第35話 おっさん、世界を救いたいー3
それはあまりにも別世界の光景だった。
たった一人の少女が、すべてを蹂躙して前に進む。
まるで巨象と蟻の戦いだった。
帝国の兵士達は地上から魔法や弓を放つ。
しかし、何かに阻まれてその少女までは届かない。
騎士達が剣を握って、立ち向かうがやはり何かに阻まれて近づくことすら許されない。
圧倒的蹂躙が、戦線をまるで何もない荒野を行くがごとくその少女は歩き続ける。
まっすぐと、帝国へ向けて、静かに歩く。
俺はまずは情報だとシルフィにのって、その様子を配信していた。
もちろん、ガゼット王やガルディア、ロード皇帝にも端末を配布している。
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名無しのモブ1:やばすぎる……なにこれ
名無しのモブ2:魔王ってこんな滅茶苦茶な存在なん?
名無しのモブ3:勇者まだ?
名無しのモブ4:異世界は終わりです。解散、みんな家に帰ろう。
言葉が出ないドンパ:自衛隊でどうにかなるか……いや、あの障壁は……。
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少女は正気を失ったような目で、真っすぐと進む。
このスピードならばあと三日もすれば帝国の首都ヴァルハラへと到着するだろう。
手をかざすだけでその眼の前が吹き飛ばされて、こちらからは一切攻撃が通じない。
「あれが……魔王……」
その眼には生気を感じない。
ただ自分の目的を達成することのみしか考えていないかのように、漠然と前を見る。
でも……泣いていた。
「シルフィ……ちょっと近づいてくる。ここで待っててくれ」
『シンジ、危ない? シルフィもいく?』
「いや。一人で行く」
俺はシルフィから降りて空を飛ぶ。
会話できるかもしれない。
何が目的かわからないが、それでも俺にはその魔王が泣いているように見えたから。
「止まってくれ!!」
上空から、俺はその少女へと話しかけた。
だがこちらを振り向いてはくれない。
俺はさらに近づこうとする。
ゴツン!
「痛!?」
だが途中何か半透明な壁にぶつかった。
触れた瞬間まるで水面に水滴が垂れたようにその半透明の壁が揺れ動く。
波及した波がその壁の全容をあらわにした。
その少女を中心に直径50メートル以上の巨大な球体のような壁が覆っている。
通れない、固いとかそういう次元ではなく、文字通り次元が異なり断絶しているかのよう。
俺はその壁を必死に叩きながら叫んだ。
しかし、俺の声は届かない。
距離もあるのだろう、戦場の音が俺をかき消しているのか。
だがそんなことではなく、この透明の壁が俺の声を届かせていない。
俺と彼女を断絶する。
俺はその半透明な壁から少女を見た。
やっぱり泣いていた。
少しだけ肌が褐色で、頭からは角のようなものが生えている。
それでも幼く、まだ6歳の一花と何も変わらないような年齢に見えた。
そんな少女は、正気を失ったような目で泣いていた。
悲しそうに腕を振り払って帝国の兵士達を蹂躙する。
なんで泣いているんだ。
君は一体……。
『私がやるから……』
「え?」
『私がやるから……もうみんな争わないで……』
「どういう!!」
その瞬間、俺に向かってその手はかざされた。
やばい。
何かの塊が俺に飛んできた。
『シンジ!!』
しかしシルフィの風の魔法が相殺してくれた。
魔王と呼ばれた少女が手をかざすだけで何か見えないものが飛んでくる。
相殺されたが、シルフィの消耗は激しく、顔色が悪い。
今の一撃にそれほどの魔力を込めてくれたのだろうか。
『はあはぁ……なにあれ……おかしいよ。あの子』
「シルフィでも無理……これが魔王……」
対して少女は、全く持って消耗しておらず、もう一度手をかざした。
戦いにならない。言葉も届かない。
その瞬間。
ドン!!!
爆撃が起きた。
それは自衛隊の援護射撃。
軍事同盟を既に結んだ帝国を守るための自衛行動。
しかし、やはりその障壁は超えられない。
「自衛隊の攻撃でも無理なのか……」
鉛玉の嵐、迫撃砲、空爆。
邪龍を一瞬で討伐したときと同じ攻撃が開始される。
たった一人の少女に対して、国家という軍事力がぶつけられた。
俺はその行動に眉を顰める。
幼い少女を殺すために、いま世界中が彼女に牙をむいている。
しかし既に死傷者すら出ているこの状態は、他国からの宣戦布告と同様なので感情論の話ではないのは分かっている。
ドワーフの邪龍討伐ですでに、前例ができてしまったというのも大きいだろうが、それでもその少女を殺そうとしている現状に俺は心を痛める。
だが、俺は甘かった。
黒煙が舞う戦場、あまりの威力に言葉を失う帝国の兵士達。
間違いなくこの世界では逸脱した破壊力の化学兵器が少女を襲った。
しかし、結果はどうだろうか。
「…………無傷」
少女を守る半透明の障壁には傷一つ付いていなかった。
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名無しのモブ1:まじで?
名無しのモブ2:自衛隊でも歯が立たないって……
名無しのモブ3:オワタ。
名無しのモブ4:これまじでゲート爆破とかして封鎖したほうがいいんじゃ。
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日本が誇る最強の軍事力をもってして、彼女の進行を止める程度の効果しか得られなかった。
そしてその少女は、遠くに見える自衛隊の戦車やヘリを見る。
ゆっくりと手をかざして。
「――!? にげろぉぉぉ!!」
吹き飛ばす。
そして、すべてを蹂躙しながら魔王は進む。
何が目的かも分からずに、その目に涙を流しながら。
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