第18話 糸口

〇一尺銛の吟味

 瑞雲は離れに通され、持ち込んだ荷物の片づけはお袖が命じられた。塩田は、「二、三日でな」と言い残して庄屋を後にした。瑞雲と共に庄屋を訪れた四人の手付は、一言、二言交わすと出ていった。

 離れでは、妻を楓のもとに残した庄屋が、改めて瑞雲と挨拶を交わしている。

「この農事繁多の時、里より逃散した者の探索は我らがお引き受け申す。庄屋殿には、里の長として精進していただきたいものだ。そのためにも、色々思い出せることもあろう?」

 瑞雲の思わせぶりな言い様の狙いは、老猟師と十寸のことに間違いなかった。楓も十寸の着物を拵えたり病床の時とはいえ、会ってもいる。奉公に上がれば、どこで話してしまうかわからない。この三日のうちにこの事態をかわす妙案など浮かびようがなかった。

 その時、野鍛冶の勘助が庭に現れた。先夜以来、庄屋の納屋に泊まり込んでいる。

「ご注文の一尺の銛、こちらでございます」

 勘助は、縁に布を広げ、うちあげた一尺の銛を五本並べた。庄屋も覗き込む。

「ほう。これに見覚えは?」と、瑞雲は一本を手にとり、庄屋に訊いた。

「いや、こんなものは…、見たことおまへん」

 庄屋は答えながらも、初めて十寸を見た時に老猟師が言った、

「わしの体をつとうて、矢に身を移して自分が飛んだと」という言葉がよぎった。

 瑞雲は、懐の手拭いの端を噛むと細かく引き裂き、銛末の環に通すと、庭木をめがけてその銛を投げた。

「カッ」と小さな音を立てて、銛は刺さった。瑞雲は、庭に降り、銛を抜き、首を傾げた。

「お守りとちゃいまんのか」と、勘助が訊く。

「何を馬鹿な。こんなもの、刺さっても銛の頭が入るだけ。獲物が暴れればそれまで。もっと強い力、重い自重で貫かなくてはなるまい。庄屋殿、厨の者、獲物を捌いておる者をお呼び下され」

「は、はあ。おい、おい、誰かおらんか」と、庄屋は少し座を外すと、女将を連れて戻った。

「山猟師が納めた獲物で気づいたことがあれば聞かせてもらいたい。例えば、どんなもので仕留められていたか」

「はぁ……」と女将は、しばらく記憶をたぐっていたが、

「そういえば、獣でも魚でも、かならず頭を射抜いてはって、見事なもんやなぁて言うておりました」

「かならず頭を射抜くとは。もう少し詳しくお願いする」

「へぇ、大抵頭の真上から顎の下に射抜かれて、へぇ。魚は釣るもんやろうにこれは銛打ちやろなぁ言うてました」

「銛!け、獣もか!」

「は、はあ……、猪や兎、あ、山鳥は、両羽の付け根の間から胸に向けて……」

「なんと……」

 瑞雲は、この銛が獲物の真上から撃たれていることまではわかった。獣であれば、崖の上などから撃てるかも知れない。ただ、それは割の合わない待ち伏せに思えた。しかも、貫通させるなら、長い柄を取り付けなくてはならない。また、山鳥はさらに無理ではないか。そこまで考えて、瑞雲は、入らずの山で見つけた弾痕を思い出した。

「鍛冶屋!ついて参れ!」

「へ、へえ!」


 二人が慌ただしく出てゆき、急場をしのいだ庄屋は、がっくりと肩を落とし、溜め息をついた。


〇山の穿ち跡

「ま、待っとくなはれ、そやしこんな気味悪い山、勘弁しとくんなはれや」

 駆け上がる瑞雲を見失うまいと、勘助がひいひい言いながら走ってくる。

 瑞雲は、まず松の前の弾痕を確認した。かがみこんで勘助が鋳た銛を穴に差し込む。銛は、ほぼ完全に埋まった。瑞雲は、小さな唸り声をあげて、腕組みをした。

「う、うぅむ、一体どれほどの力で撃てば、こうなる……、鍛冶屋、どう思う?」

「へ、へえ!うぇ、この深さよっぽど強う……釘打ちしたんちゃいま……。あ!」

 勘助は、指先で銛尻をつまみ、ずるずると引っ張り出した。

「こ、こりゃ旦那、もっと太いもんででけた穴でっせ。ほれこの銛やったらずぼずぼや」

「おお! ではこちらは」と瑞雲は、少し上の欠けた岩に向かった。

「あ、これでっか。あ、これもや。ほら穿った筋ついてますわ」と、勘助が指さす先には、勘助の無骨な人差し指ほどの太さの跡が残っている。この銛が来た方向は、ほぼ真上を向いていた。

 瑞雲と勘助は、思わず真上を見上げた。青空だけが広がり、鳥の声も遠く、しんとしている。上空を雲が流れていく。

「真上は…、隙だらけ……」

 ふいにそんな言葉が口からこぼれ、恐怖感が全身を貫く。剣の修行で天賦の才を発揮し、剣の腕では家中一、若き天才と言われた自分が、生まれてこれまで頭上には意識を置くことがなく、隙だらけだったことに気づいたのだ。

 思わず瑞雲は、松の下に逃げ込んだ。頭頂部を貫かれた獣が思い浮かぶ。尾根筋に強い風が吹き上がり、枯葉が巻き上がる。木々の枝がざわざわと鳴り騒いだ。木洩れ日に目をしばつかせながら空を見上げ、また周囲を見渡す。

「なにしてますねん」

 振り向くと、勘助が陽だまりに無防備に突っ立っていた。瑞雲は、額に湧いた冷たい汗を拭うと、大きなため息をつき、立ち上がった。

「これは、是が非でも直接山猟師の口から聞き出さねばならんようだな」

 瑞雲の独り言に、勘助が返す。

「けど山猟師はん、雲隠れしてもうてまっせ」

「ふん、今、糸口は庄屋のみ。庄屋一家を見殺しにして自分だけが生き残りたいかのう。それに、庄屋ももう喋りたくなっているかも知れんぞ」


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