第20話 見せしめ

〇瑞雲の姦計 

 庄屋は、代掻きの指図に数名の里の者を集めて話していた。そこにお袖が駆け込んでくる。

「なんじゃなんじゃ、行儀の悪い。今は大事な代掻きの段取りを……」と、庄屋が言う言葉に被せてお袖は、

「ず、瑞雲様が、お楓さまは明朝お連れするようにて、言われてます!」と告げた。庄屋は顔色を変えた。あと一日あるはずがどうしたことか。

 お袖は、わざと家族以外がいるところに駆け込んで大声でこれを伝えるよう命じられていた。お袖は後ろめたい気持ちでいっぱいになりながら、

「女将さんにも言うてきます」と、厨へと飛び出していった。集められた里の者もざわざわとする。

 母屋のざわつきを聞きながら、瑞雲はニヤリと笑った。

 噂はすぐ里中に広まった。これまで老猟師を頑固な迷惑な者と思っていた里の者も多く、庄屋家族に罰が及ぶことに憤りを持って山狩りを申し出る者が続出した。

 瑞雲は、日暮れに改めてお袖を呼んだ。しばらく何かを話していたが、庄屋を離れに呼びに行くよう言いつけた。おろおろとやってきた庄屋に、瑞雲は、

「里の者が自ら山狩りに行くなら、塩田様もお見逃し下さろう。庄屋殿自ら山に入り、山猟師に呼び掛けてはいかがか」と揺さぶりかけた。

「わ、私が山などへいってもとんだ足手まといで」

「ほう、山狩りの間は、伊藤様のお屋敷へのご挨拶(娘を行儀見習いに連れていくこと)もご猶予となり、そのまま山猟師捕縛に至れば、御吟味もあり、奉公も見直しと思うたが……」

 庄屋は、一筋の汗をかいた。自分が先導して山狩りを行うなどということが、お楓の奉公を防ぐことになるかも知れないのだ。しかし、瑞雲の言いなりになることはすなわち、里の者を山狩りなどに出さぬという代官所との約束や、代官、塩田の押しつけがましい好意を無下にすることになる。

 庄屋が、答えに窮しその場で小さくなっていると、

「実はもう一つ、ことを進める思い付きがあってのう。一層決めやすからん」

 庄屋が不安気な顔を浮かべる。瑞雲は、手を鳴らしてお袖を呼び、踏み台を持って来させた。隣りの間との襖の下に踏み台を置かせる。

「それ、登って欄間の隅の隙間を見てみよ」

 要領を得ない顔の庄屋を急き立てて踏み台を登らせると、庄屋が「あっ」いう声を上げた。そこには、十寸がつけたであろう足跡がてんてんと欄間の隙間を越えていたのだ。

「この部屋は、先だってお主の娘が病で臥せった折、お袖が、生首をみたところ。生首には足があったかのう、欄間を伝とうて逃げたかのう!」

 瑞雲が、強い目で睨む。庄屋はおろおろと目を落とし、その場に崩れるように座り込んだ。ただ、庄屋は、まだ自分は知らぬことと言い逃れる道が残されているように思ってもいた。

「そうか、すぐには思い出せんと申すか……」と、瑞雲は言うと、そばにぼおっと立っていたお袖の襟を掴んで、強く引き寄せた。

「ひっ、ひぇ」「な、何をなさいますので」

 瑞雲は、お袖の頬を手のひらで一発叩くと、左腕を掴んでねじ伏せた。うつ伏せにお袖を倒し、背中側の肩関節に膝を押し当て、体重をかけた。

「ぎゃ」

 お袖は、小さく叫び声をあげた。もう涙がにじんでいる。

「小娘のくせにたばかったな!何が生首じゃ。たとえ小さくとも足があり、足跡が残っておるわ。それ、本当のことを申せ!」

 瑞雲は、さらにお袖の腕を軽くねじる。また体重をかけているため、お袖ほどの少女では声も出せぬくらいの苦しみがあった。

「ご、ご勘弁を願います。子供のことでございます。そんな手荒い真似をなさらんでも」

 言うまでもなく、瑞雲のお袖への折檻は、庄屋に見せるためである。自分の娘も同様の目に合うぞと脅しているのだ。

「えい!うるさい。もとはと言えば、お主らが潔く白状せんから起こったこと!それどうだ!」

「ぎゃ、ぎゃ!み、見てまへん、見てまへん!け、けど、だ、旦那さまあがあ、お人形の着物、作らして渡してはったってぇ」

「誰に作らせたのだ!」

「お楓さま、お楓さまでぇございますぅ」

 瑞雲は、ここまで白状させて手を緩め膝を外した。お袖はそのまま痛みと痺れで蹲ったままになった。

「お主は、山猟師の人形のことを知った上で、ここまで黙っていたことになるのう。観念して申せ。申さねば、ここに娘が転がることになろう」

 庄屋は、震えあがり、崩れるように平伏した。

「お、恐れ入りました……。ど、どうか娘だけはお見逃し下さいませ」

 庄屋は、瑞雲に問われるままに、初めて老猟師の家で十寸を見た時から、娘の病気が快癒するまでのことを話した。そして、

「ある時、八太夫が『山を下りたい』と相談に来たことがおました。『十寸はどこかへ行ってもうた。わしはもう目も利かん、足も利かん。どんなことでもするけぇ、里に置いてくれえ』言うて。わ、わしはそれであの小人の子どもも縁が切れたっちゅうて思うてました」

 瑞雲は、膝を震わせてその話を聞いた。「十寸」という名前や、「前に旅の行者が見えられて、言うてられました」とは、まさに兄景雲から知ったことに間違いなかった。


 瑞雲は、懐から手縄を取り出し、庄屋を縛った。領民の勝手な捕縛は以前にも塩田から戒められていた。だが、この屋敷の中で内々に取り調べるのであればという考えだった。瑞雲は後ろ手に縛った上で、手拭いを口に突っ込み猿ぐつわをかませた。また、後ろ手に縛った上から正座させ、両足首も縛り逃げられないようにした。瑞雲は、更に目隠しをすると、

「証言がすべて揃えばすぐほどいてやる。大人しくしておれ」と言い、お袖に向かって笑顔で口の前で人差し指を立て、

「静かにせよ」と、合図をした。

 お袖は、強い責めを受け、庄屋の縛られた姿を見て、恐怖に体がすくんでいた。だが、もう年若い少女の心に付け込んだ瑞雲を信じずにはおられないように操られてたのだ。

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