第40話 おっさん、世界を救いたいー8
◇現代
『そして儂らはその時、彼女を止めることができなかった』
『あの子の力は、一度発動すると外界との意識を遮断する。我らの声も届かず、君達の大陸すべてを滅ぼすまで止まらぬかもしれん』
俺はアリスと呼ばれるあの少女の過去を聞いた。
まだほんの6歳の女の子だ。
そんな子にとって母は全てなのに、それを失ってなお自分の大好きな人のために戦う選択をしたアリス。
俺は胸がぎゅっと痛くなった。
一体どれほど辛かっただろうか、家族を失うということがどれほど辛いことだっただろうか。
それでもアリスちゃんは立ち上がった。
俺ならどうしただろうか。
自分の娘が助かるためなら、何万人という関係ない人を殺すという選択ができるだろうか。
俺には正解は分からない。
命の天秤に大好きな人と他人を乗せることは難しい。
でもやっぱり大好きな人は死んでほしくないと思う。
そして、そんな悲しい選択をアリスちゃんにしてほしくない。
だから。
「俺がアリスちゃんをとめます。魔族も魔獣族も、人間もエルフもドワーフもみんなほんとは理解し合えるはずなんです!!」
俺は強くドラグさんに言った。
俺がアリスちゃんを止めてみせると。
『ですが我らは……帝国とは何度も対話を試みた。しかし向けられるのは弓や剣。先日も三名の仲間が死んだ』
そう、彼らは帝国から危険生物として認定されている。
でもそれはきっとずっと昔からの歴史のせい。
言葉が通じて、落ち着いて話せていたらきっと違う未来はあったのに。
相互理解。
わからないから恐怖する。
でも俺は少し話しただけでこの人達が俺達と何も変わらない心を持っていることを理解した。
「俺が皆さんの想いを世界中に届けます!! だからもう一度だけ信じてくれませんか」
『……君はなぜそこまでアリスを』
なんで?
そんなの決まっている。
「子供が泣いてるなら抱きしめてあげるのが大人の仕事でしょ」
『そうか……その通りだな』
そういうドラグさんは少し笑いながら、村の入り口を見る。
そこに現れたのは、見た目はまるで獣だが、間違いなく二本脚でたち、人のような知性を感じる。
『我々は一度、命を賭けて殺し合った。だがそれでも今の気持ちは同じだ。アリスにすべてを背負わせるつもりはない。もちろん君達を犠牲にするつもりもだ』
魔族と魔獣族は共に目を合わせて頷いた。
『あの子の笑顔がみんな大好きだからな』
◇しばらく後、帝国。
「これがたった一つの生物が出せる力なのか……」
ロード皇帝は、自衛隊のヘリに乗りながら上空からそれを見ていた。
自身の最強の12騎士が何とか進行を遅らせようとしているが、止まらない。
エルフの魔法も、ドワーフの魔道具も、自衛隊の総攻撃も。
まったく意に返さずと突き進む。
魔王の加護を持つアリスの力はたった一つ、外部の魔素を自由に操るという力。
シンプル、しかしこの世界の生物は総じて自身の中にある魔素しか操れない。
その操る力を魔力とも呼ぶが、アリスはその魔力に制限がない。
つまりこの世界すべてがアリスの力であり、無尽蔵なで最強の何人も寄せ付けない孤独の力、それが魔王。
しかし、その代償にアリスはもう止まれない。
魔王を発動中は、正気を失い、発動時に決めた目的のためだけに突き進む。
「…………ヴァルハラを放棄する」
その様子を見て、ロード皇帝は決断した。
首都ヴァルハラを放棄し、国民を全て避難させる。
言うのは簡単だが、100万人を超える避難など食料問題や住居問題含め死傷者もおそらく出るであろう決断だった。
国民の生活を根こそぎ捨てさせる決断、しかし下さねばもはや守れない。
だが、別にそれで解決するわけではないこともロードは分かっていた。
そして、その命令を下そうとした時だった。
「……なんだ?」
1000人近い集団がアリス目掛けて空を飛んでくる。
高位の魔法、飛翔。
それを扱えるものはエルフを除けば、魔族が真っ先に思い浮かぶ。
そして案の定、それは魔族、そして魔族の魔法で飛ぶ魔獣族、その先頭は信二だった。
信二だけはそのヘリへと向かい、魔族と魔獣族はアリスの前に立ちはだかる。
「ロード殿下! 魔族は敵ではありません! 彼らは帝国を滅ぼそうなどとは一切思っていないんです! ただのすれ違いです!」
『戻ったか、あれは魔族だな。交流はうまくいったということだな!』
「はい。魔族達とは話せました。その結果です。彼らはこの大陸を滅ぼそうなどとは思ってません!」
『では魔王は! 何が目的だ! あれは今我々を攻撃しているのだぞ!』
「話すと長くなりますが……確かに魔王……アリスちゃんはこの大陸を滅ぼそうとしています! ですが、信じてください! 彼女は! アリスちゃんは! 優しい子です! 魔王となってしまい今正気を失っていますが……彼女は悪ではないです」
『正義だ、悪だという話ではない。止められるのかどうかという話だ』
「……」
信二は言葉に詰まった。
結局魔族達の話では、アリスちゃんを止める方法はわからなかった。
だが魔族達は集団で魔法を発動する。
それは、アリスが発動している次元の壁と全く同じ魔法。
二つの壁がぶつかり合い、アリスの進行は止まった。
魔族達が自分達なら時間を稼ぐことぐらいはできるといっていたのはこのことか。
俺はその様子を日本中、そして異世界中に配信を開始した。
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名無しのモブ1:配信きたぁぁ! と思ったらなんぞこれ。
名無しのモブ2:魔王と魔族が戦ってる!?
名無しのモブ3:一体どういうことだってばよ!!
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魔族は悪ではないことを伝えたかった。
アリスちゃんを必死に止めようとする魔族のみんなを配信する。
魔族が世界を支配しようとしている敵だと思い込んでいるこの世界の住人の勘違いが少しでも解ければという思いだった。
だが、これはただ魔族のイメージアップの戦略なだけ。
アリスちゃんを止める方法はまだ何も思いついていない。
どうすればいい。どうすれば、あの子に声が届く。
プルルル♪
「もしもし!」
「信二か! 今すぐ日本町へ来てくれ。話がある」
「でも今は!」
「……緊急だ。絶対にこい」
俺はその場を後にして、日本町へと真っすぐに飛んだ。
ここからなら数時間ほど。
魔族達の体力がどれだけ持つかはわからないが、信一郎が緊急というのだ。
何か手立てがあるのかもしれない。
しかし、日本町で俺が聞いた言葉は。
「先ほど総理が決定された。本日24時を持って日本とアナザーを繋ぐゲートを封鎖する」
この世界を捨てるという選択だった。
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