第41話 おっさん、世界を救いたいー9
「な、なんで!」
「見ただろう、お前もあの魔王の力を。地球の現代兵器でも対処できない化物だ。あれがもしゲートを通過して日本に来たらどうなる」
「でも!!」
「今時刻は昼の12時。本日24時をもって、ゲートを完全に封鎖する。今からその作業を開始するが、コンクリートで埋めることになるだろう。ゲート自体は壊せんのでな。信二、勘違いするなよ。これは相談ではなく、伝達だ。今、アナザーにいる日本人全員に退避命令がでている」
「この世界を捨てるのか」
「…………それが政府の決定だ。認めたくはないがな。だが理解はしなくてはならない。国民の安全が第一だからだ」
そういう信一郎は政治家の顔をしていた。
でも苦しそうな顔でもあった。
この決定を否定はできない。日本だけでなく、地球そのものが危険に陥る可能性があるのだから。
それでも俺は認められないが、俺が叫んだところで何も変わらないのだろう。
そしてそれが最善であることもわかる。
俺が言葉に詰まっている時だった。
『シンジ、待っていたぞ』
「ガルディア……」
それはエルフの長、ガルディアだった。
ガルディアだけではなく、長老やソフィア、エルディアもいる。
シルフィも少し目を赤くしながら、エルフ達と一緒にいた。
そしてアンリちゃんも同様だ。
そしてガルディアが木の箱を俺に手渡す。
『咲いたぞ。世界樹の秘宝だ。受け取ってくれ』
「……これが」
俺はそれを受け取る。
中にはまるで林檎のような真っ赤な実が一つだけ入っている。
神秘的な見た目、まるでその周囲の空間が歪んでいるかのようにも見えるほどに濃密な魔力。
「こんな時にわざわざ届けてくれたのか」
『シンジ、信一郎は我らを日本へと誘ってくれた。だが我らは森を離れるつもりはない。だからここでお別れだ』
「…………」
ガルディア達には既に伝えられているらしい。
エルフと日本人はほんの数か月でここまで言葉が交わせるようになるほど交流した。
でもエルフ達は森を捨てて日本に渡るという選択をしないのもわかっていた。
もし日本がこの世界を捨てるというのなら、ここでお別れになるのは当然だ。
『何、気にするな。もともと、我らの世界の問題だ。それに魔王といえど生物全員皆殺しにするわけではあるまい。逃げながら生きていくことはできるだろう。黒の呪いに比べたらなんてことはないさ! だから……娘さんによろしくな』
『シンジさん! 私、短い間でしたけどシンジさんに会えてすごく幸せでした!』
『私もです。いつか……きっとまた会えることを』
『ドワーフを代表して、いいます。あなたに我が国は救われた。永遠の感謝を』
そういってソフィアとエルディアとアンリがにっこりと笑って頭を下げた。
その眼は少し潤んでいるようにも見えた。
『ほら、何をぐずぐずしている! その秘宝をお前はずっと探していたのだろう?』
「そうだけど……」
そうだ、俺はこれを見つけるためだけにこの世界にやってきた。
するとガルディアが俺の肩を掴んで俺の目を真っすぐ見ながら言った。
『そろそろ自分を救う時だ、信二。お前は優しすぎる。ほら、娘さんはお前が来るのを今か今かと待っているぞ』
俺はゆっくり目を閉じる。そうだ、それが俺の目的だ。
何よりも優先したい娘を救うと言う目的。
配信者として巨額の報酬も得た。
これで娘が治るなら、俺は娘と一緒に静かに暮らしていくべきではないのだろうか。
俺の頭にそんな考えが一瞬めぐった。
『信二、世界樹の秘宝は実を切ってからすぐに摂取しなければならない。はやくいけ!』
「で、でも……俺は!」
『ふっ。全く……強情な奴め。シルフィ、ビューンだ!』
『あい!』
するとそのガルディア達と一緒にいたシルフィが指をくるりと回す。
その瞬間俺の体を宙に浮いて、ゲートへと真っすぐ飛ばされた。
「シルフィ!?」
『シンジ! シルフィね、シンジのこと大好き! だからシンジには幸せになって欲しいの! だからここでお別れだよ!』
「ま、まってくれ!!」
『アンリも、ソフィアもみんなシルフィが守るから安心してね! バイバイ、シンジ』
泣きながら俺に笑顔を向けるシルフィ。
俺はバタバタと体を動かすがなすすべなくシルフィによってゲートへと飛ばされた。
気づけばゲートの向こう側、つまり日本へと俺は座り込んでいた。俺はすぐに戻ろうとしたが、それは止められた。
「みんなの気持ちを無駄にするな」
それは同じくゲートから出てきた信一郎だった。
「みんなお前に幸せになって欲しいと願っていた。きっとこうでもしなければ自己犠牲の精神が強すぎるお前は帰ってくれないと思ったんだろう」
「…………なんで」
「なんで? ははは。そりゃみんなお前が好きだからだ。そしてお前に救われた恩返しをずっとしたいと思っているからだ」
「…………」
「信二、大丈夫だ。彼らは死ぬわけではない。生きる場所を変えながらも魔王から逃げながら生きていくよ。あの世界は広いしな。そしていつか問題が解決したらゲートを通ってこちらにきてくれると言っていた。いつ解決するかもわからんが……」
魔王アリスちゃんの無尽蔵な力、しかしそれでも生命ならばいつか命はこと切れる。
それこそ食べ物を食べずに永遠に動けることはないだろう。
でもそれはアリスちゃんの死を意味するのかもしれない。
そしてそれまでに何人の人が死ぬのかもわからない。
ガタガタガタ
すると俺の中の世界樹の秘宝が暴れるように動き出す。
時間がないのだろうか。
「車を用意した。お前はお前の守るべきものを守れ」
俺は放心しながら信一郎が用意してくれた車に乗せられ、一花の病院へと向かった。
言葉が出ない。
俺に出来ることは何もないんだろうか。あの泣いている少女を止める方法はないんだろうか。
こんな大層な力をもらったのに、俺には何もできないのだろうか。
ぼーっと歩きながら気づけば俺は一花の部屋の前まで来ていた。
扉を開けるといつもと変わらず、すやすやと眠っている自分の娘。
それを見ると、俺は自分がしなければならないことを思い出せる。
この子を守らないといけない。
亡き妻に託された最後の俺の宝物。
それは俺だけにしかできないし、俺だけの使命だ。
でもそれでいいんだろうか。
一花は、それで笑ってくれるんだろうか。
「一花……お父さんどうすればいいんだろうな……」
俺は一花の隣に座って、木の箱を抱きしめながら届いていない声で聞いた。
静かな病室、俺のすすり泣く声だけが聞こえてくる。
すべてを諦めてこの日本で平穏に暮らすという選択をするべきなのか。
『パパは正義の味方だよ』
「え?」
すると一花があの時と同じように答えてくれたような気がした。
「正義の味方……か」
それはいつも俺と一花が遊んでいた時、一花が言う言葉だった。
そういえばシルフィの時もこうやって励ましてもらったっけ。
あの時は、そのまま居ても立っても居られずに、アナザーに飛び出したな。一花はいつも俺に気づかせてくれる。
『だってパパは正義の味方だもん!』
「ははは、そうだな。パパは正義の味方だもんな……」
『うん! パパ、頑張って!! 一花応援する! でもね……』
ガタガタガタガタ
「え?」
すると木の箱に入っていた林檎のような秘宝が揺れる。
まるで一花へと向かいたいという意思を持つように。
俺はその林檎を掴み、移動したがる方向へと運んだ。
それは真っすぐ一花のほうへ、そして眠っている一花の胸の上へ。
「はぁ?」
スーッと食べられるわけでもなく、一花の中へと吸い込まれていく世界樹の秘宝。
そして一花は黄金色に光り輝いた。
俺は口を開けて驚きながらその光景を見ていると、今度は幻聴なんかじゃない声がした。
眠っていた一花がゆっくりと起き上がり、確かに口を開いて俺を見て言った。
『今度は一花も一緒に頑張るよ。だってパパの娘の一花も正義の味方だもん!! あ、それとね……アテナさん? って人が色々教えてくれたの』
黄金色に輝く何かを纏って、その目を同じく黄金色に輝かせる。
数年前と何も変わらずニッコリ笑顔を俺に向ける。
『一花が世界を救う勇者だって』
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