子供といっても、小学二年生と小学四年生と小学六年生、おなじ子供でも知識量や行動範囲などが異なるので、その年齢に見合った表現が求められる。

 本作では、小学二年生らしく感じられる書き方がされているのが良かった。

 父を早くになくし、頼れる親戚もなく、母は仕事で夜はいない。そんな孤独でさみしい状況にあるなか、魔女から聞かれたときの回想で、

「その質問にドキリとした。さみしくないなんて、はっきり言うことができなかった。でも、言っちゃいけいない気もしていた。このもやもやしたものを、どう言っていいかわからなかった」

 振り返っていて、小学二年生だと、自分の気持ちを言葉で上手く伝えることは不得手な年齢なので、魔女の返事に「わかんない」と答える子供らしさは、よく描けていていいと思う。

 

「静まり返った部屋が自分の咀嚼音と、秒針がひたすらに時間を刻んでいく音で満ちていくのが苦しくて」という表現が素晴らしい。

 ひとりきりで食事をしている様子を、状況描写で読み手に伝える書き方をしている。

 しかも、視覚ではなく、音で表現しているのがいい。

 匂いや音の記憶は、視覚よりも根深く、記憶の奥深いところに残っているようなものなので、死ぬまで忘れないほど辛く悲しい食事の記憶だということが伝わってくる。


 小学二年なので、行動範囲はたかが知れている。

 おそらく、住んでいるところから五分以内で行けるくらい近いところに公園があったと推察する。

 一人で食事するのが苦しいから、外で食べて紀伊持ちを紛らわそうとれども、夜の公園に行く。夕方だと、まだ誰か人がいるかも知れないので、見られたくないと思ったのかもしれない。


 わからないのが、魔女の千尋である。

 夜の公園に何しに来たのかしらん。

 物語を読むと、主人公は最後、魔女の千尋をおなじことをするので、二人は対になっていると考えられる。

 魔女の千尋も、かつて公園で一人でしょくじをしていたのではないか、と考える。

 そこにひまわり食堂の安藤美津子と出会い、ひまわり食堂に案内されたのではないか、と邪推する。

 そう考えると、魔女の千尋は、懐かしく立ち寄った時にアマネを見かけたのだろうか。

 どうして懐かしくて立ち寄ったのか。当時の千尋は、なんらかの病気を患っていたと考えてみる。

 退院、もしくは一時退院しているときに公園を訪れ、毎夜、二人でご飯を食べていた。でも体調が悪くなって、一週間検査入院をしたのかもしれない。しばらく闘病生活を余儀なくされることとなったので、一週間してアマネに会いに公園へと現れ、かつてお世話になったひまわり食堂を紹介したのではと考える。

 以後、九年間はどう過ごしていたのだろう。

 九年間も入院し続けるのは現実的には考えにくいので、入退院をくり返していたと想像する。きっと、自分の足では出歩けないくらいになっていたから、会いにいくことができなかったのだろう。


 感情移入できるのは、起承転結の流れの中で5W1Hを用い、主人公の心の声や感情の言葉、表情や声の大きさ、五感などを使って想像しやすいように状況を描いているからだ。

 魔女の千尋が持ってきたお重には、「色とりどりのおかずがぎっしりと詰まっていて、お店で食べる料理の何十倍も美味しそうに見えた」とあり、それ以上の具体的な描写はない。

 毎日おかずは違っていただろうから細かく描写をする必要はないし、そもそも過去回想なので、おかずの内容よりも、どんなふうに入っていて、食べた味がどうだったのかに焦点をもっていっているのは、料理をする楽しさと一緒に食べる嬉しさを、魔女の千尋との食事から学んだことを描くため。

 描きたい内容に適した描写がされているところがよかった。


「本当に。最近姿見ないと思ってたんだけど。あら、また痩せた?」と美津子がいっている。たまに顔を出しているらしい。

 また痩せたとは、顔を出すたびに痩せているのか。

「若いんだから必要ないのにねえ」と呆れたようにいっている。

 千尋の病気のことは、この時点では知らなかったと思われる。

 もちろん、アマネを気遣ってはぐらかしたかもしれないけれど。


 千尋が修行に行くからと告げられたとき、「……っ、うん。さみしくないかも。……でもね、魔女さんの代わりにはならないんだよ」と、自分の気持ちをはっきりいえている。

 出会ったときは「わかんない」と、気持ちを伝えられなかった。

 短い間で、成長したのがわかる。

 出会った頃は、まだ怪しい魔女のお姉さんなので、警戒もしていただろうけれども。それだけ千尋の存在が、大きくなったのだ。


 再会した場面では、胸を打たれる。

 千尋とのしばしの別れから九年後、ひまわり食堂でバイトしなあら調理師を目指すべく頑張っている。魔女の千尋が病気で先が長くないと知り、料理を持っていく。しかも自分で作ったおにぎりを手渡し、二人でいただきますをして食べる。

 この時の主人公の強い思いが具体的に書かれていて、「ほくほくする」と、目と声を合わせてにっと笑うのだ。

 よかった、と心底思える。


 そういった回想を経て、日が暮れた時間、夏の公園にきて、あの人とあの頃を思い出す。

 つまり、病室で一緒に千尋とおにぎりを食べてから、歳月が過ぎたのだ。千尋ではなく「あの人」という使い方をしているので、もう亡くなったのだろう。

 亡くなったから、あの人と出会った公園に足を運んでは思い出に浸っていたのだ。

 そこで、かつての自分と同じく一人で座っている女の子をみつける。今度は自分が魔女になる番だと心に決めて声をかけたのだろう。

 

 アマネと出会った時の千尋は、ラストの主人公と同じ年だったと想像する。


 読後感が本当に良い話だった。

 タイトルどおり、読者までもほくほくで満たされる。人の優しさ、思いやりはもちろん、料理の楽しさや、一緒に食べる嬉しさを今一度思い出した。どんなごちそうだったとしても、一人で食べては美味しくない。

 一緒にわけあって、同じものを食べて、美味しいねと笑いあって食べるから、心もお腹も満たされるのだ。

 本当に素敵な良い話だった。

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