第37話 おっさん、世界を救いたいー5

「助けてくれてありがとうございます。俺は大石信二。シンジと呼んでください」

『――!? なぜ……』


 案の定、言葉が通じることに驚くドラグと言った魔族の男性。


「信じられないかもしれません。でも俺はあなた達と和解するためにきました! アテナ神より、他の種族とも会話できる加護を受けた外交大使です!!」


 俺は慌てて理由を説明した。


『そうか……人間と意思疎通をしたのは初めてだ……』

「魔族は人間を敵だと思っていると聞いたんですが、そうじゃないんですね」


『敵? それは人間が我々に思っていることだろう』

「え?」


 ドラグさんと少し話すと人間と魔族の関係性が若干わかってきた。


 魔族は人間を敵などとは思っていない、そもそも交流がないのだから。

だが、別の大陸に住む人間は、魔族を見るなり攻撃してくるため、嫌われていると思っているらしい。


 だがロード皇帝がいうには、遠い昔魔族の一人が大陸に渡り大損害を生み出したと。


 だが考えてみれば当たり前だ。


 言葉も通じない、見た目が自分達と違い、バカげた魔力、つまり武力を引っ提げて未知の生物が突然現れた。


 侵略者と思って攻撃するのも当然だし、国としてはそれが正解だろう。


 きっとそれに対応して、その当時の魔族も力を振るったのかもしれない。


 相互理解できない種族が生み出した差別という名の戦いの歴史か。

現代でもつい最近まで肌の色で差別が起きていたぐらいだ、言葉が通じないなら当たり前に起こる現象だろう。


『じゃ、じゃあ! 魔族は人間を敵だと思っていないんですね!』

「…………」


 俺が光明を見出したように、声を上げた。


 しかしその表情は暗く、思っていた言葉は帰ってこなかった。


『シンジさん。あなたは人間の大陸からこられたんですよね?』

「そうです……そうだ! まずはあの少女のことを聞きたくて!!」

『アリスのことですね……』

「アリス?」


 そういうドラグさんは目を伏せて、とても悲しそうな表情をしていた。


『こちらへ』


 そして俺は案内されるままドラグさんについていく。


 そこは集落のような村だった。


 まるでタイムスリップしてしまったかのような石器時代のような村。

草木も生えない不毛の大地では資源は石だから仕方ないのかもしれないが、石を掘った家のような場所がいくつか存在する。


 そして俺の目の前には、多くの魔族がこちらを見ていた。


 その魔族達はやはり全員がやせ細り、俺は現代でアフリカの飢餓に苦しむ村をイメージしてしまう。

それほどに骨ばって、肉はなく、魔族からは生気を感じない見た目をしていた。


 するどドラグさんが、村の魔族達に俺のことを説明している。


『言葉が通じるというのは本当ですかな?』


 すると一人のお爺さんが俺の前に歩いてくる。

お爺さんだが、やはり魔族。

立派な角が生えていて、その肌は少し褐色だった。


「はい……俺は今、俺達の大陸にいる少女を止める方法を!」


 そういうと、村人たちはやはり悲しそうにうつむく。

だがそのお爺さんが俺についてこいというので、俺は黙ってついていくことにした。


 案内された場所は、お墓だろうか。


 石に何か読めない文字が掘られている場所へと俺とお爺さん、そしてドラグさんは向かった。


『今、あなた方の大陸を攻撃しているアリスは……私の娘です』

「――!?」


 すると先に口を開いたのはドラグさんだった。


『大変申し訳ない。許されないとはわかっていますが、父として謝らせてください』


 そして深々と俺に頭を下げるドラグさん。

それを見てお爺さんも口を開いた。


『優しい子なんじゃ……全部罪を背負って、儂ら魔族を、いやこの大陸に住む全ての生物を全員助けようと……』

「一体どういうことですか」

『……少しだけ話を聞いてくださいますかな』


 そういってお爺さんは俺に全てを話してくれた。


 この大陸で何が起きているのかを。


 そしてあの少女の涙の理由を。



 アリスは不毛の大地にいくつもある魔族の集落で6年前生まれた。

 

 だがこの年から不毛の大地では異変が生じ始めていた。


「比較的弱い魔獣達が次々と死んでおる……」

「これでは狩りにならんぞ……」

「食料の備蓄もない、人間の大陸にいくわけにもいかぬ……」


 不毛の大地では、草木は生えない。

その代わり、魔力を多く持つ魔獣達が多く生息し、魔族はその魔獣達を狩って生活していた。

だが、ある日を境に、魔獣達の謎の突然死が大量発生するようになった。

弱い魔獣から次々と死んでいき、いつしか食料にしていた低位の魔獣達がこの大陸から全滅していた。


「お父さん……お腹減った」


 そんな中、まだ育ちざかりのアリスは毎日の空腹を空気中の水分を集める魔法によって生み出した水で飢餓感をごまかしていた。


 日に三回だった食事が、二回、そしてついに一回となって久しい。


 村人たちはやせ細っていく。


 そしてついに原因が判明した。


「魔力の過剰摂取……生物としての限界だと……」


 それはこの世界の魔素のたまり場であり、高濃度の不毛の大地特有の症状だった。

人間などがこの大陸に来た時は、一週間もすれば意識を失う。

だが、この大陸で育った生物はそもそも魔力適正が高く、種としての許容量は桁外れ。


 だがそれをもってしても長年の過剰摂取は、いつしか生物の遺伝子を破壊し、弱き生物の寿命を削っていた。


 つまり、生物としての限界。


 魔族達は緊急で集まる。

低位の魔獣達は意思疎通できるほどの知能はなく、狩りの対象としていた。

だが、まだ生きている魔獣、つまり高位の魔獣は意思疎通が取れ、魔族との交流すらある生物ばかりだった。


 彼らは魔族からはこう呼ばれていた。


 かつては獣人族、そして今は。


 ――魔獣族と。


「…………我々は選ばねばならん。死ぬか、生きるか。魔獣族を殺すか、人間と戦い滅ぼされるか」


 長い年月を隣人として一緒に過ごしてきた隣人たち。


 その友を殺し、食料にして生き延びるべきか。


 それとも自分達を滅ぼそうとする人間が住む大陸へと食料を手に入れに行くか。


 魔族達はその判断を迫られていた。

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