更生

三鹿ショート

更生

 私の妹は、素行が良くなかった。

 かつては常に笑顔を浮かべていた可愛らしい少女だったのだが、何時しか四六時中不機嫌な表情を浮かべるようになり、言動も荒々しくなってしまったのである。

 原因は、今でも不明だった。

 両親の愛情は間違いなく注がれていたはずであり、性質の悪い友人も存在していなかったため、何処で道を踏み外したのか、まるで分からなかった。

 それでも私は、この世界で唯一の妹のことを案じ続けた。

 口を出す度に何倍もの悪口が返ってきたが、諦めることはなかったのだ。

 そのことが影響していたのだろうか、ある日彼女は、私に泣きついてきた。

「人を殺めてしまったかもしれない」

 彼女に案内された部屋には、一人の男性が床に倒れていた。

 見るからに派手な生活をしているような人間である。

 彼女から聞いたところによると、無罪であるにも関わらず浮気を疑い続ける相手に苛立ちを覚え、思わず頬に拳をたたき込んでしまったらしい。

 大した威力では無かったものの、殴られた勢いで倒れた際に家具に頭部をぶつけてしまったらしく、そのまま動かなくなってしまったのだ。

 素行は悪いが、これほどまでの犯罪行為に及んだことはなかったのだろう、彼女は見るからに動揺していた。

 狼狽えている彼女に、私は実家に戻るようにと告げた。

 どうするつもりなのかと問うてきたが、知らない方が彼女のためである。

 彼女が部屋から姿を消すと、私は行動を開始した。


***


 実家に戻った彼女はそれまでとは打って変わって大人しくなり、自身の行為が露見することを恐れているようだ。

 だが、私は心配することはないと告げた。

 彼女は私がくだんの男性をどう処理したのかを何度も尋ねてきたが、答えるつもりはなかった。

 その反応から、彼女は私に大きな借りが出来たのだと思ったのか、

「私に何か出来ることはありますか」

 しおらしいその反応に、私は感動のようなものを覚えた。

 しかし、そのようなものに浸っている場合ではない。

 私は彼女の肩を掴むと、真っ直ぐに顔を見つめながら、

「ならば、これからは真面に生きてほしい。今までのような生活を続けていれば、また同じことが起きてしまう可能性もあるのだ」

 床に倒れた男性のことを思い出したのだろう、彼女は怯えたような様子で、首肯を返した。


***


 私の言葉に従って彼女が普通の生活を送るようになってから、数年が経過した。

 今では良き母親となった彼女の姿を見て、私や両親は安堵していた。

 だが、最近になって、彼女は不安そうな表情をしながら、我々家族に相談してきた。

「誰かに見られているような気がするのです」

 その言葉に、両親は然るべき機関に話すべきだと助言したが、私には心当たりがあった。

 私は胸を力強く叩くと、

「私に任せるが良い」

 そう告げると、彼女は口元を緩めた。


***


「一体、どういうつもりだ」

 私が問うと、眼前の男性は紫煙をくゆらせながら、笑みを浮かべた。

「生活費が底を突いたのだ。追加で貰えると嬉しいのだが」

 相手に対して、私は首を横に振った。

「二度と接触することはないと、約束したはずだろう」

 眼前の男性は、かつて彼女が殺めてしまったと思い込んでいる人間である。

 彼女は相手の生命を奪ったと考えていたが、私が駆けつけた際には、脈があったのだ。

 私は男性を病院へ運び、充分な治療を受けさせると、しばらくは働かずとも困らない額の金銭を手渡し、

「彼女を更生させるためには、きみは邪魔なのだ。この金銭で、何処か遠くへ行ってほしい。そして、二度と我々の前に姿を見せないでくれ」

 眼前の金銭の額に目を輝かせながら、男性は確かに了承したはずだ。

 しかし、これでは話が異なるではないか。

 私の言葉に、男性は笑みを崩すことはなく、

「貰うことができないのならば、此方にも考えがある。彼女の娘は、実に良い女性に育ちそうだから、将来が楽しみだ」

 その瞬間、私は男性に飛びかかった。

 男性は何やら騒いでいたが、いつの間にか静かになっていた。

 生命を奪われたのだから、当然のことだろう。

 今度こそこの世を去ることになった男性を前に、私は荒い呼吸を繰り返すばかりだった。

 だが、立ち止まっている場合ではない。

 周囲を見回し、目撃者が存在しないことを確認すると、私は男性の死体を処理することにした。


***


 事情を知らない彼女は、娘と共に笑顔を浮かべている。

 この光景こそ、私が取り戻したかったものであるにも関わらず、私は彼女に対して、一抹の負の感情を抱いていた。

 彼女が普通に生活していれば、私が罪を犯すことはなかったのだ。

 そう考えて、私は己の醜さに嫌気が差した。

 私は、彼女のために行動してきたはずだ。

 その中でどのようなことが起きたとしても、それは私が選んだ道であり、彼女を責めることは筋違いではないか。

 私は彼女に心中で謝罪しながら、自身の悪事が露見するまでは、この生活を満喫しようと決めた。

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更生 三鹿ショート @mijikashort

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