泥銭

 あるところにとても貧しい農民が居た。農民には妻が一人に子が一人。貧しいものだから、妻と子が病に臥せっても何もしてやれない。

 さて、その農民が山菜を採っていると何やら飛び出してきた。農民はその姿を見てびっくり仰天。腰から下が膨れ上がった蜘蛛のようなソレに、こりゃたまらんと逃げ出そうとするが、足がすくんで動きやしない。

「おれはこの山の大将だ。腹が減ってるんでお前を食うが、悪く思うなよ」

「勘弁してください。わたしには病の妻と子がいるんです。私がいなくなったらたちゆかない」

「ふぅん。じゃ、その妻と子を連れてこい。ふたりくったら、お釣りもだそう」

「お釣りとは何のことですか」

「こんくらいの小判をやろう」

 山の大将は何枚もの小判を出し、農民はこれまた驚いた。

「おれは腹が減ってたまらん。妻と子をくれるなら、これはお前のものだ」

 農民は、病で明日も知れぬ妻と子よりも、見たことのないような小判のほうが役に立つと考えた。

「わかった。すぐに連れてきます」

 農民はすぐさま家に戻り、苦しげに床に臥す妻と子に、病を治してくださる坊さんが居ると嘘をつき、山の麓まで連れて行く。

「坊さんはどこだろう」

 三人がそんな風に話していると、後ろから山の大将がガバリと大口を開けて、妻と子を飲み込んでしまった。

「確かに食ったぞ。では褒美をやろう。しかしお前が小判を持っていたら盗人と思われるので、銭に変えてやろう」

 そう言って山の大将は銭でパンパンに膨らんだ袋を差し出した。実際は、小判一枚にも満たないものだったが、農民にはそれがわからない。

「ありがたい。ありがたい」

 農民は喜んで山の大将にお礼をすると、銭を大切そうに抱えてもう誰も居なくなった家に戻った。

 農民は、ひっそりと銭を数え、これでどんなことをしようかとワクワクしながら眠るのだった。

 しかし、起きてみるとあら不思議。銭が全て土になっている。

 農民は怒って大将のいる山へ入っていった。

「おうい。でてこぉい。山の大将でてこぉい」

「でてきたぞ。何を大声で怒鳴り立てるんだ」

 のうのうと姿を現した山の大将に、農民はさらにカンカンになる。

「この銭を、よくもおれが使う前に土に戻したな」

 山の大将も負けじと言い返した。

「お前はおれと会ってから、一度も他者を思いやらなかったな。病を患った母子を差し出した上に、この銭を受け取った者が損をしたかもしれないなどとも考えず、使う前に土に戻したことに怒るのか。いいか、お前は地獄に堕ちるぞ。地獄の汚物の川の中で虫に食われ、己の心の悪辣なことをよくよく悔いるが良い」

 そうやって言い返すと、山の大将は農民をワッと一口で飲み込んだ。

 後にはなんにも残らなかった。


(2018年改訂版)

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