過ぎ去りし思い出
八木崎(やぎさき)
そして約束は果たされないまま……
カーンといった甲高い金属音がどこからか聞こえてくる。その音を耳にした俺は、ゆっくりと目を開ける。
眼前に広がるのは、雲が漂う夕焼けの空だ。どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。
周囲からは草の青臭い香りや川のせせらぎの音が漂ってくる。ここは近所にある河川敷だ。
周りには公園や野球やサッカーが出来るグラウンドがあったりする。さっきの金属音は、おそらく誰かが野球でもしているのだろう。
そして俺は現在、草むらの上で仰向けになって寝転んでいる状態だ。確か、学校が終わってから暇つぶしがてらにここに寄り道をして、それから寝そべって空を眺めていて……そうしたら、いつの間にか眠ってしまったようだ。
俺は寝そべっている状態から起き上がると、軽く伸びをして体をほぐす。それから目の前を流れる川を見つめながら、ぼんやりと考えごとをする。
考えごととはいっても、せいぜい取り留めのないことばかりである。例えば、今日の晩御飯は何なのかとか、明日の天気はどうだろうかとか、そんな程度のものだ。
そうして俺がぼんやりとしていると、不意に何かが俺の手に触れてくる感触を覚える。ふと視線をそちらに向けてみると、そこには茶色の毛玉が転がっていた。
正確に言うなら、薄茶色の毛並みをした猫である。そいつは俺に寄り添うようにして丸まっていたのだ。その小さな頭を俺の手のひらに押し付けながら、気持ち良さそうに目を細めている。まるで甘えているかのようだ。
こいつ、野良か? そんな疑問を抱きつつも、そいつの頭を優しく撫でてやる。すると、嬉しそうに喉を鳴らし始めた。その様子を見ていると、ついつい頬が緩んでしまう。
「お前、どこから来たんだ?」
触れる毛玉にそんな風に声を掛けようが、相手は猫なので言葉は返してこない。ただゴロゴロと喉を鳴らすだけだ。そうしてしばらく撫でていたが、やがて飽きたのか俺から離れていく。そして、そのままどこかへ走り去ってしまった。
そんな自由気ままな猫の在り方を見て、俺はある少女のことを思い出す。そいつもどこか猫のように自由気ままで、愛嬌のある奴だった。
いつも俺の近くにいて、気付けばいつも一緒にいるようになっていた。それが当たり前で、ずっと続くものだと信じて疑わなかった。
……だけど、それも過去の話だ。今は違う。近くにはいるけれども、あいつとの距離感はかなり遠くなってしまった。そしてその原因を作ってしまったのは、他ならぬ俺自身の行いのせいなのだ。だから、今更後悔しても遅い。
それでも、どうしても考えてしまう。もしあの時、別の選択をしていたならば、今でもあいつは俺と仲良くしてくれていたのだろうか。あいつと一緒に夢を追い続けることが出来たのだろうか。そんなことを考えてばかりいる自分が嫌になる。
「……女々しい奴だな、俺」
自嘲気味に呟きながら空を見上げると、太陽が沈み始めていた。いくらこんなことを考えたところで、時間は決して戻ってはくれない。俺たちの関係は、あの頃にはもう戻れないのだから。
これはそう、あいつのことを守ってやれなかった俺への罰なのだろう。約束すらろくに守れない情けない男に対する天罰なんだと思う。だからこそ、この苦しみを受け入れなければならないんだ。
「はぁ……」
深く溜め息を吐く。そして俺は立ち上がり、ズボンに付着した土埃を払う。それから俺は河川敷から立ち去り、自宅へと向かうことにしたのだった。
そうして帰路につきながら、俺はまた考えてしまう。あの我が儘で気まぐれで自由奔放なあいつのことを。一切笑わなくなった迷い猫のことを。
今頃どこで何をしているんだろうか。それとも、噂に聞く例の番と仲良くやっているのか。どちらにせよ、あいつが幸せならそれでいい。それで良いはずなのに、どうしてか胸が痛む。
「ああ、くそっ……!」
苛立ち紛れに小石を蹴飛ばす。コロコロと転がっていく石ころは、やがて近くの草むらの陰へと消えていった。
「ちっ、くだらねえ」
舌打ちをしながら悪態を吐く。本当にくだらない。こんなことをしていても何の意味もないことは分かっている。だが、だからと言ってどうすればいいのかも分からない。
結局、俺は何も出来ないままに、日々を過ごしていくしかないのだ。そう思いながら、重い足取りで家路を急ぐのだった。
過ぎ去りし思い出 八木崎(やぎさき) @yagisaki717
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