第39話 おっさん、世界を救いたいー7
◇現在。
『儂らは自分達が生き残るために、ずっと昔からの隣人を殺しました』
「そんな……」
『多くの彼らはただ目を閉じて私達に殺されました。争いたくはないと言った彼らの優しい眼、儂はずっと忘れることはできません。ですが、罪を償うときが来たのです』
◇過去。
「ねぇ! なんでみんなのとこに行っちゃだめなの!!」
「……ごめんね。今はだめなの」
熊族だけではなく、多くの仲間だった種族を魔族は手にかけた。
生き延びるために仕方なくと自分達に言い聞かせるが確実にその心を蝕んでいく。
アリスは、ずっと村の外にでることを禁じられてその事実を知らなかった。
だがついに我慢できなくなり、夜、こっそりと外を抜け出した。
自分はまだ魔法をうまく使えないが、ブーのいる集落はすぐそこだ。
「ふふ、ブーさん驚くかな!」
アリスはワクワクしながら久しぶりに、熊族の集落へと向かった。
蜂蜜またもらえるかな、久しぶりにブーのもふもふしたお腹を抱きしめたいな。
今日はお泊りしちゃおうかな。
そんな無邪気に夜を駆ける少女は真っすぐと大好きな熊族の村へと向かう。
「……え?」
でもその村には、誰もいなかった。
「なんで……」
誰かが襲撃したかのように荒れ果てた村。
たくさんの熊族がいたその村は、静かで誰の気配も感じない。
血の気の引くアリスはそのままブーの家の扉を開く。
家は壊れており、そして中にはこびりついた血の跡のような何か。
その血をゆっくりと触る。
その瞬間だった。
アリスは全てに気づく。
最近の食卓は、なぜかちゃんと食事が並ぶ。
なのに父さんと母さんの悲しそうな顔。
さらに他の種族に会うことを禁じられた。
そしてこの村の状態を見れば6歳のアリスといえどなんとなくわかる。
吐いた。
泣きながら吐いた。
自分が今まで美味しいと思いながら食べていたものがなんだったのかをすべて理解してアリスは泣きながら吐いた。
どれだけそうしてたかわからないが、もう吐くものも無くなってからやっと意識を取り戻した。
許せない。
こんなことをした自分の父も母も、魔族達全員許せない。
でもそれに気づかず笑っていた自分も許せない。
誰が悪いの? わからない。
足取り重く、自分達の村に帰るアリス。
父になんて言おうか、母に何て言おうか。
これ以上やめてほしい? じゃあ私達が食べる物が無くなって死ねばいい?
何もわからない、どうすればいいかわからない。
頭が壊れてしまいそうな思考の袋小路に迷い込んだアリスは、虚ろな目で村へと帰った。
そして見た。
魔族達が死んでいる。
「え?」
戦っていた。
魔族と魔獣達。
みんな知っている人達が戦っていた。
大好きでかっこいい獅子族も、いつも頭を撫でてくれる隣のおじさんも。
空を飛ぶのが得意な鳥族も、いつも一緒に遊んだ少し年上のお兄ちゃんも。
みんな見たこともない表情で戦っていた。
怖い。
怒声と悲鳴が響き渡る。
「アリス!!」
それを眺めることしかできなかったアリスは突然、抱きしめられる。
それは母だった。
「お母さん……お母さん!?」
しかし母は血を流していた。
それでもアリスを守るようにぎゅっと抱きしめる。
気づけば後ろから知っている獅子族の大人がアリスの母の腹部を貫いていた。
その眼には涙を流している。
母も同様に泣いていた。
もう何もわからない。もう何が起きているかもわからない。
「アリス! シーシャ!!」
直後聞こえたのは父の声。
飛んできた父の魔法よって、その獅子族の男は殺された。
「お母さん! お母さん!!」
「ごめんね……アリス。黙っててごめんね……」
母は致命傷だった。
父はまた別の魔獣族と戦っている。
こちらを助けようとしているが、阻まれている。
「いや! お母さん! お母さん!!」
「ごめんね……私達が間違ってたの……誰かを殺して生きようなんて……ごめんね。アリス」
抱きしめている母の力が無くなっていく。
なのに戦いは終わらない。
どちらか一方が死ぬまで。
魔族は生きるために、魔獣族は殺されないために。
お互いがお互いを好きなのに。
戦うしかなかった。
「あ、あ、あ…………」
アリスの心は壊れていく。
周りからたくさんの大好きな声が消えていく。
そして、自分の眼の前では。
「……なんで……こうなっちゃったんだろう……ごめん……ね」
一番大好きな声が消えてしまった。
母の体の中から魔素が消滅し、死んだことをアリスは理解してしまった。
「あ、あ、あ、………………」
悲しみは膨れ上がり、世界で一番魔に愛された少女は覚醒する。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
直後、アリスから信じられない量の魔力が放たれる。
まるで嵐のような魔力の放流は、すべての戦いを終わらせて、全員を吹き飛ばす。
全員がそのあまりの出来事に言葉を失い、魔族と魔獣族の戦いは中断された。
そしてアリスは空に浮きながら言葉を繋ぐ。
「私がやるから……私がみんなが生きていけるように、みんなが生きていける場所を作るから」
止まらない涙と正気を失った目。
覚醒し、自分の力をを自覚した少女には無慈悲な神からの加護の声。
『…………種族・魔族の一定の条件をクリアしました。終の神ハデスより……加護を付与します』
少女は覚悟を決めた。
間違っていることなんてわかっている。
でも、たとえ何万人の命を奪おうとも、大好きな数人の命が救えるならそれでいい。
たとえ大陸中の敵を殺してでも、大好きな家族をみんなを助けたい。
だから、少女は魔王となって自分が全ての罪を被ることを決めた
『個体名:アリスに加護名:魔王を付与しました。魔王を発動します。目標を設定しました』
例えそれが間違っていても。
『種族:人を殺します』
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