第19話 サンタの国
クォンは手綱を引いてトナカイを走らせる。行先は星空に一際輝く一番星、北極星だった。
北極星を中心に天体はクルクル回る。回転はどんどん速くなって大きな光がクォンを包んだ。暖かな光の道を通り抜けると、そこは赤サンタと黒サンタが住む世界が広がっていた。
湖を囲む山々。その湖の中心には天にも届く巨大な杉の木がそそり立つ。湖の畔には野生のトナカイが放し飼いされていて空を飛び回っていた。
杉の木には、グルグルに巻かれた赤、白、緑のイリュミネーションはチカチカと点滅していた。景色が映りこむ艶のある金色のベルは心を躍らせる音色を奏でて耳の奥にまで響く。
夜空には綿飴みたいな雪雲が溢れフワフワと雪が降ってくる。それなのに気温は寒くはなかった。寧ろ、暖かいくらいで、時々、涼しい風が吹いてくる。
夜空には定期的に花火が打ち上がり、火花は天に向かって弾けた。弾けた火花は夜空を駆け巡り天の川となって天体を流れていく。
三本の煙突が付いている家の窓から見える父の赤サンタと母と子は皆ふくよかな体付きで家族仲良くタンドリーチキンを囲ってパーティーを楽しんでいた。
因みにサンタには階級があり、三本煙突が最高位で下がる毎に、二本煙突、一本煙突となり、それはそのまま住む家にも反映される。
三本煙突の家は巨大な杉の木が一望出来る山の山頂で国一番の立地に住める。二本煙突はその下、山の斜面に居を構える。一本煙突は杉の木の根元で湖の近くになる。一見、一本煙突の方が立地条件が良いように見えるが湖畔はトナカイが放し飼いされている為、糞尿の悪臭や騒音に悩まされる事がある。
一方で黒サンタ達の家は湖畔の一画にありどんよりと暗い気に満ちていた。赤サンタ達はこの一画を皮肉を込めて『夢の国』と呼んでいる。
黒サンタの階級は無煙突と言う。字の如く、家には煙突はない。
黒サンタの仕事はプレゼントの配送以外にも、湖の湖畔の清掃も含まれる。毎日、トナカイが垂れ流す糞尿を片付けるのも黒サンタの仕事だ。
それを誇りに思う者もいるが、大抵は夫婦喧嘩の種となる。其の為、そこかしこと聞くに堪えない男女の金切り声が響いて喧嘩が絶えない。
そんな生活にもすっかり慣れたクォンは、自宅の脇にある飼育小屋にトナカイを入れる。
そして、一息ついてから玄関を開けると茶髪の少女と目が合う。少女はキッと鋭い目つきでクォンを睨んできた。少女の冷たい視線はナイフとなってクォンの心臓に飛んでくる。心臓を深く抉られたクォンは反射的に睨み返した。
「早くない?仕事したら?」
「ホントにね。あんた、もしかしてまた、さぼったの?」
妻のフランはクォンを冷たく見下した。
「只でさえ、サンタは働く日が少ないのにこれ以上減らされたら私達ご飯食べれないじゃない。どうするつもりなの!」
「うるさい!だったら、貴様等で配ってこい!」
「馬鹿言わないでよ!女はライセンス発行されないの知ってるでしょ!私が配れるならとっくにやってるわよ!このろくでない!」
「マジ、最低なんだけど‥働けよ!クズ‥いつまで糞拾いさせるつもりだよ!」
「黙れ!儂が貴様等の食いぶちを稼いでるんだ!文句言うな!」
「だからさ~そうやって上から目線で押さえつけんのやめてくれる?器ちぃさ!」
「親に向かってなんだその言いぐさは!」
「別にお前を親と思ったことねえよ!」
「メーナ!貴様、親に向かって!」
クォンは拳を振り上げ強く握って振り下ろした。‥が、メーナの手前で拳が止まった。
クォンの拳は震えていた。メーナはクォンの拳を払いのけ涙を拭きながら家を飛び出した。
「ちょっと、メーナ!どこ行くの?」
フランは玄関を出たが、すでにメーナの姿はなかった。
クォンは背中を丸くしてその場から動かなかった。
メーナはイリュミネーションがキラキラと輝く商店街をトボトボと歩いた。
周囲の親子から会話は聞こえてくる。
「ねえ~ママ、あの人臭くない?」
「シッ!そんな事言ってはいけません!」
母親はメーナに謝ってから逃げるように速足で去っていった。思春期のメーナは子供の一言にショックを受けて、自身の服の匂いを嗅いで人込みを避けた。自然と目線は下に落ちて端っこを歩くようになった。
心は次第に冷たく凍っていくが、メーナのお腹がグ~と鳴った。
そういえば夕食を食べてなかった事に気づいたが、今戻るのはカッコ悪いので暫くブラブラと歩いた。
すると向かいから、赤い髪の少女と角を生やした黒髪の女性が手を繋いで歩いてくる。サンタの国の住人は皆、白髪だから他所からくる観光客はすぐ解る。
因みにメーナも脱色すると白髪になるのだが、父親との軋轢で茶髪にしている。とは言え、茶髪にしているのはメーナだけで他の住人は皆、白髪を好んで着色はしない。
「月姫~この町って明るいね!あっ!あそこの屋台でチキンが売ってる!食べよう?」
「リリー少し我慢して、今はクォンさんを探さないと」
「う”~我慢、我慢!もう黒サンタさんどこ?お腹減った!」
「困りましたね。見失いました」
メーナは、変な二人に関わらない様に横切ろうとしたが、会話の内容に父の名前が聞こえてきたので、思わず止まって声をかけてしまった。
「何?クォンは私の父だけどなんか用なの?」
「え!本当ですか!助かりました。実は‥」
月姫はこれまでの事情を説明するとメーナは深いため息と怒りが込み上げてきた。
「いいよ。案内する。とっととクソおやじ連れてってよ。邪魔なんだよ。アイツ」
「そんな、お父様の事をアイツなんて、そんな寂しい事言わないでください」
「そうだよ。リリーのヴェルは優しくて強いお父さんなんだよ!」
「そう‥」
メーナはリリーを見て微笑んだ。
「何か困ってる事があれば私が話相手になりますよ?」
「別にアンタ等に関係ないよ」
月姫はメーナを抱き締めた。
「ちょっ、何?離して!私、臭いから!」
「ごめんなさい。今出来る事はこんな事しか‥そんなに自分を傷つけないで。どうか、自分を大切にしてください」
「あ~ズルい!リリーも~」
リリーも一緒に抱き着いてきた。メーナは抵抗するが月姫の力が思いのほか強くがっちりと捕まって解けなかった。
「ちょっとホント止めて!恥ずかしいって‥」
必死に抵抗するが次第に抵抗するのをやめた。
体の緊張が解けて月姫の体温から昔の父の温もりを思い出していた。
――そういえば、小さい頃はよく遊んでくれたっけ。追いかけっこしたり、肩車してくれたり、砂場で一緒に遊んだな~。いつからこうなったんだろ?昔みたいに戻れないのかな?あ~あ、涙も出てこないや。
月姫はメーナの頭を撫でると内から何かが込み上げてきてメーナの目頭が熱くなってきた。
メーナは泣かないように必死に月姫の和服を握りしめて我慢した。
「も、もう、大丈夫だから!だから離して!」
メーナは月姫を押して離れた。
「すみません。私ったら思わず‥」
「別に‥いいよ。その‥案内するからついてきて」
「はい。ありがとうございます」
「よかったね。月姫!」
「ええ、助かりました。早く戻ってヴェル様と合流しましょう」
「うん!」
「ただ、少し離れて‥私匂うから‥さ」
「あ、はい。わかりました。さあ、リリー行きましょう」
「うん!」
リリーは月姫と手を繋いでブランコの様に揺らした。
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