第20話 激昂のリリー

 メーナは陽気に賑わう商店街を迂回して人通りが少ない裏道を速足ですり抜けて行く。店と店の間をジグザクと進む。遠巻きから見える赤サンタは眩しくて手に届かない存在に感じた。


「あの、ホントに大丈夫ですか?」


 後から付いてくる月姫はメーナの顔色が悪い事に気が付いて声をかけた。


「別に‥」

「そうですか‥ホント、何かできる事があったら言ってください。私こう見えて強いんですよ!」

「だったら、オヤジ、力ずくで連れってよ‥」

「え?そ‥れは‥」

「リリーも強いよ!」

「へ~そう。でも子供は危ないからね‥」


 メーナはリリーの頭を撫でようとしたが躊躇ためらい手を引っ込めた。その様子をリリーは首をかしげて不思議そうに見つめる。

 更に細い裏路地へ入って行くと町を出た。暫く湖畔をなぞるように歩くと、人混みは消えて景色は一変して空気が重くなってくる。湿った空気と悪臭が一同を包んだ。思わず、月姫とリリーは鼻を抑えた。そこは夢の国への入り口だった。

 次第にポツポツと煙突がない洋風の家が一同を出迎えてくれた。家の中から夫婦が罵り合う声が飛んでくる。聞くに堪えない奇声にリリーは耳を塞いで目をつぶった。


「ここが黒サンタが住む町。糞みたいな町へようこそ。聞くに堪えない気持ち悪さだろ?こんなの毎日聞いてるから私にとっては子守歌替わりだよ。笑えるよね。で、私はこの町の子供で~す」


 卑屈に笑うメーナの口元が歪む。目は笑っていなかった。その目の奥にある灯は消えかけていた。それでも、現実に負けないように歯を食いしばって、地面を見た。歩き続けるとメーナの足は、一際小さいボロボロの家の前で止まった。


「ここ、私ん家」

「‥ここ、ですか?」

「うわっ、汚い!」

「こら、リリーだめでしょ!」

「いいよ。別に‥ホントだし」

「すみません。リリー謝りなさい!」

「‥ごめんなさい。でもね!ヴェルとリリーお家ないよ」

「そう」

「うん。家なくてもヴェルさえいてくれたらリリー幸せ!」

「いいね。それ。そう言い切れるって。羨ましい‥」


 その中に私はいない。月姫は精一杯の笑顔で誤魔化した。


「オヤジ、多分、家の中にいるから好きにしていいよ」

「平和的に解決しますのでそんな顔しないで下さい」


 ――そんな顔?今私どんな顔したんだろう?


 月姫は玄関をノックしてみるが返事がなかった。もう一度ノックするが返事は帰ってこなかった。


「いませんね?」

「そんなはずないよ。アイツいろんな言い訳しては仕事さぼって家に入り浸ってるだから!」


 メーナは玄関に手をかけて開けた。建付けの悪い木造の扉はギギギと鈍い音がした。その先にある景色にメーナは絶望した。

 クォンがフランを殴っていた。今まで口汚く家族を罵ることはあったが、手は出さなかった。しかし、クォンは最後の一線を越えてしまったのだ。


「お前!何やっ‥」


 メーナが怒る前にリリーが飛び出してクォンを殴った。

 リリーの怒りの沸点が一気に爆発した。

 クォンは声を上げて地面を転がった。


「なにしやがる!お前誰だ!」

「ちょっと!リリー何やってるんですか!」

「許せない!絶対に許せない!ママをイジメるヤツは許さない!ママは大切にしなきゃ駄目なんだから!」


 リリーは風を拳に集めて飛び出した。クォンはリリーの気迫に腰が引けてか細い悲鳴を上げてしまった。


「ひっ!」

「止めて!」


 メーナは両手を広げてリリーの前に立った。‥いや、立っていた。

 自分でも驚いていた。まさか、こんな父親を庇うななんて信じられない。反吐がでる。

 なのに‥でも‥見てられなかった。これ以上無様な父は見たくない。


「ご、ご、ご、ゴメン。やっぱさっきの話、なしって事で!」


 メーナは動揺していた。目の前の少女は自分よりずっと年下なのに凄まじい気迫に圧倒された。体に芯まで圧迫されて思わず、たじろぎそうになった。


「なんで?コイツ悪いヤツだよ?」

「ホントゴメン!やっぱ違う!自分の問題に他人を巻き込むなんて卑怯だった。ホント、自分がやらなきゃいけないのに‥ゴメン」

「な、なんだ、このガキ!ふざけやがって!」

「ちょっと、やめなよ!あんた!」

「うるせぇ!」


 クォンはまた、フランを殴った。


「‥オヤジ!お前何やってんだ!」

「やっぱり、悪いヤツじゃん!」

 

 リリーは風を操り自身の体を飛ばしてクォンに殴りかかった。でっぷりと太った腹にリリーの拳がめり込むと衝撃でぼろい木造の壁をぶち破って外に吹き飛んだ。


「リリーやりすぎです!」

「やりすぎじゃないもん!当然の報いだよ!」


 メーナは頬を打たれて泣いているフランに駆け寄った。


「ママ大丈夫?」

「大丈夫、だけど‥なんか変よ。アンタが出てってからクォンの様子がおかしいの!」

「いって~な!これだからガキは嫌いなんだ!」


 瓦礫をどかして立ち上がるクォンの目は太陽の様に燃え上がり光輝いた。 

 

「何?あの目!オヤジ‥大丈夫なの?」

「ガキは自分勝手で大人の苦労なんて考えもしない!もういっそサンタなんてなくなればいいんだ!そうだよ!夜がなくなればサンタもなくなる!あ~そうか!なくなればいいんだ!そうなれば赤も黒も関係ねえよな!」


 クォンの自慢の髭と眉毛は赤い炎となって燃え上がる。

 クォン専用のトナカイも体が大きくなっていく。

 角は鋭利な刃物になって、足からは青い炎が燃える。

 安物で使い古されたソリは鋼鉄となった。トナカイの目は赤く光り出した。


 

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太陽のヒト 森田 実 @moritaminoru

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