神域怪異録

あおいの人

第1話 巡る縁と因果

子供の頃、生きる理由を考えていたことがある。別にふざけてたわけでもなく、ただただ真剣に。自分はこの世界で何ができるのか。何を為せるのか。そこに生きる理由があると信じで僕は考え、探し続けていた。答えはなかなか見つからなかったが、いつか見つかると、幼かった僕は信じていた。

確か数年前。僕は答えを見つけた。生きる意味なんてない。僕の見つけた答えは随分残酷で、簡単なものだった。

何を為そうと、何ができようと。結局この世界に生きる意味なんてなにもないんだと気づいた。


時刻は午後1時過ぎ。コンビニ横の喫煙所でタバコを吸っていた。

横では同い年くらいの数人のグループが、ワイワイと楽しそうに話していた。

「...ふぅ。」

口から紫煙をゆっくりと吐き出す。

別にたばこはおいしくないが、この動作をしていると心が自然と落ち着く。

ふと持っていたタバコに重みがかかる。たばこに目を向けるとシミができてた。

「うわ...」

おそらく汗が伝って落ちたのだろう。

季節は夏の9月1日。秋と呼ばれ始める季節のはずだが、空には雲一つなく、太陽がじりじりと地面と僕を焼いてくる。無駄に鬱陶しい季節だ。風でも吹けばと思うが、暑い風が吹いたって涼しくはならないだろう。

結論、夏は家から出ないのが最も賢い選択だ。

だが大学もあり、喫煙者である自分にそんな選択肢はない。

根元まで火が迫ったたばこを灰皿に放り込み、二本目に火を付ける。

煙を深く吸い込み吐き出す。

「...!ごほっごほっ!」

煙が変な所に入り、盛大に咽る。どれだけ吸いなれていても、こういうことは起きるものだ。しかも、軽く咽る分にはいいが、こういう時は大体、異常なほど咽るものだ。

咳の衝撃でたばこが手から落ちる。

「あぁ、クソ。」

急いでタバコを拾おうとする。勿体ないことをした。たばこが馬鹿みたいに高い現代において、一本の価値は計り知れないほど高い。

「...え」

その時、違和感に気づいた。


地面に落ちたはずのたばこがない。それも一つの違和感だろう。たがそれ以上の違和感が視界に映った。草、石。地面が都会ではあまり見ない自然のものだった。そして視界の端に映る、高めの草や木の幹。僕は顔をあげ、周りを見る。

「は?」

森だった。先ほどまでコンビニの喫煙所にいたはずなのに、周りには木々が生い茂っており、騒がしかった大学生らしきグループはどこにもいなかった。

「えーっと...」

僕は自然と頬をつねる。痛い。それはそうだ。寝てるわけがない。今日は朝起きて一限だけを受けにわざわざ大学に行ったのだ。最悪の目覚めだった記憶がある。

でも僕はこの現象に説明をつけることができない。都会のコンビニにいたのに、気付いたら森にいたなんて事、説明できるわけがない。

僕は思い出したように深呼吸をする。落ち着け、まず状況を把握しろ。

焦ったって現状は変わらない。

「...ふぅ。」

ゆっくりと周りを見る。とある建物を見つけた。こんな森には不釣り合いな鮮明で比較的綺麗な赤色の鳥居と、鳥居とは対照に古びた神社。

壁はところどころ穴が開いており、今にも崩れそうだ。

よく目を凝らすと神社の扉の部分が開いている。

僕は自然と神社に歩みを進める。思考がまとまらない。鳥居をくぐり、神社の前に立つ。賽銭箱はクモの巣が張っていて、鈴緒は地面に落ちていた。

扉の奥はうっすらと見える気がするが、よく見えない。

僕はゆっくりとその扉に足を進める。きっと夏の暑さに浮かされていたんだと思う。

普段の僕ならきっとこんなことはしない。でも僕は少しの好奇心と、不思議な感情に突き動かされ、神社の扉をくぐった。



ガタン。

振り返ると、先ほど入ってきた扉が閉まっていた。

近づき開けようとするが、ビクともしない。

「しくったな。」

こうなると先に進むしかない。だが、外から見たとき、壁はボロボロだったはずだ。

最悪、壁を壊せば出ることはできるだろうが、神社でそういったことは出来ればしたくはない。

「...今だけでも十分罰当たりか。」

僕はスマホのライトをつける。中は思ったより綺麗でひんやりとしていた。

「出れればいいけど。」

僕は少しの不安とともに歩みを進めた。


歩き始めて数十分。違和感を感じ始めた。長い。建物の規模的に数十分も直進できるほど大きくないはずだ。別に地下に進んでる感じもしない。周りを見るが変化はなく

木製の壁と通路が奥まで広がっているだけだ。

「...やめとけばよかった。」

ぶつくさ文句を言いながら歩みを進める。扉が閉まっているなら進むしかない。

もし行き止まりならと少し考えてしまったが、すぐに考えるのをやめた。

再び歩いて数分。奥にほんのりと明かりが見えた。

「出口か...?」

歩みが少し早くなる。時間としてはさほど経っていないが、暗く変化のない道を歩き続けるのは精神的に来るものだ。

通路を抜けるとかなり広い空間についた。だが周りを見渡すことはしなかった。

鳥居。赤く、綺麗で。異様に大きい鳥居。大体7mほどの大きさの異様な鳥居が、灯篭にあわく照らされ存在していた。

瞬間、寒気を感じた。恐怖、不安、緊張。様々な感情が全身を支配する。

「引き返すか、進むか...」

絶対に引き返したほうが良い。本能はそう告げている。だが、足が動かない。

自分の中の不思議な感情が、思考が、前に進めと言っている。

「...」

今引き返して出たとしよう。外は深い森だ。スマホを見ると右上に圏外と書いてある。夜になる前に出れなければどうなるか分かったものじゃない。

「それに...」

僕は歩みを進めた。この不思議な感情を知りたくなってしまったからだ。

鳥居を超えると先ほどと同じ通路が広がっていた。

ギッギッ

静かな空間に床がきしむ音だけが響く。

先ほどのように直線的な通路ではなく、頻繁に曲がり角や分かれ道が現れる。左に曲がり右に曲がる。少し歩いたところで、木の扉を見つけた。

扉を開けると部屋が広がっており、中には古い箪笥や丸机。掛け軸などが壁にかかっていた。

「特になにもないな。」

箪笥を開けるが何も入っていない。ここの事を知れたら一番だったが、それは難しそうだ。少しの間、探索したが特に目ぼしいものもないので、部屋から出ようと扉のほうを向く。

ギッギッ

ふと通路の右奥から床がきしむ音が聞こえる。先ほど自分が歩いて来た方向とは逆の方向だ。

「...人か?」

他にも人が居たのかと思い、廊下に出ようと扉に手をかける。瞬間、体が硬直する。

「違う...」

本能的に何かが違うと感じた。説明はできない。何が違うのかも分からない。だが本能が強く警告してくる。


「死ぬぞ」


僕はとっさに箪笥の裏に隠れ、扉のほうを見る。

ギッギッ

先ほどより音が近づいてきている。このままいけば部屋の前を通るだろう。

ギッギッ

少しずつ音が近づいてくる。それに伴いほのかな明かりが廊下を照らし始める。

「...来る。」

身構えた瞬間、灯篭と、それを持つ手が扉の向こうに見えた。

それは人の手だった。僕は少し安心して、声をかけようとした。だが、すぐに身を隠し、息を潜めた。

確かに灯篭を持つ手は人のものだった。だが、腕があるはずの部分は木のような棒でできており、持ち手は、毛に覆われ赤い目をした何かが持っていた。

そんな異形が扉の前を歩いているのが見えたのだ。

まずいまずいまずい。全身から冷や汗が噴き出て、鳥肌が立つ。

ゆっくりと部屋を淡い灯りが照らす。この部屋を見ている。あいつが入ってきたら終わりだ。出口はあの扉しかない。逃げ道なんてどこにもない。

僕は最大限息を潜め、五感を研ぎ澄ました。まだ見ている。だが気づいてはいないはずだ。今は隠れるしかない。

どれくらい経っただろうか。数分にも数時間にも感じれた。

ふと部屋の明かりがなくなり、廊下を歩く音が聞こえ始めた。

静かに扉のほうを見る。足音はは先ほど自分が歩いていた方に進み始め、灯りが徐々に遠ざかっていく。

「行ったか...」

全身の緊張が解け、箪笥に背を預け、床に座り込む。

とりあえずは大丈夫だろう。だが、この先どうしたものか。

「...戻るわけにはいかないし、あいつが来たほうに進むしかないか。」

冷静に考えたら合理的な判断だ。頭ではそう分かってはいる。だが先ほどの異形が脳裏に思い浮かび、恐怖が全身を包み込む。あれと遭遇したらおそらく、いや確実に終わりだ。

「落ち着け、大丈夫だ。」

そうだ。現にやり過ごせているんだ。おそらく聴覚や視覚で探している。人でなくてもそこは変わらないんだ。危なければ隠れてやり過ごせるはずだ。

「...よし」

僕は足音が聞こえなくなったタイミングで扉の前から廊下の先を覗く。もう灯りは見えなくなっている。僕は静かに部屋を出て、歩みを進める。いくつか部屋を見つけたが置いてあるものは先ほどの部屋と全く同じだった。

「なんなんだ、ここ。」

歩き始めてまぁまぁ時間が経つが、一向に景色が変わらない。出口なんてあるのだろうか。

ふと何かに足を取られ転んでしまった。

「痛ったぁ。」

転んでしまったところをライトで照らす。

そこには赤い液体と、人の体の一部か床に転がっていた。

慌てて後ろに後ずさる。

「なんだよ...これ...」

ライトで照らしながらまじまじと人の残骸を眺める。

確証はないがおそらくあの怪異の被害者だろう。

「捕まればこうなるって事か...」

僕は深呼吸の後、人の残骸に手を伸ばす。もしスマホや懐中電灯を持っていれば今後使えるはずだ。嫌な滑りと臭いに不快感を覚えながらズボンの中に手を入れる。

「あった...」

ズボンから手を引き抜くと、スマホを握っていた。数回、画面をタップする。強い光が網膜を焼くように煌々と輝く。

よかった。バッテリーはかなり残っている。

「...あれ?この背景見覚えがa」

スマホの背景をよく見ようとしたとき、ふと違和感に気づいた。

僕の周囲は自分のライトとスマホの画面で照らされている。それは理解できる。なら僕の前方を淡く照らす、このオレンジ色の明かりはいったいなんだ。

急いで顔をあげると先ほどの異形が灯篭を持って、前方に立っていた。

僕が反射で振り返り走り始めた瞬間、後ろからも走る音が聞こえ始めた。

「くっそ、なんなんだよあれ...!」

流れに任せ右に左に曲がる。自分がどこに向かって走っているのかなんて、全く分からない。いくつか部屋を通り過ぎた時、隠れようかと考えたが駄目だ。見られているのに入っても袋小路になるだけだ。

「どうするどうする...!」

解決策が見つからないまま、走り続ける。

角を曲がった瞬間、絶望した。

「行き止まり...?!」

急いで振り返るが、もう異形の灯りが角の向こうに見える。足音的に戻っても前の曲がり角には行けない。

「まずい...!」

こうなったら戻ることはできない。壁を叩いてみるが、明らかに壊すことは出来なさそうだ。

「くっそ、行けるか...?」

僕が唯一思いついた解決策は、異形が曲がってきた瞬間に体当たりして、怯んだ瞬間横を抜ける方法だった。正直、うまくいく気なんてしない。でも、今はこれ以外思いつかない。

姿勢を低く前のめりにして、構える。おそらく角を曲がるまで約、

3秒。2秒。1秒。

角から灯篭が見えた。

「いまだ...!」

走り出した瞬間、急に体が後ろに引っ張られた。

「がっ!」

背中から床に倒れ、空気が口から出る。すぐ前を見ると異形の赤い目が眼前に迫っていた。瞬間、壁が現れる。

状況が理解できない。心臓が煩い。呼吸がうまくできない。

僕は慌てて周りを見る。僕の背後には女性が立っていた。長い髪で片目を隠し、少しラフな格好の女性だった。

「危なかったね。」

そう言いながら、倒れている僕に手を伸ばす。少し躊躇したが、この人は大丈夫だ。直感的にそう思った。

「ありがとう...ございます...」

「落ち着いて、ゆっくりと息を吸うといい。ここは安全だよ。」

僕は言われるがまま深呼吸をした。呼吸が落ち着き、思考がクリアになってくる。

どうやったのかは分からないが、彼女が助けてくれたのだろう。

「落ち着いたようだね。」

「はい。助けてくださってありがとうございます。」

「なに、偶然君のことを見つけただけさ。感謝なら君の運にするといい。」

「えっと...」

聞きたいことはある。だが、聞きたいことが多すぎて、何から聞くべきか迷ってしまった。

「聞きたいことは多いだろう。まずは自己紹介と行こう。」

そう言いながら手をこちらに伸ばす。

「私は高橋咲。君は?」

僕はその名を噛みしめ彼女の手を取った。どこか懐かしく、聞いたことのある名前のような気がした。

「僕は山本隆星です。」

僕は彼女の目をまっすぐに見つめ言った。

「よろしくお願いします。」

「あぁ、よろしく。」

僕の中の不思議な感情が少し、鮮明になった。そんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神域怪異録 あおいの人 @iyo1022

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ