第38話 おっさん、世界を救いたいー6
遠い遠い遥か昔。
不毛の大地には意思疎通もできない低位の魔獣しかいなかった。
だが、そこ二つの種族が流れ着いた。
人族、そして獣人族だった。
獣人族は、元居た大陸では人間に狩られて、動物として扱われ迫害された。
逃げるように不毛の大地へと流れついた。
そして人族は戦争の敗北者たちだった。
勝者に奴隷にされるぐらいならと不毛の大地へと逃げのびた。
そんな遠い昔のこと。
不毛の大地には人と獣人の二つの知恵ある種族が流れ着く。
彼らは不毛の大地で生きていくことを決めた。
しかし多くは魔力の過剰摂取で息絶えることになる。
それでも適応に成功した人族は、いつしか魔族と呼ばれた。
そして適応した獣人は、いつしか魔獣族と呼ばれるようになった。
本当は元は人なのに、魔族と呼ばれ。
見た目は異なっても、人と何も変わらないのに、魔獣と呼ばれた。
不毛の大地の生物は、迫害され、敵とみなされ、人間達のいる大陸へと足を踏み入れればすぐさま万を超える討伐軍が彼らと対話すらせずに迎え撃つ。
いつしか言語体系すら異なり意思疎通ができなくなった両者には、深い溝が生まれお互いに畏怖しか残らなかった。
それでもそれぞれの歴史は続いていく。
そして歴史は繰り返し、戦争も繰り返す。
お互い望んでいないのに、ただ静かに暮らしたかっただけなのに。
……
「ブーさん! 今日は何して遊ぶ!!」
アリスは、空腹をいつものように水でごまかしながら大好きな友達の家へと向かう。
そこは少し集落から離れている魔族とは別の生物の集落。
魔獣族のうちの、熊族と呼ばれる種族が住む村のような場所だった。
「また来たのか、アリス。お前は本当に暇だな」
「だって、ブーさん大好きだもん! あと最近お父さんは怖い顔だし……お腹ペコペコだし……」
少女にブーと呼ばれるのはまるで熊のような見た目で、魔獣族の中で熊族と呼ばれる存在だった。
だが、二足歩行し、確かな知性を持って魔族であるアリスと会話する。
見た目の違いなんて全く気にせず、ただアリスはブーが好きだったし、ブーもうっとおしそうなそぶりをするがアリスが好きだった。
「アリスちゃん。ほら……これ内緒だよ。ちょっとだけ御裾分け」
「わぁ、ナメスさんありがとう!! 蜂蜜!! 私これ好き!!」
「ははは! このために遊びに来たくせに」
「ち、ちがうもん! 遊びにきただけだもん! ぺろっ! 甘ーい! 美味しい!! 」
「ふふ、あと一杯だけよ?」
「6歳にしておっさん化してるな」
ブーの集落によく遊びに来るアリスはみんなからの人気者だった。
ブーの集落だけではない、なぜかアリスは多くの魔獣族から好かれている。
その理由を知るのはもっと先のことになるが、それでもアリスは心からみんなのことが好きだった。
「アリス――どこーー」
「お母さん!」
そんな集落にアリスの母がやってきた。
気づけば日も暮れて子供は帰って寝る時間。
アリスは母の胸に飛び込んで、頭をうずめる。
アリスの母は、ブーに挨拶をしてその場を後にした。
「またね、ブーさん! ナメスさん!」
「おう、またな」
「ふふ」
そんな平和な毎日がこの不毛の大地での日常だった。
お腹も減ったし、娯楽もない、それでも家族がいるだけで生きていける。
何もない毎日でもアリスはみんながいるだけで幸せだった。
でもまだ子供のアリスには、魔族が置かれている状況を本当の意味では理解できなかった。
ずっと遠くで手を振ってくるアリスのせいで、中々帰れないブーは妻のナメスに口を開く。
「アリスは……特別な子だ。魔素に愛されている」
「ええ、周囲の魔素を操るなんて聞いたことないです。危険な力、でもあの子ならきっと正しく使えるはずです」
「…………そうだな」
「ええ、きっと」
◇その夜。
「では、熊族を……殺すことを決定する」
魔族達の代表が集まったその日、その決定は下された。
食糧問題、それを解決するために比較的近隣に住み、そして弱い種族である熊族を殺し食料にすることが決定された。
最後まで反対したドラグも最後には眼を閉じて頷いた。
このままでは魔族は飢えて死ぬ。
まだ戦える余力がある今だからこそ、やるしかないのだ。
我々はこの大陸で生きていくしかないのだから。
守るべき子供達がいるのだから。
……
「ブー……すまない」
襲撃は成功し、熊族達は殺された。
「…………アリスには黙っていてくれるか。あの子を悲しませたくはない」
「……本当にすまない」
涙を流しながらもドラグ達、魔族は熊族達を殺めた。
意思疎通相手を殺し、食らう、それは魔族達の心に深く傷を作ることになった。
それでも生きるためには仕方なかった。
この大地には、食料は彼らしかもう残っていないのだから。
……
「ねぇ、ブーさんのところ今日もいっていい?」
「だめだ。彼らは少し遠くへと引っ越すことになった」
「えぇぇ!! ど、どこにいくの! お母さん知ってる?」
「……遠いところよ。でもいつかきっと会える……ごめんね」
二人は子供だましの言い訳をするが、納得できないアリス。
しかし最近は空腹もなく、また会えるというのなら我慢するかと、蜂蜜の味を思い出しながら少しうつむく。
そのアリスを見て、頭を撫でながらなく泣く両親の涙の意味をまだアリスは知らなかった。
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