第34話 おっさん、世界を救いたいー2

「魔王……ですか」


『そうだ、もし奴らがその少女の力を使いすべてを奪おうとしたのならば我々は敗北するだろう。魔族だけでも一体一体がバカげた強さだ。ここにいる帝国最強の騎士達ですら一対一で戦うのは厳しいほどにな。だがそれに加えてすべての魔獣を操るその少女の力を使われたのなら』


 そういってロード皇帝は、はっきりと口にした。


『この世界は魔族の手に落ちるだろう、ゆえに、今日お前を呼んだ。我々は手を結ばなくてはならない。ドワーフもエルフも帝国も、そして異世界のお前達も。でなければこの事態には対処できない。しかしその間に入れるのは、今やお前だけだ。エルフの英雄、そしてドワーフの英雄。信二よ』


「…………」


 なんでこの人は俺を名指しで呼んだのかと思ったがそういうことか。


 ドワーフとエルフ。


 その二つと帝国はすこぶる仲が悪い。


 だがらその関係を修復して、共に戦えるようにしたいということか。


「ロード殿下。ならばエルフは全て解放していただけるんですね? でなければ彼らと会話するなんてとても」


 なら俺にだって言わなければならないことはある。


 エルフには謝罪と賠償、ドワーフ王はおそらく正しく対談すればなんとかなるかもしれないが。


『そうだな……お前の言う通りだ。エルフは全てエルフの森へ返すと約束しよう。そもそもエルフを奴隷にし始めたのは前々皇帝からだ。法律も改正し、謝罪もしよう』


 それからは迅速だった。

もともと決めていたのだろう、国中のエルフは既に集められてエルフの森へと届けられた。

トラウマを持つ者も多く心のケアが必要な状態なものが多数、それでも解放されたという事実は帝国の歴史を大きく変えた。


 帝国としてエルフに謝罪を行った。


 だがすぐに許されるわけもなく、エルフは奴隷だったエルフ達を受け取り、使者は追い返されたという。


 だがロード皇帝の提案により、ドワーフとエルフと帝国と日本。その四つの国の代表者の会合を行うことが決定した。


 もちろん帝国の使者が両国にお願いしにいったときは最初は門前払いだったらしい。

というか言葉が曖昧にしか通じないという致命的な欠陥があるせいでもあるが。


 そういったことからも、俺が必要だったんだろう。


 俺はロード皇帝の頼みを快諾した。

話し合いをするというのならそれは絶対にするべきだと思ったし、この青年がだまし討ちなんてするようには思えなかった。


 のでガゼット王とガルディアに頼み込む。 

 俺の頼みなら話ぐらいは聞いてやると快諾してくれた両国は、一応は帝国領である丘の上に用意された会合場所に集合することになった。


 互いに武装した兵士は最小限。

ロード皇帝は、ランスロットと呼ばれた美しい白騎士だけ。 

エルフは長老とガルディアのみ。

ガゼット王に関しては俺達自衛隊のヘリにのってやってきた。乗ってるときはとてもテンション高く子供のようにはしゃいでいたが側近の護衛とたった三人だけでやってきた。


 そして俺達はというと。


「では、信二。始めようか」


 やはり案の定、大泉信一郎と俺の二名、あとシルフィ。


 シルフィには難しい話なのでその辺で遊んでもらっている。

とはいえ、最強の戦力なので何かあればみんなを止めてくれるだろう。


 ロード皇帝が俺を呼び出してからたったの三日。

この世界初めての四か国の会合が行われることになった。


『ふん。信二が頼むと言うからきてやったが、帝国のあの豚は死んだか』

「ガゼット王は、前皇帝は死んだのかと言っています」


『我々はお前達を許さない。奴隷になったエルフ達から話を聞いた。二度と消えぬ傷をな。金などで償えるとは思うなよ』

「エルフ達はトラウマを抱えています。今後ケアが必要でしょうとガルディアは言っています」


『別にお前達と仲良しになりたいわけではない。本題に入ろう』

「できれば仲良くなりたいですが、時間はないので本題に入りましょうとロード皇帝は言っています」


 ふぅ。


 なんだこれ、こいつらもう少し歩み寄るという感じで話してくれんかな?

さすがにそのまま直訳したら即戦争が起きそうな言葉ばかりなんですけど?

通訳としては真っすぐ伝えるべきなのだろうか、いや、多少のニュアンスぐらいは変えた方がいい。


 だってみんなすごい怖い顔してるもん。


 それからも俺は心をすり減らしながらなんとか会話を繋げる。


 だがそれぞれの意見を聞いていて思ったのは、ドワーフは人間にそれほどの怒りの感情は持っていない。

というよりも前皇帝に対する怒りだった。


 それとエルフに関しても、やはり歴代皇帝に対する怒りが主だった。


 なんでだろうか。


 俺がそう思っていると長老が口を開く。


『……信二さん、今から言う言葉はそのまま伝えていただきたい』

「――!? は、はい……」


 このお婆さんには俺が四苦八苦しているのがばれていたのだろうか。


 俺はその言葉を一字一句変えずにそのまま伝えた。


『我々は、帝国を許すことはできないでしょう。私の夫も殺された。ここにおるガルディアの妻も殺された』


 その言葉にロード皇帝は目を閉じ、ガゼット王も眉間にしわを寄せる。


『我々は人間は全て悪と考えていた。ゆえに掟によって人間と関係を持ってはダメだと決めて、何人も森には入れないようにしていた。ですが、その考えは正されました』


 そういって俺を見る長老は少し笑う。


『この人、大石信二さんによって。我々エルフは人間が悪ではなく、悪の人間がいることを知った。ならばロード皇帝、あなたも悪ではないのかもしれない。しかし、我々の深く根付いた傷は帝国を簡単に許せるほどは浅くない』

『もっともだ。我々はそれほどあなた達を苦しめた』


『ええ、ですが子供達はそうではありません。今、信二さんの国の人間達が我々の子供達とたくさん遊んでくれています。実に楽しそうだ。新しい世代は育っているのです。何も描かれていない真っ白な心に、人間は悪ではないと描かれているのです。我々の心は既に黒く塗りつぶされている。ですが、子供達ならきっといつかエルフと帝国が心から手を結べる日はくるはずです。その日のためなら我々大人は許せなくても耐えて見せましょう』

 

 そういって頭を下げる長老とガルディア。


『――これがエルフの総意です。これでどうかご理解ください』


 事前に決めていたことなのだろう。


 許せない、でも子供達までに強要はしない。

そしていつの日か、両国が笑って心から手を結べる未来まで許せずとも耐えて見せる。

手を繋いで仲良くはできなくても、その輝かしい未来のためならばと、手を繋ぐことを耐えて見せると。


 それに合わせてロード皇帝は立ち上がり、そして頭を下げた。


『……感謝する』


 そういって、手を差し出すロード皇帝の手を握る長老とガルディア。

深い溝は埋まらないが、いつの日か埋めるための第一歩を踏み出すための。


『ふん、エルフがそこまで覚悟を決めているのに、エルフに比べてちっぽけな怒りをぐちぐちというのは小さいな。それに元々は国交はあったのだ。前皇帝が愚王だっただけでな』


『それは私もそう思っている。ガゼット王。あなたは賢王だ。そして私は愚王であった前皇帝とは違う』


 そういってロード皇帝はガゼット王を真っすぐとみる。

カリスマとカリスマ、その目を一切譲らずに見つめ合うと、ガゼット王が笑いながら口を開く。


『ふふふ、目を見ればわかる……なぜあの愚王からこんな傑物が生まれたのか。……よかろう、我々も少しづつだが歩み寄ろうではないか、魔族の恐ろしさは我々も良く知っているからな』


 そして差し出すガゼット王の右手。

ロード皇帝はすぐさまその手をぎゅっと握り握手する。


 エルフとドワーフと皇帝は手を結んだ。


 最後に俺と信一郎を見る。


「我々は既にエルフとドワーフと国交を結び軍事的な同盟も結んでいます。ならば何も問題はない。魔族というものが一体何なのか、我々はまだ理解できていない。それでも」


 信一郎はその手に自分も重ねた。


「我々が手を結ぶということに意味がある。ここに四か国の同盟を宣言しましょう」


 各国の代表は笑い合う。


 勝てる。


 この戦は、かつてないこの四か国の連合軍ならば絶対に勝てる。


 その時だった。


『はぁはぁはぁ!!! ロード殿下! ロード殿下!!!』


 早馬に乗った一人の使者が息を切らして、落馬するように慌てて降りる。


『なんだ、会合中だぞ!』

『魔族です!!』


 それは魔族の襲撃だった。


『……またか。数は!!』

『そ、それが……一人! たった一人の少女のような魔族がこの大陸へと上陸しました!!』


 そして、魔王との戦いの始まりだった。

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