第22話 陣屋
〇地下牢と月影
瑞雲らは、老猟師、お袖にひとまずの手当てを施した上で、戸板に乗せて陣屋に運ばせ、お楓も引っ立てた。離れの倒壊に巻き込まれたと思われた庄屋は、夜が明けてから母屋との間の床下で発見されることになる。
三人は、陣屋の地下牢に入れられた。
「もう身動きもとれますまい。明日からじっくり聞かせてもらう」
牢番と梅本に燭台を持たせ、瑞雲は、塩田に三人を見せた。
「なんじゃ、庄屋の奉公人の小娘ではないか。なぜあのような大怪我をしておる」
「なに、もう使い道のない娘。片付いて幸いでござる。このまま捨て置けば事切れましょう。山猟師もことが片付けば始末をつけねばなりません。この者が、刺したことにしておきましょう」
「お主、そこまで容赦ないとはのう」
塩田は、口の端をゆがめてちらりと梅本を見た。梅本は、ただ俯いて燭台を牢内に向けるだけだった。
「全ては、大義のためでござる。それ」
瑞雲は、顎で牢番に合図した。牢番は脇に寄り、燭台を階段に向けた。瑞雲も脇に寄り、恭しく塩田に頭を下げる。塩田を先頭に全員が地下牢から出ていった。
しんとした地下牢には、階段の一部分にだけ月明かりが差し込んでいた。石壁はじっとりと水分を含み、二寸角の格子がはめられている。声を殺して嗚咽するお楓の息と時折漏れる声だけが聞こえた。
〇洞察と弱点
瑞雲は、塩田の前でも遠慮なく握り箸で左手を動かし、がつがつと飯を食った。陣屋の庭には、篝火が焚かれ、手付の四人や下役人も見張りについていた。
塩田は、瑞雲に振り回されつつあることに危機感が湧いていた。
「して、どれ程のことが判明したのか、まだ聞いておらんが」
「これは失礼致しました。こちらをご覧下さいませ」
瑞雲は、左手に持った箸を置き、その手を右の懐に入れると、懐紙に挟んだものを塩田の前に置いた。
「これは」
「今日私の右手を貫き、足に刺さった『銛』でございます」
塩田は、十寸の銛を手に取り、珍し気に眺めた。
「その柿渋色にも似た色合い、鈍い光沢、一切の曲がりのない精巧な作り。野鍛冶が作るものとは全くの別物。切っ先は、鋭さに加え、その部分にのみ何か別の重みのあるものが使われおりまする。正直のところ、このようなもの、全く当家にも知られておりません」
「うむ、わしもこんなものは初めてじゃ」
「また山猟師が、『逃げよ、まそ』と申しておりましたが、能に使う面に十寸の面と書いて『十寸面』と言うものがあり、人の顔が十寸あるところからついたものでしょうが、ちょうどこの銛も十寸。この銛を空高くから撃った者自体を、そう呼んでいるのでしょう」
「な、なんと」
「ごく小さな足跡を庄屋の離れの欄間や山猟師の家でも確認致しました。この里には、一寸法師ならぬ十寸法師がおりまする」
「誠か。なんと奇怪な」
塩田は、酒に伸ばした手を止めて、膝のあたりを強く握った。
「今一人、離れを潰した者がおります。調べさせたところ、百貫以上の石を落とした者がいたのです。この者は、十寸より更に高き空を飛ぶのです」
塩田は、言葉を失った。それは入らずの山で瑞雲が持った恐怖感と同じものだった。これまで無警戒だった真上からの攻撃への恐怖だった。塩田はつい天井を見上げた。
瑞雲は、そんな塩田に冷酷な薄笑いを返した。
「塩田様。大空から、我が手の甲と足を結ぶ一点を貫くとは、どれほどの腕前なのでしょうか。また、それほどの腕の者が、何故私に止めを刺さなかったのでしょうか」
「な、何が言いたい」
塩田は、じれた。
「もし、一本目の銛で私の脳天を貫けば、片付いたのでしょうが、それでは山猟師が我が懐刀で突かれていたのです。十寸は、私を『殺す』のではなく、『山猟師を守る』という目的でこの銛を放ったのでしょう。そして……」
「そして?」
「二本目は持っていなかったのです。石も一度降らせたきり。二の矢がなければ防ぎようもあるというもの」
「たった一度の会敵でそこまで見破るとは。大したものだ」
塩田は、つい正直に瑞雲の慧眼を称えた。瑞雲は少し誇らしげな顔をして目を逸らし、
「恐れ入りまする。勝つ算段はこれからでございます」と言った。
塩田は、今の瑞雲の表情から瑞雲の弱点を見抜いた。この男は自尊心をくすぐられるのがこの上なく心地よいのだ。煽ってやればいいように操ることも可能だと考えた。
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