章1 セイラ、拐われる

十一 ただの緊張しい。

 とある暗い森の奥にある屋敷。

 ミレーナはティアラにひれ伏していた。

「……申し訳ありませんでした。」

 彼女は同胞を襲ったことを謝罪した。

「準備不足でしたね?」

「はい?」

 まったく予想外の言葉に、ミレーナは頭を上げた。

 それをティアラの足が踏みつける。

「誰が頭を上げていいと言った?」

「申し訳ありません!申し訳ありません!」

「確実に殺せる準備をしてからしなさい。」

「よいのですか?」

「あれは我々の敵です。」

「敵……しかし同族なのでは?」

「わたくしが殺せと言ったら殺しなさい。」

「かしこまりました。」

 ミレーナは中腰になって出口へ後退する。

「ミレーナ。」

「はい。」

「……あくまで気づかれないようにだ。」

「はい!」

 彼女が部屋を後にする。

 ティアラは一人呟いた。

「わたくしより完璧なのは、主様以外あってはならぬ。」


 ◇ ◆ ◇ 


 クオルス宝石店は、結局追加で一週間の休業を取った。

 そして久々に店の扉に、開店の札をかけた。

 太陽が道を照らす。ホトトギスが鳴き、もうすぐ夏が来ると示していた。

「お、リック。久しぶりだな!開店か?」

 声をかけてきたのは顔馴染みの職人だ。

「あ、どうも。……ええ。なんとか。」

「ならみんな呼んでくるわ。大変だったんだぞ?直してみたんだが、やっぱりうまくいかねぇもんだな。」

「何事も努力ですよ。」

「それが嫌だからお前に頼ってんだろ。じゃ。」

 リッカードは店内へ。ベスティとセイラが待っていた。

「今日は忙しくなりそうだから、お手伝い頼むぞ、」

「えぇ。もちろんよ。」

「セイラも。」

 彼は改めて考えておかしな話だと思う。宝石店が朝から忙しいなんて。

「頼んだ。」

 そうして地獄のように忙しくなった。

 やってきた人数は二十八人。今必要としているのは十人。

「そういえばリック。腕折れてるんだってな。」

「それどこで聞いたんです?」

「みんな知ってるよ。出所は知らん。」

「なら容赦なく今朝中に修理が必要なの持ってくんの止めてくれませんか?」

「ほんとだよ。気遣いが足りねぇよな。」

「しゃあねぇだろ。闘鶏に金突っ込んじまって新しいの買えねぇんだ。」

「馬鹿ですね。」

 リッカードの心の声を代弁したのはベスティだった。

「嬢ちゃん。手厳しいね。」

「とうけいってなに?」

「セイラちゃんは知らなくていい、大人の汚い遊びだよ。」

 首をかしげる彼女。

「……で、だ。急にメイドがいるのに驚いてるのは俺だけじゃねぇよな?」

「わりと馴染んでるがな。」

「聞きたいことがあるならさっさと聞いてください。」

 職人達は苦笑いするしかなかった。

「何でこんなとこで働いてるんだ?」

「前の職場が合わなかったので、幼馴染みの彼のところで働いてるんです。」

「幼馴染み?美人ばっかり、まったく贅沢な奴め。」

「スズカ様のことですか?」

「あぁ。やっぱ恋敵だったりするのか?」

 ベスティはため息をついた。

「前の主ですよ。」

 これ以上問い詰めるなと雰囲気で言っていたから、職人達は仲間同士で話し出した。

 リッカードは痛む腕をおして修理を終えた。

「朝ごはん作るわね。」

「負担かけて悪いな。」

「気にしなくていいわよ。住ませてもらってるんだから。」

「そうか。じゃあ頼んだ。」



 「あの!すみません!」

 それは王都中心部でのこと。朝早くの広場に、メイド服を着た十歳くらいの少女が、通り過ぎる人々に助けを乞うていた。

 しかし朝早くの町で、一々そんな相手に止まる者は、ごく一部しかいない。

「あの……」

 だんだん元気を消失していく少女。そこに、一人の男性が近づいていった。

「お嬢さん、何かお困りかな?」

 彼はいわゆる人拐いであった。

 甘言で貧しい子供達を惑わし、売る。まさに外道。その牙が、少女に向いていた。

 そんなことなど知るよしもなく、彼女は明るい笑顔を浮かべた。

「あの!私、クオルス宝石店を探していまして。」

 彼は親切を装うが、もちろん偽りだ。

「そうかそうか。ならば……」

「お、クオルス宝石店に用か?」

 それを阻んだのは、職人達だった。

「あ、はい!」

 彼は舌打ちして静かに消えた。

「それならあっちだ。……おしゃれな帽子だな?」

 少女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。

「にしても何の用だ?まさか二人目のメイドか?」

「いや違うだろ。どっかのお貴族様のお使いだろ。」

「?」

「あ、ごめんな。クオルスのはここから南にまっすぐ行って、」

「はい!」

「風呂場を右に曲がって……」

「はい!」

 丁寧な説明を聞きながら頷く少女だが。明らかに理解していない様子に、付き添いを若い衆にさせたのだった。



「……セイラ。食べないのか?」

「あんまり、お腹すいてない。」

「あら、珍しいわね。」

「ごめんなさい。」

「気にしなくていいわよ。とっとくから。食べたくなったら食べなさいな。」

「そうだな。……ベスティ。悪いんだが店番頼めるか?」

「出かけるの?」

「あぁ。ちょっと野暮用でな。」

「すぐ戻る?」

「あぁ。」

「じゃあ、行ってらっしゃい。」

「セイラも行く。」

「ああ。行こう。……何ならベスティも行くか?」

「どこによ。」

「墓参りだよ。修道院の。」

 彼女は固まった。セイラの方をチラリとみれば、彼女も見上げて固まっていた。

「……セイラ。やっぱり行かなくてもいい?」

 その言葉に、ベスティが表情を変えた。

「逃げるな。」

「ベスティ。別に……」

「私だって、セイラがはじめから行くつもりがないならこんなこと言わないわよ。でも、今さら逃げるなんて無責任だと思わない?」

 リッカードは考える。そして首を横に振った。

「まだ、いいんじゃないか?」

「なんであんたはいつもそうやって……」

「甘やかす?」

 彼女は頷く。

「彼女は賢いし、人間でもない。というか純血らしいしな。でも、この子が幼いのは事実だろ?」

 セイラは瞳を丸くして彼を見つめていた。

「だったら、まだ逃げていいだろ。」

「まだっ、て。いつまでよ。」

「そりゃあ、この子が他の人間を襲ったらだ。」

「セイラはそんなこと……」

 彼女は言葉を止めた、

「……やっぱり行きたくない。」

「あぁ。構わない。行きたくなったら、いつでも付き合うからな。」

 頷きを返す。

「それじゃあ、行ってくる。」

「「行ってらっしゃい。」」

 彼は一階へと降り、出入りの扉を開けた。

 しかし何かとぶつかって、止まった。

「ひゃっ!」

「は?あっ、すいません。」

 顔を外に出すと、見たことがある姿があった。

「うぅ……」

 日差しに照らされる白髪がやたら眩しい。

 涙に潤む瞳は灰色だと、今初めて知った。

「大丈夫ですか?」

「……ご、ごめんなさい。」

「何がだ?」

 リッカードは、そういえばこの子には耳と尻尾があったはずだと思い出す。

 そして気づいた。

「……すぐに尻尾しまえ。」

「えっ!あっ!」

 尻尾がなくなった。原理は考えない。

「で、何の用だ?」

「あ、えっと……ご主人様から、リッカード様のところで勉強してこいって言われて……」

 何だかおどおどした様子である。

「そうか。なら中に入っててくれ。俺はちょっと出かけるから。」

「お供します!」

 結構な大声だった。周囲の店から視線が向く。

「うわびっくりした。」

「何?お客さん……じゃなさそうね。」

「あ、えっと!キリアです!」

「……うるさいわねぇ。」

「あ、ごめんなさい。」

「その、って言うのやめなさい?」

 リッカードは町へ歩きだす。

「あっ……ごめんなさい。」

 ベスティはため息をついた。

「キリアだったっけ?スズカ様から言われてきたわよね?」

「はい!」

「そう。……お供するならさっさと追いかけなさい。」

「え?」

 キリアは彼がいないことに気づいた。

「リッカード様!置いていかないでくださいよぉ。」

「あぁ。ベスティに捕まるだろうと思って。」

「ベスティ様は厳しいって聞きました。」

「そうか。」

「でも、すごい方だそうですよ!家事と掃除は屋敷でも一番だから、教わってこいってメイド長に言われました。」

「そうか。ちょっと待ってな。」

 花屋についたので、買い物を済ませる。

 修道院と花屋は反対に位置するので、踵を返す。

「あの!リッカード様はスズカ様と結婚するんですよね?」

「あぁ。」

「じゃあ、私のご主人様になるんですね!」

「そうなるな。」

 とにかく明るい。というのが彼のキリアへの印象だった。

 そして、修道院に着く。

 いつも通り動いていた。前の人達はいないであろうに、何も変わらず。

「ようこそ。どのようなご用でしょうか?」

「この前亡くなられた方に、花を捧げたくって。」

「なるほど。では少々お待ちください。」

 別のシスターがやって来て、墓場に案内してくれた。

 金髪に緑色の瞳。少しきつめの表情をしていると感じた。

 花は、なかった。

 膝をつき、祈りを捧げる。後ろでキリアも同じようにしていた。

 終えて立ち上がると、シスターが語りかけてきた。

「……あなたが初めてなんですよ。」

「やっぱりそうなんですね。」

 そうだとは思っていた。

「吸血鬼の眷属に堕ちたから。ですって。ひどいですよね。」

「えぇ。」

「私が抗議しなかったら、皆さんきっと町外れの墓地に埋められていました。」

「……もしかして、生き残りですか?」

「……えぇ。」

 彼女の瞳に、涙が浮かぶ。キリアのものとは違う。自らを守るためではない涙が。

「子供達を守れと言って、ありったけの銀を託して……」

 崩れ落ちる体を支える。キリアも慌てて寄ってきたが、何もできずあわあわした。

「すいません。俺にはこんなことしかできなくて。」

「そんなことでも。してくれる……だけ、ありがたいのです。」

「なら、よかったです。」

 リッカードの心は晴れない。しかし、踏ん切りはついた。

 泣き止むのを待って、門前まで送ってもらう。

「……また、来てくださいますか?」

「えぇ。当然です。」

 別れる二人の、リッカードの後ろで、スズカが顔を伏せていた。

 帰り道も静かで、リッカードが気になって見ると、彼女は小さな声で呟いた。

「怪物と関わったから……」

「落ち込んでもどうしようもないだろ。」

 口答えはしないが、納得のいかなそうな表情だった。

「そうあることは仕方がない。でも、そうあることで起きることの代償は背負わなきゃならない。もちろん、そうあり続けようとする代償もな。」

「……そう生きるしかないなら、どうしたらいいんですか?」

「意外と賢いんだな。」

 ちょっとは表情を変えてくれるかと思ったが、そうはいかないものである。

「受け入れてくれるところを探すしかないだろ。少なくとも、だから俺はお前を教会に突き出してない。」

「あっ。」

 どうやらその辺は抜けているようだ。

「おかえり。」

「おかえり!」

「あんた、行く前のあの深刻な感じはどこにいったのよ。」

「知らない。」

 セイラの視線がキリアを捉えたが、逸らした。

「キリアだったっけ?ボーッとしてないでさっさと来なさい。あんたの腕、確かめてあげる。」

 リッカードとセイラは一階で普通に店をやっていたのだが、そのしばらく後、怒号か聞こえることとなった。

「腕折れてるんだって?そんな時なのにごめんねぇ。包丁研ぎなんて。」

 奥様がやって来ていた。

「いえいえ。今までの頼みの中で一番簡単ですよ。」

「なら、よかったよ。」

「えぇ。ちょっと荒いかもですが、手抜きをしたつもりはありませんので。」

「大丈夫。そん時にはただで直してもらうから。」

「えぇ。その時は。」

「あんたなめてんの?!」

「……びっくりした。」

「うん。」

「どうしたんだろうねぇ?」

「ちょっと見てきます。」

 膝をつくキリアと、見下ろすベスティ。

「あぁ、ご主人様。ごめんなさい。ちょっとあまりにも……」

 彼女が見回した床は、びちゃびちゃに濡れていた。

「……ごめんなさい!ごめんなさい!」

 そしてひたすら謝る。さすがに二人も困惑した。

 ちなみに耳と尻尾が出ているのにベスティは一切動揺していない。

「何でそんな怯えてるのよ。まるで化け物みたいに。」

「きつく言いすぎなんだよ。キリア、大丈夫か?」

「ごめんなさい……」

 ベスティはため息をついた。

「何なのよ……」

「奴隷だった時になんかあったんだろ。落ち着くまでそっとしておいてやってくれないか?」

 再びため息。

「わかった。仕方ないわね……」

 リッカードは濡れた床を歩き、キリアをベッドの上に乗せた。

「失敗は仕方ないことよ。でも今度今みたいに使い物にならなくなったら速攻で追い返すから」

 彼女は小さくうなずいた。

 リッカードはテーブル上から布巾をとって、床に。

「リック。いいわ。私がやるから。」

「あぁ。分かった。」

 というわけで下に。

「どうだった?」

「なんか大変なことになりそうだ。」

「そっか。」

「……なんか嬉しそうか?」

「そんなことない。」

 明らかにそう見えたから聞いたのだが。

「そっか。」

 リッカードは作業場へ。セイラはちゃんと客を迎えることができる。

 というか彼女が応対した方が評判がいいという現実がある。かわいいは絶対なのだ。

「……待てよ?ならキリアでも……」

 思ったのだが、セイラは加えて頭もいいし緊張したのを見たことがない。その上、彼女の主はスズカなので、そもそも業務外であることに気がついた。

 鈴の音

「……あ、いらっしゃいませ。」

「いらっしゃいませ。」

「リック。貴族っぽい人きた。」

「分かった。」

 ぶっちゃけ作業場と言っても会計台の奥に、元々あった小さな倉庫を利用して作っただけだから、立ち上がって顔を出すだけだ。

「こんにちは。」

 老爺の声。執事のようだった。

「こんにちは。どのようなご用件で?」

「我が家のお嬢様は病気でして、直接赴くことができません。」

 どこの家のだよ。はもういつものことだ。

「ご同行願えますか?」

 さすがに聞かざるを得なかった。

「どちらのお家の方でしょう?」

「残念ながら教えることは叶いません。」

「なぜ?」

「病を持っている子どもがいるとなれば、当主様の名声に傷がつきます。」

 貴族は完璧であるという貴族が見ている幻想ゆえである。

「……分かりました。」

「セイラも行く。」

「申し訳ありませんが、それはなりません。」

 彼女は明らかな不機嫌を見せた。

「私ならいいかしら?」

 ベスティだ。

「メイドですか。……あなたは誰に仕えているのでしょう。」

「決まってるでしょ。リッカード・クオルスよ。」

「ならばよいでしょう。」

「ついでにもう一人……」

「いけません。」

「メイドでも?」

「いかにも。」

 ため息をつき、仕方なくベスティと馬車に乗り込む。

「そのバッグ何?」

 ベスティは小さい革製のバッグを持ってきた。

「宝石。」

 執事の鋭い視線が飛ぶ。

「あぁ、持ってきてくれたのか。ありがとう。」

「……実際ちゃんと入れといたから。」

 二人で乗り込む。御者は別にいて、向い合わせの席に並んで座る。

 向かいの執事が扉を閉め、口を開く。

「どうぞ抵抗しないでくださいませ。」

「ちょっ!何すんの?!」

 彼はベスティに先に布袋を被せた。

「なによマジで!」

「どうぞ暴れることのなきように。」

「落ち着けベスティ。」

「話が通じるようで何よりです。では、あなたも。」

「はぁ……」

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拾った少女は吸血鬼でしたが可愛いので問題ありません 癸未須(きびす) 圭介 @agekoe

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